第9話 綻び始めた想い
写真部に強制的に入部させられてから、数日が経ち、気づけば金曜日になっていた。
未だに永井さんとは、若干気まずい空気が流れているが、顔を合わせれば挨拶をすることができるくらいにはなってきていたころだ。
そして――僕は、今、部室に来ている……。
「清宮先輩、とりあえず今日が僕たちが入部させられ……あ、入部させていただいて初めての活動ですが、何をするんですか?」
僕たちは、まだカメラを持っていないため、何をすればいいのか、さっぱり分かっていない。
「ん~、そうだね~、まだ2人はカメラの使い方は分からないだろうから、今日はとりあえず最初のテーマ決めかな~」
「わかりました」
僕がそう言うと――
「私、ずっと思ってるんだけど、2人とも硬いよ! 私にもうちょっと柔らかい態度で接してくれると嬉しいなっ!」
ウィンクをしながら、清宮先輩が言った。
――いや、僕は、あなたが怖いだけです……。
「あはは……努力します……」
「私は、元々、こんな感じですよ……」
先輩から、思い切り目を逸らしながら上条さんも僕に続いた。
どうやら、上条さんも清宮先輩が怖いみたいだ。
「もう! 言ったそばから硬いよ~!」
先輩が少しすねた様子で、こちらを見てくると同時に、すぐにハッと何かを思いついた顔をした。
「よし! 日曜に3人で親睦を深めるがてらどこかで一緒に写真を撮ろう! 2人とも暇だよね? そうだよね?」
――うわっ……圧が相変わらずすごいよ……この人……なんか、目がやばい……。
清宮先輩からは、初めて会った時から数日しか経っていないのに、何か薄ら寒い恐怖を感じることが多いため、つい僕は、防衛行動をとってしまっていた。
「い、いや、僕は、日曜は、上条さんと予定があって……」
とっさに、存在しない予定を組んだ。
『馬鹿! 何を言ってるのよ!?』と言いたげな顔を上条さんが向けてきた。
「そ、そうなんですよー、に、日曜は霧崎君とデー……いや、お出かけすることになってて……」
――上条さん、ごめん! 僕がついた嘘に合わさせて本当に申し訳ない……。
すると――
「そっかぁ! 2人でデートするんだったら、私は、お邪魔だね!」
不服そうな顔をしつつも、清宮先輩は、思ったよりもあっさり引いてくれた。
しかし――なんか、ものすごい勘違いをさせてしまった……。上条さん、ほんとにごめん……。
まあ、ほんとに一緒に出かけるわけではないので、上条さんには、どうにか謝って許してもらおう……。
そんなことを考えている僕を他所に、清宮先輩が口を開いた――
「今、私、いいテーマを思いついちゃったんだ!」
清宮先輩が、あの張り付けたような笑顔を浮かべた。
「いいテーマというと……?」
僕は、おそるおそる聞く。
――やばい、なんか、すごい嫌な予感がする……
その予感は的中した――
「今回のテーマは、『デート』にしよう! 2人は、デートして、その様子を写真に撮ってくるだけでいいの! すごく簡単だよね!」
「「はああああああ!?」」
僕と上条さんは思わず叫んでしまった。
――待て、落ち着け……策略に乗るな……どうにか切り抜けなければ……。
今回は、珍しく僕は、すぐに冷静な思考を取り戻した。
「いやいや、僕たちまだ、カメラを持っていませんし、先輩のカメラを借りるにしても、先輩のカメラを先輩のいない場所で使うなんて気が引けるので、写真を撮ってくるのはちょっと……」
――カメラがなければ、写真を撮ってこいだなんて言えないだろう。
しかし――清宮先輩は、この反論は想定済みだったかのようにすぐに言った。
「カメラなら、2人とも持ってるじゃん! ポケットに入ってるやつ!」
――スマホのことだ……でも――まだ戦える……!
「でも――スマホで写真撮影は、写真部としていかがなものかと……プライド的なところで……」
――これでいける! さすがにこれを言われたら、先輩も折れるしかないだろう……!
