うちよそ絵分(シャロさん編)

未知との遭遇


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こちらは2023/7/29に凱山晴希さん(@ikurah_3iag)が描いてくださった

うちよそイラストを元に書かせていただいた絵分(小説)です。

イラストはこちら↓からご覧いただけます

https://twitter.com/ikurah_3iag/status/1685280423222591488?s=46&t=LockmGnCzxGWnnpo0wSNfw


また、晴希さんのFanBOXにてイラストの制作過程などを全体公開されています。

是非こちら↓もご覧になってみてください。

https://gaisan.fanbox.cc/posts/6799838



 *ゲストのご紹介*

  晴希さん宅のシャロ・ノーマンスさん。

情報収集を活動の主とする人型のメカ。

対人スキルの一環で感情表現の機能を持つ一方、実際には人間的な感情を持ち合わせていないが為に、しばしばコミュニケーションに齟齬が生じがち


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↓以下、本編(ヤシロ視点)です↓




 朝。定型の挨拶を終えたシヴィーさんが、最後の最後、何気ない様子で本日の散歩は近場に留めるようにと言った。


 畳んでおいた僕の寝巻きを両腕に抱きながら、一度あくびを噛み殺しているのを視界の隅で見た気がしたが、その声色に眠そうな様子は少しも見当たらなかった。


「なんか、リェシアに得体の知れないものが紛れ込んじゃったみたいなんですよねぇ」

「得体の知れないものですか」

「そうなんですよ。夜の間に総出で探したんですが、見つからなくて。テロとか他国からの攻撃ではないと思うんですけど、念のため」


 最後はにこやかにそう言ったシヴィーさんは、何かあれば呼んでくださいね、と締めくくり、どうやら"得体の知れないもの"探しに駆り出されて行ったようだった。



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 それがつい半刻前のことで、いま、僕が目の前にしているものが、もしかしたらその、"得体の知れないもの"かもしれなかった。


「どうかしたんですか?」


 民家に人だかりが出来ていて、何やらざわついていた。声をかけてみると、家主のおじさんが自身の家の中に向かって、両手を腰に当てているところだった。


「昨晩留守にして、家に帰ったらあいつがいたらしい」


 人だかりを作っているうちのひとりが、そう教えてくれた。首を伸ばして見てみると、確かに開け放たれた平家の一室に、女がひとり立ち尽くしている。

 白い衣を着た、細いひとだった。


「良い加減にしてくれ」


 辟易としている家主を横目に、じっと掛け軸を凝視して動く気配がない。それが"あいつ"と呼ぶには余りにも綺麗な女性であった為、そんな言い方はないんじゃないかと思っていると、彼女はおもむろにこちらを向いた。


 正面を向いた豊 頬ほうきょうは、白粉おしろいをはたいたかのように白く、真っ白な雪山の中に小川が流れている景色を連想させる白と水色の髪、桜桃色の丸い瞳が、その顔立ちの美しさを際立たせていた。

 身を包む着物は、そのきめ細やかな純白な生地から、最高級の代物と分かる。袖の下から指の先まで覆う黒い手袋に施された、輝かんばかりに美しい水色の刺繍、統一された色の襟、穏やかな藤色の帯は、彼女の気品を更に押し上げ、付き人の仲介なしに話しかけることを躊躇ためらわせる格調高さを醸していた。


 が、まるで着付けの途中に逃げ出してきたかのように着崩している様子は、お世辞にも上品とは言えない。肩を露出させ、裾は膝さえ隠れず、胸元は酷く肌に張り付いた胴衣で覆われているのみである。

 そのちぐはぐが、困惑を生んで呆然としている間に、彼女は僅かに困った表情を浮かべて首を傾げた。


「何を良い加減にするの?」


 ゆったりとした口ぶりは、生まれ育った裕福な生活を想わせたが、僕と後からやってきた小さな男の子が顔を見合わせたのは、そのうら若き女性からはっきりと男性の声が発されたからだった。


 仰天である。純粋無垢な疑問はお婆ちゃんのような柔和な印象がありながら、好奇心旺盛な男の子の体裁をしていた。

 僕はすぐにピンときた。"得体の知れないもの"だ。


「良い加減出てけって言ってんだよ!この変質者!」


 庭から拳を振り上げるおじさんに、彼女(彼かも知れない)は「俺は変質者じゃないよ」と言って、今度は僅かに微笑んだ。


「どうして出て行かなきゃいけないの?」

「俺の家だぞ!」

「それはさっきも聞いたよ」

「だったらさっさと出てけ!」

「この地点が半径2km内で一番涼しいんだ。出ていく理由がないよ」


 そう言い終えると、彼女(彼かも知れない)は顔の向きを掛け軸へと戻して、まるで今のやりとりがほんのひとつもなかったかのように、感情の伺えない表情に戻った。

 とんでもない訪問者である。


 僕はこっそり人だかりを抜け出すと、大通りから館へ向かってシヴィーさんを呼んだ。しかし、待てど暮らせど、顔を赤くしたおじさんが憤怒を露わにしながら竹箒を掴もうと、シヴィーさんは一向にやってくる気配がなかった。

