第17話 まさかの協力者

 

 補習が終わって僕は、家に帰り自室のベットでゴロゴロしていた。


 ――あー……なんか疲れたな……。


 今日は、色々あった。上条さん……いや、愛理がなぜか僕と秀一が推しの話で盛り上がっていたら、機嫌を悪くしたり、清宮先輩が襲来したりなど気疲れすることが、あのたった数十分で立て続けに起こり、正直、僕は、もう疲れて寝そうになっていた。


『ピロン!』


 スマホがメッセージを受信したことを知らせた。


 僕は、眠い目をこすりながら起き上がり、スマホを見ると――


『そろそろ会議始めるよー! 遅刻厳禁!』


 清宮先輩からだった。


 ――あ、危なかった……。また忘れてたよ……。


 冷や汗をかきつつも既に始まっていたグループ通話に”参加する”をタップした。


「もしもし? 聞こえています?」


 僕がそう言うと――


『うん! 聞こえてるよー!』


 元気そうな清宮先輩の声が聞こえてきた。


『ええ、問題ないわ』


 愛理の声も聞こえてきた。


『じゃあ、始めよっか! 早速浅草遠征のことなんだけど、2人の空いている日を教えてほしい!』


『私は、いつでも大丈夫です……!』


「僕も、いつでも大丈夫ですよ」


 ――なんか言っててアレだけど、僕も愛理も暇すぎない……?


『んー、それじゃ、4日はどうかな?』


「いいですよ」


『私も、4日で大丈夫です』


『おけー、じゃあ4日に行こう!』


 ――すごくあっさり決まったな……。今、思ったけど、放課後にあんなに怒られた意味がわからない……。清宮先輩、思い込みが激しすぎる……。


 僕がそんなことを考えていると――


『それで、2人はどうやらゴールデンウィーク中ほとんど暇みたいだけど、良かったら4日以外にも普通に一緒に出かけない?』


 ――え……? いや、地獄過ぎない……? ゴールデンウィーク中2日も先輩と一緒とか身が持たないぞ……?


 断り文句をうまいこと考えなきゃ……。と、あたふたとしていると――


『せ、先輩……じ、実は、真琴君と読買ランドにも行くことになっていて……ゴールデンウィーク中に使えるお金がもうあまりないんですよ……』


「愛理!?」


 僕は素っ頓狂な声をあげてしまった。


『真琴君……? 愛理ちゃんの言っていることはほんとかな……?』


 電話越しでもわかる冷たい声が聞こえて、僕の背筋が凍った。


「は、はい! そうなんですよ……! 愛理と読買ランドに行くんですよー! 正直お財布もピンチでー……あはは……」


 ――さすがにこの作戦は、もう苦しいよね……。


『そっかそっか……今回も、そういうことにしておいてあげるよー。2人が私を出し抜こうなんて思ってるわけないもんね……?』


 ――こえええええええ……! 顔見えないのに、どんな顔してるかわかるよ……。


「ま、まさかー、そ、そんなわけないじゃないですかー」


 僕は、声を震わせながら言った。


『うんうん! そうだよね! ていうか、真琴君いつの間にか愛理ちゃんのこと呼び捨てにするようになったんだね! それなら私のことも『さっちゃん』とか呼んでくれてもいいんだよ?』


 ――恐ろしくてそんな可愛らしく呼べないです。すみません。


「ええ……まあ、そのうち……」


『もう! 真琴君ったら! 照れんなって! 愛理ちゃんは、『さっちゃん』って呼んでくれるよね?』


 ――あ、これ、愛理に無理矢理呼ばせて僕にも呼ばせるパターンだ……。


『え、ええ……慣れたらってことで……』


 愛理も歯切れの悪い返事をした。


『ねえねえ……? その慣れっていつ来るのかな……? てか、呼んでるうちに慣れてくれればそれでよくない……?』


 ――ああ……これは勝てない……。


『わ、わかりました……さ、さっちゃん先輩……』


 愛理が観念したように言った。


『うん! そういうことでよろしく! あ、真琴君もね!』


 ――やっぱり、そうなりますよね……。


『は、はい……。えっと……さっちゃん先輩……』


『うんうん! 満足だよー!』


 先輩のご機嫌取りだと思えば安いものだと僕は、自分に言い聞かせることにした。


『えーっと、もう浅草遠征のことは決まったし、お開きにしようか! あ、読買ランドのデート写真も待ってるからねー! それじゃ!』


 グループ通話が終了した。


 ようやく僕に静かな時間がやってきた。


 ――やっと1日が終わるな……。


 華の金曜日だというのに、底知れない疲れを僕は、感じていた。


 「はあ……」


 大きなため息をついたと同時にスマホが着信を鳴らした。


『上条愛理』


 ――ん? 愛理からだ……何だろ……?


