『金と墓場な疑似結婚生活(仮)2』
「ずっと好き、……でした、ですか。過去形ですね。今は違うのではないですか?」
文化祭終わりの打ち上げの席。一史は自分でも自分の真意がわからないような中途半端な状態のまま、遊貴に応援され満留と二人きりの状況になり、彼女に思いのたけを打ち明ける。「ずっと好きでした。付き合ってください」と。だが、満留は一史の告白の言葉尻を捕らえるような問いを投げ、それに即答できなかった一史に何も言わず背を向けて、立ち去って行ってしまう。
そうして落胆と自己否定に包まれながら帰路についた一史を出迎えたのは、自分のほかに人気のない冷たい我が家と、“お幸せに”とだけ書かれたメモ。そして、既に遊貴のサインが書き込まれている、離婚届。
やるせない思いに包まれながら、また元の自分をエリートと呼んでボッチをごまかすような勉強だけが恋人の彩のないがり勉生活に戻った一史の前に姿を現したのは、大体の元凶にしてリアル離婚経験者、理事長だった。
「……本当の地獄はここからだぞ、少年」
そしてその言葉と共に理事長が差し出してきたのは、“二人の共有財産リスト”。
そう、この金神学園。“結婚”システムがあるなら“離婚”システムがある。そして“離婚”となれば始まるのは地獄の財産分与編……。
「……あわせる顔がない」
と遊貴との直接交渉を拒否した一史だったが、しかし人生の先輩である離婚経験者の理事長は、ある人物を紹介する。
その人物こそ一史の一つ上、金神学園3年の秀才にして、自身を敏腕弁護士と言い切る美人な先輩、三嶋令子。
「孤島くん。アナタの財産と名誉、この私が守り抜いてあげましょう。なぜなら……やってみたいから!」
と、能力はわからないがとりあえずやる気だけはあるらしい令子先輩に、どこか投げやりな気分の一史は、財産分与を委託することになる。
同じ頃。文化祭の打ち上げ以来、何となく顔を会わせ辛く“漫画研究会”の部室に顔を出していなかった遊貴(一史が満留と付き合ったと思ってる)と満留(一史が遊貴を選んだと思ってる)の二人は、学園の食堂で偶然の邂逅を果たし、事態がお互いの思っている状況とは違う方向に向かっていたらしいことを認識する。
「え?……フったの?」
「離婚……したんですか?」
じゃあアイツは一体どうなってるんだと様子を伺いに向かった二人が目にしたのは、自宅に美人の先輩を連れ込んでいる一史の姿だった。
その光景に生真面目な満留はフリーズし、遊貴は苛立ちを覚え、すぐさま一史へと文句を言いに行こうとする。満留ノ事が好きだったんじゃないのか、と。
だが文句を言いに行った遊貴を出迎えたのは、美人な先輩の三嶋令子。自分は一史の弁護人であり、一史は遊貴に会うことを拒んでいると、言い張る彼女に追い返され、もやもやした気分を抱えたまま、フリーズしていた満留の元に戻ると、満留に、一史と話に行くように促す。だがその遊貴の言葉に、フリーズが解けた満留が見せたのは、苛立ちだった。
「……あんな軽い男の事など知りません」
そう言い放ち寄る瀬なく立ち去って行く満留を前に、遊貴はもやもやした気分を抱え、一史と満留をどうにか引き合わせ、誤解を解かせてやろうと、考え始める。
遊貴が思い起こすのは、一史が語っていた、満留に好意を持ったきっかけだった。
『元々大嫌いだった。この学校に来てから、どんなに勉強しても金神さんが上にいたから、目障りだと思ってた。嫉妬してたんだ』
それが好意に変わったのは、
『金神さんが生徒会長になった時。理事長の孫だから、周りは色々言ってただろ?でも、それをはねのけて金神さんは生徒会長になって、堂々と演説してた。それがなんかカッコよく見えたんだ。それで、勝てないからって嫉妬してた自分が嫌になって、僕も真っ当に頑張ろうと思って、それで、だから……』
気になって仕方がなくなった。嫉妬が裏返ったのだ。
だが、果たしてその裏返った感情は恋慕だったのか。ただの尊敬だったんじゃないのか。その話をにやにやしながら聞いていた遊貴に自分が向けている感情は一体何なのか……。
と、がり勉と偏屈が良くない方向に進み続けて自分で問題をひたすら難しくしていく煮え切らない男、一史。
「ご安心ください。……相手方との接触はこの私が完璧にガードして差し上げましょう。なぜなら……私は敏腕弁護士だから!」
と、相変わらずやる気だけは評価できる令子先輩は一史の家に勝手に泊まり込み警護を始め、もはやそれに抗う気すらなく好きなようにさせていた一史は、勝手に家事をしようとするも掃除をした分だけ汚れると言うダメな子属性を持った令子の所業を前に、
(……アイツはやれば出来たよな、家事)
と元嫁を思い出した。
そんな新たな日常の最中、ある日、令子先輩と離婚調停の話をしている一史の前に、遊貴側の弁護人が現れる。
その弁護人こそ、満留。『アタシよくわかんないから、お願い?』と遊貴のたくらみによって選抜された弁護人満留は、令子が一史の弁護人だったと知り一瞬態度を軟化させたのもつかの間、結果今令子と一史が同棲状態と知り更に態度を硬化。暗躍する遊貴の働きにより、離婚調停の度に、一史は満留とエンカウントすることになるが、その度に満留はひたすら冷たい態度をとってくる。
そんな満留の態度に、遊貴の思惑とは真逆に、一史は満留への苛立ちを募らせていく。
やがて、ある日。ひたすらねちねちと嫌味……罵詈雑言に近い言葉を投げてきた満留に、我慢の限界が訪れ、一史は苛立ちをあらわにする。
