第2話 撃沈する覚悟
初めての恋に落ちたあの日から、早くも数カ月が過ぎ、気づけば僕は、中学3年になっていた。
「今日こそ、永井さんに話しかけるぞ!」
僕は、意気込みながら言った。
「もう、それ何回目だー? 毎回顔を合わせる度に、同じことを聞かされるこっちの身にもなってくれ」
そうぼやくのは、3年になってクラスが離れてしまった僕の親友、始だ。結局、永井さんに一目惚れしたことがバレて、今や、開き直って恋愛相談を受けてもらっている。
「だって、いざ、話しかけようと思うと緊張して、変な動悸が起きて、絶対挙動不審になるし――キモイって思われて終わりだよ? キモイって思われるくらいなら話しかけない方がマシだ!」
それっぽいことを言ってみるが、言い訳にならない。それに、挙動不審な動きは、既に初めて話したときに披露してしまっている。
――あのときのことは、忘れよう。うん、それがいい。
そんな、自分の情けない姿を思い出しているうちに、始がトドメの一手を打ち込んできた。
「さっき、『今日こそ、永井さんに話しかけるぞ!』って気合入れてたのは、どこのどいつだか……」
「うっ……」
――痛いところを突かれたな……。
相変わらず僕の親友のツッコミは鋭い。
「そんな実現しないであろうことより、もう進路決めたか?」
「実現しないことって! 失礼な!」
――まあ、否定はできないが……。
「まあ、悪かったって……。で、進路はどうなのよ?」
「家から近いとこでいいかなーって思ってるよ」
自分の成績は、悪くもないし、よくもない、学年順位で言うと真ん中らへんをキープしている感じだ。まあ、どこかの高校に、家から近いからという理由で選び、通うことになるだろうってぼんやりとだが思ってはいる。
「まあ、やっぱり、そんな感じよなー」と気だるげに始が言う。
こうして話しているうちに、部活が始まる時間が近づいてきた。
「それじゃ、また、後で塾で会おう」と僕が言い、各々部活に向かった。
***
部室に着くと、いつも通り数名の部員が席に着いて絵を描いていた。
そう、僕が所属している部活は美術部だ。運動があまり得意でないので、消去法で選んだのだが、この部活も中々厳しくて……。
「霧崎、10秒遅刻だ。後、30秒分遅刻すると除籍だから気をつけてな」と無駄に時間に厳しい顧問が言ってくる。
「すみません。以後、気をつけます」とだけ、僕は、機械のように返答した。
先生は、特にそれ以上は何も言ってこなかった。
しかし、厄介な声がもう1つ聞こえてきた。
「まーた、先輩遅刻ですか! どーせ、また、始先輩に、好きな人のこと相談してたんでしょうけど!」
そう生意気なことを言ってくるのは、1学年下の後輩、高梨萌々香だ。
「あー、はいはい、そうだよ。」
めんどくさいから、つい、テキトーな返事をしてしまった。
「全く、情けなくないんですか? いつもいつも、同じこと相談して……。早く行動に移してくださいよ!」
「それができたら、苦労しないんだよなー」
――自分で言ってて、アレだがすごく情けない。
「まあ、失敗したら、慰めてあげるので、安心して撃沈してきてください!」
「僕が撃沈する前提で話をしないでくれ……」
こんな調子で、部活の時間が過ぎていき、気づけば部活の終了時刻を迎え、萌々香とともに、下校していくのだった。
***
学校から家に帰って、僕は、すぐに塾に向かい、教室に入ると、既に永井さんとその友達の女子たちが来ていて話していた。
――この様子じゃ、今日も話しかけるのは、無理そうだな……。友達が一緒ってのがハードル高すぎる……。
そうして、ぼーっとしてるうちに、始がやって来た。
「あー、今日もダメそうだなぁ……」と小声で僕に話かけてきた。
「ま、まあ、また、今度、トライするよ……」と僕も小声で答えた。
そんなときだった――。
「鈴音ちゃんは、もう、高校どこ受けるか決めたりしてるのー?」と永井さんと話していた女子の1人が言った。
「うん。青倭高校を受けようかなって思ってるよ」と永井さんは、控えめに答えた。
「えー! すごく頭いいじゃん! 鈴音ちゃんなら絶対合格できるよ!」
――えっ? マジで? もしかしたら同じ高校通えるかもって思ってたのに……。
そんな僕の、他力本願な考えが顔に出てたのか、始に呆れた顔をされた。
「まさかだが、今、弱気になってないよな? もしも、初恋を実らせたいなら、いい加減、実現する努力をしろ」とだけ言って、始は自分の席に着いた。
始にそう、言われてハッとした。確かに自分は今までも、言い訳して話しかけることすらできず、永井さんの方から話しかけてきてくれないかなーとかずっと他力本願な思考をしていて、自分から何かをしようと本気では、思っていなかった。
『まあ、失敗したら、慰めてあげるので、安心して撃沈してきてください!』
頭の中で、ここには、いないはずの生意気な後輩の声が聞こえてきた。
……ちょっとは、撃沈する覚悟も必要か。
あれこれと考えてるうちに、授業が始まり、そして、気づいたときには既に終わっていた。
***
いつも通り、始とコンビニでチキンを買い、食べながら帰っていた。
「授業中もずっと考えていたんだけど、僕は、この恋を実らせるために、今まで、何もしてこなかった」
「そうだなー」とチキンを頬張りながら始は言う。
「正直、僕は、今の自分に自信がない」
言ってて少し情けないが、この事実からこれ以上、目を逸らすわけにはいかない。
――だから……!
「始」
自分でも驚くほど真剣な声が出た。
「何だ?」と少し驚いた顔で始がこちらを見る。
「僕は、青倭高校を受ける。そして、合格してみせて、永井さんの隣に立つ自信を少しでもつける」
そして、僕は続ける――。
「――この初恋を実らせてみせる」
21時過ぎの静かな住宅街に僕の声だけが響いた。
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