「もしもし? どうしたの?」


『あ、もしもし? さっきのことなんだけど……』


 おそらく読買ランドに行くと言ったことだろう。


「あ、読買ランドに行くって話のこと?」


『そうよ……! その……いくら先輩から逃げるためとはいえ、悪かったわね……』


 急で驚いたが、結果的に先輩との更なる出かけを回避できているため、感謝以外何もない。


「ううん! むしろ感謝してる。何なら僕も前に巻き込んじゃってるし、これでおあいこだよ」


『そ、そう……! それじゃ6日に行かない?』


「了解! 詳しいことはおいおい決めよう。正直もう眠くてやばい……」


『ええ、そうね……私もなんだか今日は気疲れしたわ……』


 ――やっぱり、疲れるよね……。主に先輩のせいで。


「あはは……だよね。それじゃ、お休み。また月曜学校でね」


『ん。また、学校で』


 通話が切れた。


 ――なんか、愛理の声聞いたら心が安らいだな……。


 大した会話をしたわけでもないのに、なぜだか心が安らいでいた。


 ――いかんいかん、僕が好きなのは、永井さんだ。


 やっぱり今まで女子と関わったことがあまりないせいか、一々心を乱されかける。


 ――それより、今は、永井さんにプレゼントを渡すことを考えなければ……。


 この前までは、後は渡すだけと考えていたが、いざ考えてみたら急に誕生日に呼び出すとかハードルが高すぎる。


「明日、始に話を聞いてもらうか……」


 独り言を僕は、つぶやいた。


***


「で、誕生日プレゼントを買ったはいいけど、今度は呼び出すのに勇気が出ないと」


 呆れた顔をしながら始が言った。


「おっしゃる通りでございます……」


 瀬戸屋で肉汁うどんをすすりながら僕と始は話していた。


『情けないぞー! 男なら好きな女の子くらいスマートにちゃっちゃっと誘え!』などと瀬戸屋の常連さん達が茶々を入れてくる。


 ――いや、あんたら独身だろ……。


 言い返したい気持ちになったが、グッとこらえた。


「まあ、そんなこと相談されても、もう勇気を出すしかないだろ……」


「いやいや、冷静に考えろ……! こんなのもう、『僕は、あなたのことを特別に思っていますよ』っていうようなものじゃん!」


 僕には、そんなことを暗にでも伝えるつもりなどまだないというよりできない。


「全く……お前というやつは……。そんなんだから永井さんといつまでも進展しないんだよ……」


「いや、だって、もう少しいい方法があるかもじゃん……」


 ぐうの音も出ずに僕が言い訳していると――


「話は聞かせてもらったぞ」


 ――ん? この声……?


 僕は、驚いて横を見た――


「え!? 光瑠君!? どうしてここに!?」


 永井さんの幼馴染の赤坂光瑠が立っていた。


「え、ああ……実は、ここによく来るんだ。藤川さんの娘さんと同じテニススクールに通っていて、その縁で家族ぐるみで仲良くさせてもらっているんだ」


 始は、きょとんとしている。


「え、2人とも知り合いなの?」


「うん、音楽の授業で同じグループなんだ」


 僕がそう言うと、始はさらに驚いた顔をした。


「はあああああ!? 同じ学校!? 全然知らなかった!」


 ――おいおい、家族ぐるみの付き合いなのに何で知らないの……?


「俺も、始と霧崎が仲良さげに話しているもんだからびっくりしたぞ。あんまり、話しかけない方がいいかと思ったが、気になる話題が聞こえてきたのでな……」


 ――あ、やば、永井さんの幼馴染に今の話聞かれたのまずいのでは……?


「光瑠もこいつの好きな人のこと気になるのか? お前が色恋沙汰に興味を持つなんて珍しい」


 始がそう言うと――


「ああ、何せ鈴音は俺の幼馴染だからな」


 始は、ここまでの情報量の多さのあまり口を開いたまま固まってしまったようだ。


 そんな始のことなど置き去りにして、光瑠君は続けた――


「霧崎は、鈴音のことが好きなのか?」


 ――なんか、光瑠君から圧みたいなものを感じるんだけど気のせい?


「あ、いや、その……」


「どうなんだ……?」


 不愛想なのも相まってかとても怖く感じる。なぜだかはわからないが、光瑠君が永井さんの父親のように見え、世の男性たちが婚約者の父親と対面する気持ちは恐らくこういうものであろうなどと思った。


 ――嘘はつけない……。と、いうか、この気持ちに嘘はつきたくない。


「うん、好きだよ。中学2年のときからずっと好きだよ」


 僕の言葉を聞くと、光瑠君は、ようやく正常な思考を取り戻していた始をじっと見た。


「ああ、こいつは嘘ついていないぞ……。うざいくらいずっと永井さんのことを相談されてきてるからな」


 始がそう言った後、光瑠君はしばらく考え込んでいた。


 ――ああ、やばい……何言われるんだろ……。


 僕の心配を他所に光瑠君は口を開いた――


「誕生日プレゼントを渡したいんだよな……? 俺でよければ協力するぞ」


 ――え? 今なんて? 協力するって言った?


『鈴音はお前には任せられん!』みたいなことを言われると思っていたため、思わずきょとんとしてしまった。


「え……ほんとにいいの……?」


「ああ、最初は軽々しい気持ちで鈴音に近づこうとしているのなら、遠ざけようと思っていたが、どうやら本気で好きみたいだからな」


 ――あ、やっぱり最初は遠ざけようと思ってたんですね……。


「じゃあ……協力してもらってもいいかな?」


「ああ、任せてくれ」


 こうして、僕は、永井さんの幼馴染という頼れる協力者を得た。


「よし、そうと決まれば早速作戦会議だ!」


 始が先陣を切るように言った。


 この後、しばらく、あーでもないこうでもないと案を出し合っている内に瀬戸屋の閉店時間になり、始のお母さんに怒られて、帰されるまで作戦会議は続いたのだった。

 















 







 


  







 
























 

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