しかし――この反論も想定済みだったかのように、清宮先輩はすかさず言ってきた。
「真琴君が言うことは一理あるけど、『デート』をテーマにするんだから、むしろスマホの方が良くない? 後、スマホで撮影を許可するのは、今回だけだよ! 2人のデートを邪魔したくないって、後輩を気遣う先輩の好意を2人は、無下にしたいのかな? それとも、2人とも一緒にお出かけするなんて言ってたけど嘘なのかな? もしそうだったら、私――傷ついちゃうなあ……」
――ダメだ……この先輩強すぎる……そして、怖すぎる……口元は笑ってるけど、目が笑ってないよ……。
上条さんをふと見ると――『もう、諦めなさい』と言いたげな表情をしながらため息をついていた。
――上条さん、ほんとにごめん……。
「嘘なんてついていません……分かりました……今回のテーマは、その、『デート』でいきましょう……」
「うん! じゃあ、今週のテーマは『デート』で決定!」
「「はい……」」
僕たちは、薄ら寒い恐怖を感じる先輩を相手にし、完全に疲れ切っていた。
***
部活が終わった後、僕と上条さんは、少し気まずさを感じながら一緒に駅に向かっていた。
先輩が『2人のラブラブデートの写真楽しみにしているね!』などと言っていたせいで、妙に意識してしまっているのだ。
「上条さん、ほんとにごめん、僕なんかと出かけることになっちゃって……」
――僕が、もうちょっといい嘘をつけていれば……。
僕がそう考えていると――
「謝らなくていいわよ……あのままだと、3人で出かけることになりそうだったし……その――あなたと2人の方がいいわ」
少し頬を赤らめて上条さんが言った。
――え、なんですか? その表情……ちょっとかわいすぎません?
僕は、永井さんのことが好きだというのに、一瞬、上条さんに見惚れてしまっていた。
――いかんいかん、僕が好きなのは、永井さんだ……うん、大丈夫だ。清宮先輩がデートだなんだと騒ぎ立てたから、意識しちゃってるだけだ。
そんな風に考え事をしていると――
「ちょっと……何か言いなさいよ。私だけ恥ずかしいじゃない」
その声でハッとした。
「ごめんごめん、フォローありがとうね。あ、後、どこか行きたい場所とかしたいこととかある?」
特に僕は、行きたい場所がなかったので上条さんに聞いてみた。
「そうね……神社巡りなんてどうかしら? 写真も撮れるところあるし」
――おお、結構楽しそうだ。
「いいね――じゃあ、日曜日は神社巡りをしよう」
「そうしましょう――それじゃ、日曜日に……詳しい集合時間は、後でまた決めましょう」
「うん。じゃあ、また日曜に……」
しばらく歩いているうちに駅に着いた。僕と、上条さんは逆方向の電車にそれぞれ乗るので、ここでお別れだ。
僕が、自分の乗る電車が来るホームに向かおうとした瞬間――
僕の制服の袖が弱々しく後ろから引っ張られた。
――ん? と僕は、振り返った。
僕が、後ろを振り返ると――
「私……デートとか初めてだから……その……日曜日楽しみにしてるわね……」
頬を赤らめながら上条さんが、僕の制服の袖を掴んだまま言ってきた。
――いやいや……待ってくれ……今日の上条さんデレ要素強すぎてやばい……
思わず僕の頬も赤く染まっていた。なんなら、耳まで赤くなっていた。
「それじゃ……!」
そう言って、上条さんはホームへと去っていった。
――また、上条さんに見惚れてしまった……
心臓の鼓動が止まらない。
――僕が好きなのは、永井さんだ。僕は、永井さんを追いかけて高校まで同じにしたのだ。そうまでした気持ちが簡単に覆るなんてありえない。この胸の高鳴りも、全て、僕と上条さんはただ一緒に出かけるだけなのに、清宮先輩がデートと言う言葉を強調してきたせいだ。そうに違いない。
僕は、同じことを何度も何度も言い聞かせながら、電車の待つホームへと向かっていった。
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