『剣客少女の喰べ歩き』
漆の髪に銀羽織。握るは小太刀と黒銀着。ゆるりと下駄を響かせて、歩むは異国、大陸の土。望むは一つ、異郷の珍味に舌鼓。
お静は嘆く。
「……お腹、空きましたねぇ」
連れの小竜はお静の言に、ただただ嘆息を吐き出すばかり。
『さっき弁当食ったばっかだろ……』
かくして二人は旅路を歩む。ただその飢えを、未知なる至福で満たさんが為に……。
・お品書き(オムニバス)
1話 看板娘と閑古鳥のソテー
大陸の片田舎。その寒村で祖父と定食屋を営む気立ての良い看板娘シャロンの元に、ある日珍しい客が現れる。
お静と名乗る和装の少女と、その友達にして毒見係にして彼女の非常食らしい、羊に羽が生えたような小さなドラゴンのドクミ・ヒジョーショク。通称ドッくん。
「この店で、大層美味なる鳥のソテーを頂けると小耳にはさみました。ソレを頂きたい。ただ、お静は路銀を持ちません。代わりに一つ、何か助力を。お困りのことはございませんか?」
『まあ何でも屋みたいなもんだよ』
得体のしれない二人であったが、悩みは確かにないでもないと、看板娘シャロンは語る。
かつては気の良い常連だった、村の男たちがなぜだかついぞ、この店に寄り付かなくなってしまったらしい。その原因を探って欲しい。
依頼を引き受けたお静とドッくんは、美食にありつくためと意気揚々、男達へと聞き込みに行くが、誰も彼も件の定食屋の名を出した途端に、いそいそと立ち去ってしまう。
首を傾げつつも一時定食屋へと舞い戻った二人を出迎えたのは、分厚い本を読んでいたシャロン。彼女に頼み込み空き部屋を借り、数日その街に滞在し、お静とドッくんは様子をうかがう。
そんなある日の夜分遅くに、お静は何者かからの襲撃を受ける。容易にそれを退けたお静だったが、その騒動の隙にシャロン。そしてそのおまけのドッくんが襲撃者たちに攫われ、定食屋に火が放たれ、店がその中にいた祖父事、火に呑まれてしまう。
勇みに勇み取り戻しに行き、投げて蹴っての大立ち回り。暴いた騒動の首謀者は、なんとシャロンの祖父だった。
まだ若いシャロンが、街に出て学校に行きたがっていることは知っていた。だが老骨が足手まといとなり、気立ての良いシャロンは置いてゆけない。店が傾けば愛想をつかすかと思えばそうも行かず、思案しているところにお静が来た。
追い立てるようではあるが、村八分にして店を焼き捨てれば、シャロンもこの未来のない寒村に愛想をつかし、旅人に連れられ自分の人生を歩むだろう。そう考えての事だったらしい。それを終まで、お静が暴いてしまった。
そうして、学業の足しにとため込んでいた金品を、祖父はシャロンに渡そうとする。
けれどシャロンはそれを受け取らず、そのままどこかへ、駆け去って行ってしまった。
一夜明けて翌日。気持ちを切り替えたのだろう。焼け落ちてしまった定食屋へと戻ってきたシャロンは、祖父へと語る。
この店と町が好きだった。こんなことまでして追い出されてしまうのも、朽ちるだけの未来のない寒村と言われてしまうのも、悲しい。
だから、私。この村を立て直せるようになりたい。そのために勉強してくる、と。
そうして看板娘は、ソテーと化した閑古鳥に背を向け、決意と共に、街を後にしていった。
それを途中。街へと向かう馬車に乗るまで見送って、そんなお静とどっくんに、去り際シャロンは言う。
「こっそり戻って様子を見て来て。……私は暫く戻らないつもりだけど」
その言葉を前に、お静とドッくんは顔を見合わせ、言われた通りに村へと戻る。
そうして戻った寒村。焼け落ちた定食屋へと赴いてみると、そこに暮らしていた祖父は、隣の老婆の家に居ついて、何やらねんごろな様子であった。
『……もしかしてあの爺さん。隣のばあさんのとこに転がり込みたかっただけか?』
