第2話 甲子園で見つけた

 高校一年生の兄、悠梨の応援で甲子園に応援しにきた小学五年生の香梨は、ぐるりと囲まれた阪神甲子園球場の世界の中で、たった一つ、大切な存在を見つけた。



 高校一年生の兄は汗を浮かべてスタンドでメガホンを手に力の限り叫んでいる。

 保護者席の香梨は兄や応援する人達を気にせず、フェンスを掴んで黙々と試合を見ていた。


 街から入り込むと他とは違う風が吹く甲子園球場。空がドームの代わりを果たす。

 応援の雄叫びと勇ましいブラスバンドの音達の中、さらに内側に切り取られた球児のためだけの舞台。


 悠梨の相手高のショートだけ線が細い。一年生なのかもしれない。


 ブラスバンドの音で充満している空間を金属バットの音が切り裂き、どよめきをもたらす。暑さが脇役になるほど、球児達が中心となり皆を惹きつける。


 強打者よりも、投手よりも、香梨が見ていたのはショート。


 上から見下ろせば内野の陣形がよく分かる。一球ごとに打者を誘い込む七人の網。

 捕手の指示と野手の位置どりの後、初めて投手が動くのだ。


『やっぱり、ショートの場所に打たせているの?』


香梨は今すぐにでも誰かに聞きたかった。

 ただ、相手高の事なので聞きにくい。悠梨の先輩達がやられているのだから。


 内野は小まめに位置を変えたが、中でもショートは常に動く。腰を低くして構える姿は、全ての策を完成させたかのような落ち着きよう。

 そして打球音と同時に土を蹴る。


 空高く響く金属バットの音に皆が騒ぐけれど、すぐにグラブに捕まえられる。

 またショートだ。


 私以外は皆、投手ばかり見ている。

 香梨は周りに対して優越感を抱いた。

 私にはあのショートの凄さが分かるよと。


 あのショートはどこに打球が来るか読んでいる。


 香梨は彼の名前を覚えて、漢字も忘れないようにした。


 兄の高校の敗退を悲しむのもそこそこだった。


 甲子園二回戦の放送で彼のファインプレーがいくつも報じられる。


 やはりそうでしょ、私は分かっていたのと、香梨は幼い頃より切長になった目を細めて、にっこり笑った。


 テレビ画面で彼がアップに映る。彼の顔立ちを始めて見た。

 映るのは僅かな時間。

 香梨は彼の顔を覚えるために画面に歩み寄った。

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