「何様のつもりなんだ!ネチネチネチネチ悪口ばっかり言って……金神さんには関係ないだろう?僕をフったくせに何に怒ってるんだ……」
その一史の言葉に、満留もまたヒートアップし、その場は一瞬で修羅場と変わる。
そしてその修羅場の最中、一史と満留がフったフラれたの関係だと聞かされておらず唐突に爆心地の中心に投げ込まれた敏腕弁護士は、とりあえず二人を落ち着かせようと奮闘し、最終的に満留を連れ出すことでその修羅場を終息させる。
そうして一人その場に残り、熱が冷め自己嫌悪に陥る一史の前に姿を現したのは、隠れて話を聞き、令子の監視が消えるタイミングを待っていたらしい遊貴だった。
遊貴は語る。
「満留もさ。前からアンタの事気になってたんだって。あの子から聞いた?」
「二番手にずっと同じ名前がいるから頑張れたんだって。……生徒会長になった時アンタを役員に誘おうと思ったけど、勉強が忙しそうだからやめたんだって」
「脈あるし嫌がらないと思ったから友達を紹介するって契約したの。……ちゃんと謝んなよ?」
そう促してきた末に、遊貴は混迷極める離婚調停に一言で終わりを与える。
「共有財産云々とか、全部アンタので良いよ。そもそもアタシ借金苦だったし、それがなくなったんだからそれだけで十分。……ありがとう」
さよならのようにありがとうと告げ、遊貴は立ち去って行く。
そんな遊貴を見送った末、腐っていた一史は立ち上がり、その場を後にしていく。
去っていく一史が向かうのは、遊貴の方ではなく、満留の元。それを遠目に見送った遊貴は、諦めたようにボソッと呟く。
「…………だよね、」
そしてそう呟くと同時に、遊貴は、一史が令子を連れ込んでいる――ように見えたその場面を見てから、自分がずっと持っていた苛立ちの正体に気付いた。
「……そっか。アタシ。……納得して諦めたかったんだ」
そして遊貴は人知れず涙を流し、一人その場を後にしていく。
「今更言い出せるわけないじゃん。……わかってて、紹介するって言ったのに」
一史は、話をするために満留の元へと向かう。だが、話がしたいと訴えても満留が姿を現すことはなく、その代わりに姿を現したのは敏腕弁護人令子先輩。
「金神さんは会いたくないと言っています。去りなさい」
と、敵に回すとひたすらうっとうしいことが判明した令子先輩に食って掛かろうとした一史へと、令子先輩は一括した。
「女々しい!……そう言い放ちましょう。なぜなら私は他人だから!」
そうして令子先輩は一史の威勢をそぎ、それから一史の肩をポンと叩いて、言う。
「頭を冷やすべきです。誰も彼も彼女も。勢いでばかり動くから自分が嫌いになって行くのです。違いますか?」
その最終的においしいところを持っていくコメディ要員の言葉に、一史は一端身を引き、自宅へと帰って行く。
そうして、振り出しに近い状態。一人、他に誰もいない自室に戻った一史は、そこで静かに考え込み……やがて、定期テストが近いことに気付いた。
現実逃避……ではなく。自分の気持ちを確かめるために、と。がり勉は勉強に正を出す。
それで答えが出るのではないかと、期待して。
やがてテストが訪れ、その、結果発表の日。
一史の名前は、2位の満留を追い抜いて、そのリストのトップにあった。
それを見上げる一史に、……そちらはそちらで期間を置いて頭が冷えたのか、満留が声を掛けてくる。
「初めて、負けました」
と。そんな満留に、一史は言う。
勝ったら、自分の本音が分かると思った。憧れだったのか、恋だったのか。
でも、結局今もわからない。やはり煮え切らない話だが、それが一史の本音だった。
それを告げた一史に、満留は小さなため息と共に、言う。
私も似たようなモノだ、と。お互い器用には振る舞えませんね。そして、
「……もう少しお互いを知ってから結論を出してみると言うのはいかがでしょう?」
「いっておきますが、私は袖にした覚えはありません。あくまでアナタが煮え切らないだけです」
それから、満留は成績表を見上げ、その視線を一史に向けると、一史の頬を軽くつねって、言った。
「……よくも私を負かしてくれましたね」
そして、去り際満留は言う。
「漫画研究会の活動は、今日から再開します。……もう一人の部員もちゃんと呼んできてくださいね」
遊貴は一人、屋上のベンチでぼんやりしていた。特に何を考えるでもなく、ただぼんやりと、授業をサボって。
そんな遊貴の元に、がり勉が現れる。
「何してんのアンタ。授業、サボって良いの?優等生っしょ?」
その遊貴の言葉に、けれど一史は返事を投げず、代わりとばかりに、飲み物を投げてきた。
「……なにこれ?」
「お祝い。……お前成績上がってたな。勉強したのか?」
そんなどうでも良いような会話を暫く交わし、やがて一史は言う。
「今日から“漫画研究会”活動再開だって。お前も来いって」
二人の愛の巣にお邪魔するのか?と、冗談めかした遊貴に、一史は言う。愛の巣じゃない。それは一端保留。良く知ってからにしましょうってなった。と。
それに怪訝な表情を浮かべた遊貴をまっすぐとみて、一史は言った。
「僕なりに考えた。でも、結論が出ないんだ。……わからないんだ。自分でも」
そう言った一史を見て、渡された飲み物を開けながら、……遊貴は言った。
「アンタってさ……」
「……ホント。最低……」
どうしても浮かんでしまう笑みを、飲み物を口元に運んで、ごまかしながら……。
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