「だけ、と言い切るのもなんですが……まああの分なら当分墓には行かないでしょう。シャロンも薄々勘付いていた様子ですし」
そしてお静は嘆息一つ。
「喰えませんねぇ、……このソテーは」
それだけ呟き、その寒村を後にしていった。
2話 道草と山賊料理
歩けども歩けども人里に行き着かず、森の最中で座り込むお静。
「そろそろ、……非常食に頼る日が来たでしょうか?」
投げた冗談が冗談に聞こえなかったのか、怯えたどっくんは逃げ出してしまう。
空腹のままそれを追う事、数刻。日が暮れた最中ようやく見つけたドッくんがいたのは、何やら荒んだ山賊のアジト。
珍しい魔物だと売り物にされそうになっているドッくんをよそに、空腹のお静が目を付けたのは、スープに丸焼き。
粗野で粗雑。それゆえに食欲をそそるその山賊の食卓に、獣の目をしたお静は一時、ドッくんのことを完全に忘れ、山賊たちの最中へと躍り出る。
そしてあいさつ代わりに2,3人片手で放り投げた末、お静が投げた啖呵は単純。
「その肉を寄こしなさい」
『……オレは?なぁ、オレの事は?』
などと嘆き非常食を脇に、お静を面白がったらしい、山賊のボスは遊びを持ち掛けてくる。
お静が勝てたら肉をやる。負けたらお嬢ちゃんも非常食と同じように、商品になって貰う。
「乗りましょう」
『マジかよ……どんだけ食に命かけてんだよ』
とか呆れる非常食をよそに、山賊のボスが投げてきたゲームとは……。
3話 キャラバンと荒野の果実
荒れ果てた大地の最中、
「お腹が空きましたねぇ。……あのサソリって食べられるでしょうか?ねえドクミ?」
『試さねえからな?いやだからな?』
などと放浪するお静とドクミ・ヒジョウショクが辿り着いたのは、旅商人、キャバンの駐屯地。そこに見知った陽気な旅商人リズレットを見つけ、働くから飯を寄こしなさいと言い切ったお静へと、リズレットは語る。
「じゃあ荒野の果実を見つけてよ。……魔物狩りに来てる冒険者たちより先に」
どうやらこの土地に、荒野の果実と呼ばれる珍しい食材があるらしい。そして、その荒野の果実のありかは、この土地に生息している珍しい魔物“ランドイーグル”が知っているとか。
更に、その荒野の果実は高値で売れるらしく、冒険者たちがそれを取りにこの場所に来ているとか。
そんな冒険者たちに混じり、誰よりも早く荒野の果実を手に入れ売られる前に喰らう為、お静は目下ライバルになりそうな名うての冒険者数名に奇襲闇討ち色仕掛けと見せかけた奇襲を繰り出し、一端退場してもらう。
『……そこまですんのかよ』
と呆れたヒジョウショク。そして、
「売るんだからね?食べちゃダメだよ?」
と念押ししてくるリズレットを無視し、荒野の果実の味を知るため、お静は“ランドイーグル”を追いかけ荒野を走る。だがそこに、いったん黙らせておいたはずの名うての冒険者たちも乱入して来て、荒野に欲望渦巻くレースが開催される。
果たして、荒野の果実を手に入れる者はだれか。そしてその味を、お静は知ることが出来るのか。
ついに発見された荒野の果実。それが“ランドイーグル”の卵だと知り、派手に奪い合った末に巻き起こった悲しい事件とは……。
「グス。……どうして、こんなことに。グス、争いなんて……嫌いです」
『最初に闇討ちした奴が言うなよな~』
などと言いながら、ドクミ係は地面に落ちた卵を舐めて、呟いた。
『マジかよ。……この卵甘いの?だから果実なのか~』
4話 武闘祭と優勝賞品 前
悲しい事件を乗り越えるに乗り越えきれず半月ほど粘った末に見事荒野の果実の味を知ったお静とドッくんは、久方ぶりに街へとたどり着いた。
その大きな街では、どうやら年に一度の武闘祭が開催されていたらしい。
「争いなど無益です。……武闘祭など、そんなモノに出る必要がどうしてあると言うのですか?」