 いつもはこちらが飛び上がるくらい素早く、思わず声を上げるくらいヌルっと現れるのに。

 何度か呼んでみたものの、シヴィーさんは僕の声の届かないところにいるか、捜索活動に熱心に従事するあまり、聞き逃しているのだろうと思った。


 どうしようか、と顎に手を当て、その場でぐるぐる三度、草鞋わらじの足跡で円を描いたとき、おじさんが高く掲げた竹箒に、もう待っている暇はないと気がついた。

"得体の知れないもの"が何処かへ追い出されたり、逃げ出したりしてしまわないよう、シヴィーさんが来るまで引き止めなければいけないと思った。


「まぁまぁ!」


 両手を前におじさんの進行を妨げると、竹箒の先が僕の手のひらを掠めた。


「まぁまぁ……」


 既に若干の後悔を抱えながら、僕はようやく「暴力はしましょう」とおじさんを諫めた。それから覚悟を決めて振り返ると、横目で竹箒の先を捉えていた彼女(彼かも知れない)に向かって、努めて明るい声をかけた。


「こんにちは〜」


 無視されるかと思いきや、彼女(彼かも知れない)は僕の方へ顔を向けると、優しげな笑みを浮かべた。


「こんにちは」


 どこか軽快な響きのある、それでいてゆったりとした安心感のある、男性の声。にこやかに微笑んだ口許は少女らしさがあり、ちぐはぐで首を傾げたくなる。腹話術師と話しているような気分だ。


 彼女(彼かもしれない)が誰であれ、現状暴れ出したり攻撃的な様子はない。逃げられてはいけないから、このまま、なんとかして話を引き延ばす方法を考えなければ。


「はじめまして〜、僕、ヤシロと申します」

「はじめまして。俺はシャロ・ノーマンス」


 順調に返事が返ってきたことと、一人称が俺であることに驚き、更に喋ることと考えることが同時にできなくて、次の言葉に詰まってしまった。


「あ〜、えっと。シャロさん。素敵なお名前ですね〜」


 あんまり困ってしまって、僕は変な笑みを浮かべていたかもしれない。言い終わってから妙な切り口だったと思うと、思わず手を揉んでいた。彼(もしかしたら一人称俺の彼女かもしれない)は首を傾げた。


「どうして俺の名前が素敵なの?」

「……。……響きが良いなぁって……!」

「響きが良いと素敵なの?」

「え、あ、まぁ、覚えやすいですし、いろんな人に呼んでもらえそうだし、良いかなぁって」

「君はいろんな人に名前を呼んで欲しいの?」

「えぇ、まぁ。嬉しくなりません?」

「ならないよ。識別目的の呼称を多用して欲しいなんて、君はおかしな価値基準に基づいているんだね」


 彼はそう言って、穏やかに微笑んだ。

 なるほど。僕の手には負えないかもしれない。

 恐ろしく会話が続かない。

 お互い、悪気はないのになんだか会話が弾まないやつ。いち話すと、いち返ってきて、それから、え、会話広げない感じ?、黙った方が良い?と思っているうちに、結果的に沈黙が訪れ、もうその会話を続けようとする努力自体が痛々しく感じるタイプの会話。


 既に作戦に陰が落ちるのを感じたが、愛くるしい彼の顔には、やはり悪意はなく、くりくりとした瞳を真っ直ぐ僕を見つめ返している様子は、そうでなければ虜になってしまいそうだった。

 そうだ、と、会話の糸口を見つけた僕は頬を緩めて手を打った。


「シャロさんは、お友達にはなんて呼ばれてるんですか?」

「ショーヘイは俺のことをポンコツって呼ぶよ」


 触れてはいけないことに触れてしまった。

 愛称で呼んでお近づきになりたかっただけなのに。

 多分ショーヘイさんは慈悲がないんだろう。偉い人だろうか。

 でも、シャロさんの何処か嬉しげな目元は、シヴィーさんが桜さんに「この馬鹿」と呼ばれたときのと同じだったので、「そういう関係なのかな」と思わせる雰囲気があった。彼らが良いなら、それで良い。多分。


「どうしてそんなことを聞くんだい?」


 彼に見つめられ、その瞬きの少なさに不気味さを感じてしまった。宝石が埋め込まれているように、その奥行きをどこまでも覗けるような瞳。


 姉さんとは違うけど、ずっと見つめていられるのは同じだなあと思っているうちに、僕は自分が返事をしていないことに気がついた。


 そうだ。観光案内を申し出ながら、少しずつメイさんたちのいる館の方へ近づいていけば、シヴィーさんと合流できるだろう。

 半ば騙すような形で申し訳ないと思いつつ、僕はなるべく友好的に提案した。


「友達になりたくて! あの、シャロさん、僕と友達になってくれませんか?」

「なんで俺と君が友達になる必要があるの?」

「特に理由はないですけど……友達になりたいなぁって思ったので」

「どうして俺と友達になりたいの?」

「特に理由はないですけど……」

「じゃあ、ならない」

「あ、すみません」


 僕の浅はかな作戦が見え見えなのかと思ったら背筋がひやっとした。

 けど、やっぱり彼から完全な拒絶は見受けられなかった。

 ただ僕とは友達になりたくないらしい。


「すみません」

「どうして謝っているの?」

「いや、急に変なこと言って、困らせてしまってすみません」

「俺は困ってないよ」


 そう言って微笑んだ彼に絆され、彼が続いて何か言うのを待ったが、彼の認識では僕との会話は終わったらしい。まるで何もなかったかのように無表情で掛け軸へ顔の向きを戻した。

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