『サイキック×サイドキック!』
10年前。隕石と共に地球上に飛来したとあるD粒子によって、この世界は一変した。
D粒子に触れた生物は一定確率で魔獣と呼ばれる存在に変貌を遂げ、肉体と精神に変異し“第Ⅱ現実(セカンドリアリティ)”と呼ばれる超能力を発現した。
そしてその魔獣化現象を受けた人間は“魔人”と呼ばれ、各々好き勝手に自分の領土を統治するようになった。
同時に、人間達もまた、その魔獣や魔人に対抗するための軍隊、対魔解放軍を組織し、世界は争いの渦に巻き込まれていった。
それから、10年。世界は二つの地域に塗り分けされるようになる。
一つは、魔人――その中でもさらに強力な力を持ち、広い支配地域を持つようになった存在。“魔王”の支配する“魔界”。
そして、その魔界の合間に僅かに存在する、旧来の文明を残した人間の生活区域、“浄界”。
“魔界”の統治者たる“魔王”達は、自身の支配地域を広げるため他の“魔王”との争い(ゲーム)に興じ、狭い“浄界”に生きる人間たちは、もはや名ばかりになった解放軍に守られながら、“魔王”が戯れに自分達へと襲い掛かってこないことを祈る日々を送っていた。
そんな世界の一角。“第8浄界”――港と町一つだけの狭苦しい場所に、一人の少年が暮らしていた。名前は神木人真。平和主義で争いを好まず、めんどくさがりでサボり魔だが、解放軍の徴兵、能力検査によって“変異者”だと知られ、解放軍訓練校に入学させられてしまった少年である。
やる気のない彼の訓練成績は悪く、徴兵に引っかかる由来となった“第Ⅱ現実”――能力も、掌に収まる範囲のモノを自分の元へと転移させる“アポート”と言う、正直強くも弱くもないモノ。
落ちこぼれ、足手まとい。赤点製造機と揶揄されるも特に気に留めていなかった彼はある日、同じ訓練校にいる一人の少女と分隊(コンビ)を組むこととなる。
桂木千里。この“第8浄界”の近くにかつてあり、だが魔獣の襲撃により崩壊した“第17浄界”の出身者であり、“第Ⅱ現実”は千里眼。明らかに戦闘に向かない能力を持っていながら、この訓練校で成績最上位に君臨し、“魔弾の射手”の異名をとる少女だ。
身の丈以上もありそうなスナイパーライフルを持ち、そしてやたら足癖の悪い少女。
「足引っ張られるのはわかってる。……いないものと思うから」
と、開口一番言ってきた彼女との連携がうまく行くはずもなく、ジンマに引っ張られるように不動の一位だった千里の訓練成績は悪化していく。
そんなある日、転機が訪れた。めんどくさがってジンマがサボった訓練の最中、突如、魔獣の群れが千里たち訓練生に襲い掛かったのだ。
そしてそんな窮地に突如現れたのは、黒衣に仮面をつけた、魔人。
この“第8浄界”傍の魔界を統治する“魔王”ファントム。
圧倒的な力を見せ、魔獣を倒し訓練生を救ったファントムに、千里は銃口を向ける。魔人は敵だ、と。けれどテレポートの第Ⅱ現実を持つファントムは、千里の相手をすることなく姿を消した。
そうしてその場を後にし、仮面を取ったファントム――神木ジンマは呟く。
「……ゲームを挑まれてるのかな、」
ゲーム。魔王同士の陣取り合戦だ。それを挑まれたのだろうと直感したジンマは、自身の“魔界”にある邸宅へと赴いた。そしてその直感の通りに、ファントムの邸宅には来客が訪れていた。
「ゲームをしようよ、ファントム。何でもありのちょっとしたゲームを」
“魔王”グリード。ファントムの支配地域の隣を自身の“魔界”としている“魔王”であり、数年前、千里の故郷を滅ぼし今も支配下に置いている男。
彼から提案されたゲームの内容はシンプル。
“第8浄界”の中に、グリードの配下の裏切り者がいる。それを見つけ出して処分したら、ファントムの勝ち。タイムリミットはこれから行うグリードの侵略に“第8浄界”が陥落するまで。
……攻めると言われている以上、ジンマに選択肢はない。
その場でグリードを殺してしまえば良い話ではあるが、“魔王”のゲームにはルールがある。
“魔王”が直接ほかの“魔王”と戦闘することを禁じているのだ。それをすれば、被害の規模がどの程度になるかわかったモノでなく、その禁を破ったモノは、他の“魔王”達全てから総出で命を狙われる。
ゲームに乗ったジンマは、テレポートの“第2現実”で“第8浄界”の我が家へと帰り着き――だが、そのジンマの家に、潜んでいる何者かの姿があった。
千里だ。
「……アナタが、“魔王”ファントム?」
「なんの話だか分からないな、」
そう適当にごまかしたジンマを千里は疑い、そして“監視”の名目でそのままジンマの家に居つき始める。