『でも、優勝すると出店の料理食べ放題だってさ』
「出ます」
そしてエントリーをすまし、参加者の名簿に目を通したお静はとりあえず闇討ちに走る。
参加者を減らし大会期間を短くさせて手っ取り早く食べ放題に入ろうと言う魂胆。
『お前がギリ悪人じゃなくてホント良かったよ……』
そうして暗躍していくお静は、けれどそこで、自分たちのほかに暗躍している存在がいることに気づく。
奴隷商人たちだ。祭りに乗じて賑わいにやってきた人を攫い、行方不明として裏に流す。
それに勘付いたお静は、闇討ちを中断し、奴隷商人たちの動向を探り始め、その途中で意外な人物に出会う。
シャロンだ。どうやら、シャロンが着ていた街と言うのはこの場所だったらしい。
シャロンに食べ損ねていたソテーを作って貰ったお静は、けれど直後、強力な眠気に襲われた。
毒を盛られたと勘付いた時にはもう遅く、シャロンはお静に「ごめん」と告げ、そんなシャロンの背後に、お静は見知った男の顔を見た。
気づくと、お静は牢の中。
一人、格子窓から月を見上げた……。
5話 流れ者と囚われモノ
逆賊。剣鬼と故郷を追われ。剣を片手に大陸を放浪する剣鬼。
何を食おうとももはや血の味しかしない。そんな剣鬼はある日、大陸に蔓延る奴隷商のうわさを耳にする。
「悪ならば、いくら喰らおうとも謗られる謂れはございません」
嗤う剣鬼は悠々と、一振りの刀を手に悪の根城へと切りに赴く。
その襲撃の道中、見かけた者はリズレット。深入りし過ぎて下手を打ち、奴隷組織に捕まったらしい。流れで彼女を救い出し、お宝があると誘われた先。
お静が見つけたのは、小さな牢に囚われた、どうにも珍妙な、喋る生き物だった……。
同時に、お静は奴隷組織の剣客。名も知らぬその男と、剣鬼は笑みと共に剣を交えるが……。
6話 武闘祭と優勝賞品 後
『お前、結構迂闊だよな?』
そんな言葉と共に、鍵を咥えて現れた珍妙な生物。
ドッくんに助けられ、見事牢を脱したお静。そして逃げ出す道中、再び巡り合ったシャロンは、なんと奴隷組織の一員になっていた。
「目的に行く途中で捕まっちゃって……でも凄い頑張って媚び売ったら雇ってもらえたから!奴隷より良いでしょ?だから、本当に奴隷商人になったわけじゃないの。でも、しょうがないから。ね?」
「……喰えませんね、ホント」
と、呆れるのもつかの間。シャロンと結託しこの街の奴隷組織を潰すことにしたお静は、蹴って投げての大達周り。その裏でシャロンが奴隷たちを逃がして回り……。
そんな大立ち回りを演じている内に、お静の目の前に、かつて矛を交えた名も知らぬ剣客。
かつての邂逅では後手を取ったその剣客へと、お静は挑みかかって行く。
ただの勝負。ただの命の奪い合い。それにかつてのように、至上の悦びを見出すお静だったが……。
騒動の最中火事になったのか。あるいは、どこぞの食えない輩が逃げ様火でも放ったのか。
焼け落ちていく邸宅の最中、お静は名も知らぬ因縁の敵と、剣を、あるいは言葉を交えていく……。
後日譚
奴隷組織と争っている内に、武闘祭は終わってしまったらしい。
食べ放題を損ねたと肩を落とすお静に、けれど逃げる間際しれっと金品をくすねていたらしいシャロンが分け前を渡してくる。
それで暫しの食べ歩き。
やがて、シャロンは今度こそ勉強しに行くと、お静達の前から姿を消す。
『また捕まるんじゃねえの?』
「まあ、あれも、何があっても暫く死なないでしょう」
そんな言葉を投げ合って、もう暫し、お静は連れと出店を歩む。
漆の髪に銀羽織。握るは小太刀と黒銀着。ゆるりと下駄を響かせて……。
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