『魔王に転生された僕』ver1.00

 遠い昔、3人の“聖女”を従えた勇者は、魔王ノワールを打ち倒し世界を救った。そして勇者はいずれ来る魔王の復活に備えるため、魔術の更なる発展を願い、聖アリア魔術学園を創設した――。


 それから千年。全てが伝説へと変わり、ただ世界にいくつもある歴史の長い名門校の一つとなった聖アリア魔術学園に、うだつの上がらない少年の姿があった。


 名前はネロ。剣技、魔術、……ほとんど全てで学年最底辺の落ちこぼれにして、後輩にすらパシリに使われ、“ワースト・ワン”と呼ばれていた。気の良い性格も相まって言われるがままに過ごしていた彼はある日、授業の模擬戦の途中に気を失い……気付くと、その模擬戦に勝ってしまっていた。


 不思議がる彼の目の前に姿を現したのは、自身とまったく同じ顔をしていながら、妙に獰猛で偉そうな顔をした、幻影。


 自身をノワール――魔王と名乗った彼は、ネロへと言う。


『オレ様の生まれ変わりがこんな腰抜けとはな。だがまあ、良いさ。オレ様が宿った以上……この身体は魔王のモノだ。悪いな、ネロ!俺の転生先になった以上、お前は消えろ!』


 そう魔王の幻覚は襲い掛かってきたが……しかし、何も起こらない。

 どうやら転生の術式が雑だったせいで1日のうち入れ替われる時間に制限があったらしいのだ。


 1日最長1時間。それが、ノワールがネロの身体を奪い取れるリミットらしい。


 そうして、魔王に半分憑りつかれることで、“ワースト・ワン”ネロの日常は、ハチャメチャに変わって行った。


 パシらせようとして来る後輩に、魔王が勝手に「あァん?」と凄み喧嘩を売りボコボコにした末兄貴と呼ばれるようになり。


 クラスメイトであり唯一ネロに優しくしてくれていた回復魔術が得意な少女、ミーシャを前に『良い女じゃねぇか……』と言い出して狼藉を働き関係性が微妙になり。


 剣技学年1位にして“剣聖”の異名をとる少女、セナに『良い女じゃねえか……』と言い出して勝手に口説き始め。


 魔術の天才にして先日の模擬戦でネロ(魔王)が負かしてしまった少女、リリィを前に、『よく見りゃ(略)』と言い出し執拗に服を狙い。


 もう薄々勘付いている通り戦闘力と女好きは確かに魔王そのものなノワールに振り回され、やってない覗きやらセクハラで起こられ、いつの間にかよくなったのか魔道具研究会の男子生徒たちが透明になるマントやら透視できるメガネやらをセールスに来て、しかも気づいたら所持金0円。問い詰めたら『昨日はよォ。……ツイてると思ったんだよな、途中までは。あのディーラー絶対いかさましてると思わねえか、兄弟?』だそうである。


 もはや魔王と言うよりダメなおっさんである。


 そうして、“ワースト・ワン”ネロの日常は様変わりしていく。


「ネロ君、変わっちゃったよね……」

 とミーシャが遠くから眺め。


「あの強さの秘訣はなんなんだ。技を、盗まねば……」

 とセナに遠くから眺められ。


「絶対殺す……絶対殺す……絶対殺す」

 とリリィに遠くから呪いの言葉を吐かれる。


 だがそれは悪い変化ばかりでもなく、前のように虐められることは無くなり、ほとんどノワールのおかげとはいえ前より知り合いや友達も増え、これはこれで楽しいと、ネロは思っていた。


 そんなある日、ネロは気付く。


 ノワールがネロの身体を奪い取れる時間が、前よりも短くなっていることに。

 同時に、聖アリア魔術学園に襲撃者が現れる。“魔王の眷属”を名乗るその魔術師たちは、復活した魔王ノワールを手に入れるため、この学園を襲撃してきたのだ。


 そうしてやってきた“魔王の眷属”に、けれど魔王であるはずのノワールは全力を挙げて抵抗する。圧倒しかけたその時、けれど訪れたタイムリミットによってネロは倒れる。


 そして、“魔王の眷属”達が連れ去って行ったのは、けれどネロではなく、ミーシャ。


 魔王の生まれ変わりは、ネロではなくミーシャの方だったのだ。そして、ネロに憑りついていた魂は、魔王ではなく、今は名も伝わっていない勇者の魂。


 魔王を追いかけて転生の魔術を使った。だが、術式が不安定だったせいで魔術は失敗。半分だけ憑りついたような形にはなったが、それにもタイムリミットがあり、そろそろノワールは消えかねない。


 それを知らされたネロは、決意を固める。ノワールではなく自身が戦う、と言う決意を。

 そして、かつて“ワースト・ワン”と呼ばれていた少年の、自分自身の力による戦いが、始まった……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る