第7話:幸せな女の子

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 お父さんの車に乗って、家まで帰ってきました。ルーシーが歩いてきた道を、車はあっという間に飛び越えてしまいます。


「でも、私の方が立派なのよ。車はおつかいなんて、できないんだもの」


 誕生日パーティーは、庭で行われます。テーブルに並んだ料理を自由に食べられるので、立食パーティーは、ルーシーのお気に召してました。

 ルーシーは、車の窓に顔を張り付けます。会場の庭には、人がもう大勢集まっていました。


「私が来てないのに、みんなせっかちね」


 ルーシーが遅いのではありません。みんなが早すぎるのです。もしルーシーが来なかったら、どうするつもりだったのでしょうか。主役無しでパーティーが始まったらと思うと、ぞっとします。


「お母さんに苺を渡してこなくっちゃ。きっと、ケーキも焼き上がっているところよ」


 いてもたってもいられずに、お父さんたちを置いて、家に入ります。お母さんは、キッチンでスープを煮込んでいました。ルーシーはあまり好きではありませんが、トマトのスープです。


「ママ」


 ルーシーが呼ぶと、お母さんが振り返りました。


「ルーシー! 帰ってきてたのね」

「今来たのよ。おつかいもほら、ちゃんとそろえてきたわ」


 一番大きい苺をお母さんに見せます。つやつやと赤い苺は、ルーシーの口よりも大きいくらいでした。

 苺を受け取ったお母さんですが、ルーシーの鼻を指でつつきます。


「ルーシー、外で忘れ物をしてきたでしょう」

「忘れ物? してないわ」

「あら。じゃあ、これはどうしたの?」


 そう言ってお母さんが取り出したのは、ルーシーの大切な、レースのハンカチでした。ハンカチは、おじさんの家に預けてきたはずです。どうして、お母さんがハンカチを持っているのでしょう。


「苺をくださった家の人が、親切にも届けてくれたのよ。家の前に落ちていたからって」

「落としたんじゃないわ。置いていったのよ」


 お母さんには、わからないでしょう。ルーシーは、ハンカチをポケットにしまいました。わざわざ返しに来るなんて、なんて頑固なおじさんなんでしょう。


「ねえ、ケーキはもう焼けた? 私もなにか手伝う?」


 ルーシーはケーキを見たがりましたが、お母さんはオーブンに近づかせてくれません。ケーキを見たら、ルーシーがずっと張りついてしまうと、わかっているのです。


「いいから、庭に行ってきなさいな。みんな、ルーシーに会いたくてたまらないんだから。行ってあげなきゃかわいそうよ」

「そうね。ちゃんとご挨拶をしとかなくちゃ」


 お母さんに言われて、庭に戻ります。ルーシーを待っていたのは本当で、すぐにエルダやシャルルやロミリアが、駆け寄ってきました。


「ルーシー! やっと帰ってきたのね!」

「私たち、ずっと待ってたのよ。誕生日を祝いに来たのに、ずっといないんだもの!」

「お誕生日おめでとう」


 エルダが最初に声を上げて、ロミリアが叫んで、シャルルがはにかみました。よそゆきの服はどれも素敵で、ルーシーの誕生日を祝うのにぴったりです。


「待たせちゃったのね。でも、そのおかげで、おいしいケーキが食べられるのよ」


 あんなにもらったのですから、独り占めするつもりはありません。あれだけあれば、みんなにも苺を分けてあげられるでしょう。


「まあ、もうケーキの話をするなんて。ルーシーったら、はしたないわ」


 ロミリアは咎めますが、だれだってケーキは大好きです。


「だれか、ケーキの話をしたかい?」


 おいしいケーキと聞きつけて、カルロフが顔を出しました。途端に三人が、ルーシーの後ろに隠れます。悪戯ばっかりするから、カルロフは嫌われてしまっているのです。


「ひどいなあ、なにもしてないのに隠れるなんて。ネズミみたいだ」

「よく言うわ! エルダの髪を引っ張っておいて!」


 影から顔を出して、ロミルダが睨みました。エルダはびくびくしながら、手で髪を隠しています。カルロフったら、ルーシーがいない間に、女の子に悪戯をしていたようです。


「声を掛けるときに手に取っただけさ。だって、縄みたいに太いおさげだったんだもの。てっきり、ベルだと思ったんだ」

「縄じゃないわ!」


 泣きそうな顔でエルダが叫びます。


「カルロフ。女の子の髪の毛を引っ張るなんて、ひどいわ」


 じっとカルロフの目を見つめます。ルーシーは、カルロフが恐くありません。家がお隣なので、カルロフはルーシーにだけは乱暴にできないのです。ルーシーがカルロフのお母さんに言いつけてしまえば、カルロフはお母さんにお尻をぶたれます。


「私が見ている限り、悪戯は許さないからね。今日の主役は私よ」

「はいはい、ルーシー様の言う通り。なにもしないよ、女王様」

「女王は嫌よ、お姫様がいいわ」

「そんな恐い顔したお姫様なんていないよ。恐い女王様がちょうどいいや!」


 それだけ言い残すと、カルロフは逃げてしまいました。まったく、カルロフの逃げ足には、犬も勝てません。


「カルロフったら。プティングを取り上げてしまおうかしら!」

「それがいいのよ! あの人、いっつもお行儀が悪いんだから!」


 カルロフに会ったら、ちゃんと謝らせなければなりません。でなければ、ケーキをおあずけにしてしまいます。


 ルーシーは、パーティーに招待したお客さん全員に挨拶をしていきます。さっき会ったばかりのおじいさんや、会えていなかったカルロフのお母さんとお父さん。学校の先生に、親戚の従姉妹たち。おめでとうの言葉をたくさん受け取っているうちに、三時になってしまいました。大人たちにはワイングラス、子供たちには小さなグラスが配られます。


「ほら、ルーシー。乾杯は貴方がするのよ」


 お母さんに背中を押され、ルーシーはみんなの前に立ちました。なみなみに注がれたオレンジジュースが、今にも零れそうです。


 今日は、本当にいろいろなことがありました。いつもなら、誕生日プレゼントを受け取って、料理が運ばれてくるのをずっと待っていたでしょう。なのに今日は、外を歩いて、森でヘビと会って、ヒヨコと仲良くなりました。人生、なにがあるかわかりません。


「今日は、私のために集まってくれてありがとう。私の八歳の誕生日を、お祝いしに来てくれて、ありがとう」


 ヒヨコはテーブルの隅に乗せています。こっそりご馳走をつつこうとしたので、おばあちゃんが摘まみあげてしまいました。


「みんな、大好き! これからも、よろしくお願いするわ!」


 乾杯! とグラスを掲げると、みんなも一斉にグラスを掲げました。


 そこから先は、どんちゃん騒ぎです。お酒を飲んだ男の人たちは歌を歌いだしますし、女の人は御馳走を食べながら、おしゃべりをします。ルーシーは好きな物ばかり食べましたが、今日だけは、見逃してもらえました。

 みんなにおめでとうと言われて、褒められて、プレゼントもたくさんです。食べ終わったら、プレゼントの包みを開けて、みんなと遊べます。


「いつだって最高の誕生日だけど、今日はもっと最高だわ。だって、こんなに頑張ったんだもの」


 苺がたくさん乗ったケーキが、その証です。大きく頬張って、ルーシーは笑みをこぼしました。


 今日のルーシーは、世界で一番幸せな女の子です。



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ルーシーのおつかい @yuzukirino

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