そうして、この物語は真の意味で始まった。
昼間は人間として、解放軍の訓練生となり他の訓練生との交友を深め、襲い来る魔獣の攻撃を前に、陰ながら味方をサポートし、タイムリミットを稼ぐ。
夜はゲームに乗った“魔王”として、“第8浄界”の中にいる裏切り者を千里と共に探り、そして千里の目を盗んで“魔王”としての邸宅に帰り、“グリード“に揺さぶりをかけ情報を引き出していく。
そんな生活を続けていくうちに、ジンマと千里は裏切り者を探り当てる。
グリードの軍門に下り、“第8浄界”の情報を“魔王”に渡していたのは、この街の解放軍の司令官、近江雄介だったのだ。
ジンマ達を殺すことにより証拠の隠滅を図った近江雄介を、ジンマと千里はいつの間にか出来上がっていたコンビネーションで追い詰め、捕えることに成功する。
これによってゲームは終了。勝ちだと安堵したジンマの前で、けれど千里は捕えた近江雄介に銃口を向ける。
殺す必要はないとなだめようとしたジンマへと、けれど千里が言ったのは衝撃の一言だった。
「……どうして、裏切り者が一人だと思うの?ファントム」
そう、千里もまたグリードと契約していた裏切り者の一人だったのだ。
「グリードには、勝てない。“魔王”には、勝てない……」
働けば故郷を見せてくれる、そんなグリードの口車に乗った千里は、近江雄介へと引き金を引こうとし、だが、そんな彼女の手から銃を奪い取ることで、ジンマは凶行を止める。
「人間を殺すと後悔するぞ?」
「戻れなくなる。……自分が化け物なんだって心底思い知る羽目になる」
「魔人と変異者に境界線なんてないんだ。手を汚したことがあるかどうかだけの違いしかない」
「オレは“魔王”だ。けど、嘘だとしても自分が人間なんだと思っていたい。お前はまだ、そんな嘘を自分に付く必要はないはずだ」
「化け物になろうとするな。……ならないでくれ」
その訴えに千里は凶行を止めるも時すでに遅く、近江雄介はその場で自殺。
同時に、千里とジンマは解放軍の指揮官を殺害したと言う疑いを掛けられ、拘束される。
テレポートで千里と共に逃げ出そうとしたジンマだったが、「裏切っていたのは、本当だから」と、千里はその手を拒絶する。
そうして、ジンマは一人、テレポートの能力で自身の邸宅へと帰還する。
そしてそこで、ジンマはグリードの真の狙いに気づいた。
グリードの狙いは、“第8浄界”からジンマの居場所を奪う事だったのだ。同時に、指揮官を失い混乱の極みとなった“第8浄界”へと、侵略に動くこと。
ゲームにはルールがある。“魔王”が“魔王”を殺すことを禁じる。それを破り、他の魔王から命を狙われるリスクを負ってまで、手出しに行くべきかどうか。そんなことを、ジンマは考え……そして、事態は最終局面を迎える。
魔獣に襲われた“第8浄界”。その牢の最中で自身の裏切りを悔いる千里は、千里眼の力によって、希望を捨てず魔獣に抗う訓練校の仲間たちの姿を目にし、奮起する。
そうして劣勢の最中千里を中心として訓練校の仲間たちは気を吐き、だが魔獣の勢いに押され尚劣勢、窮地に陥り……。
そして、その場に救いの手が現れる。
ファントム。“第8浄界”の味方となることにしたジンマは、圧倒的な力で魔獣達を打ち倒して行き……そしてその場に、もう一人の“魔王”グリードが姿を現す。
拮抗する“魔王”同士の戦闘の末、街を守りながら戦うファントムは劣勢を強いられる。
「足手まといがいると大変だな、ファントム」
そう嘲ってくるグリードとの戦闘の末、けれど勝敗を決したのは、ファントムが足手まといと呼んだ人間達だった。
「足手まといじゃない。……相棒だ、」
そうファントムが呟くと同時に、千里の魔弾がグリードを射抜き、そしてそのゲームは幕を閉じる。
完全に結果論ではあるが、“魔王”グリードを倒したのは、人間である、千里。
欺瞞に近いその方便に、――もしかしたら鼻から、他人の為に戦う気などほかの魔王にはなかったのだろう。“魔王”ファントムはルールを破った違反者ではなくなり、同時に、勝者はファントム。自身の支配地域となったグリードの“魔界”。その一角にあった千里の故郷に、千里を連れて行き……廃墟となった故郷を見回した末、千里は言った。
「帰ろう……相棒、」
そうして、“第8浄界”には元の日常が戻る。
“魔王”ファントムがなぜか味方らしいと、変な伝説ができつつある、ジンマの平穏な日常が……。
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