第6話:おばあちゃんのお手伝い
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森を抜けて、どうにか日の当たる場所に戻ってこられました。ルーシーの髪が太陽に照らされて、キラキラと金色に輝きます。
ルーシーは、胸いっぱいに風を吸い込みました。じめじめした森の空気を、風はきれいさっぱりと洗い流してくれます。
「やっぱり、お日様の下が一番ね。貴方もそう思うでしょう?」
手に乗せていたヒヨコに話しかけると、ヒヨコはこてんと首を動かしました。ヒヨコの黒目が、ルーシーをじっと見つめています。
「もらった卵からヒヨコが生まれるなんて、考えてもみなかったわ。きっとお母さんもびっくりするわね」
ヒヨコは柔らかくて暖かくて、とてもかわいいです。初めて会ったばかりなのに、ルーシーはこの子が大好きになっていました。
「お名前を考えてあげなくちゃだけど、今はおばあちゃんの家に行かないといけないの。それと、おばあちゃんはきむずかしやだから、大人しくしてなきゃダメよ」
「?」
赤ちゃんヒヨコには、ちょっと難しかったかもしれません。ルーシーも、おばあちゃんがきむずかしやと呼ばれているのは知っていましたが、意味はよくわかっていません。おばあちゃんは、ルーシーにはいつも優しいのです。
「ここよ。ちょっと低いけど、素敵なおうちでしょ」
おばあちゃんの家は、ルーシーの家と違って、二階がありません。足の悪いおばあちゃんの為に作られた家なので、階段はないのです。
家のドアを叩くと、杖をつく音が遠くから聞こえてきました。
「まったく、こんな忙しい時に人の家を訪ねてくるなんて。今日は孫の誕生日を祝いに行くから、眠たくなるようなお説教なんてごめんだよ」
おばあちゃんの文句も聞こえますが、ルーシーの顔から笑顔は消えません。相手がルーシーだと知ったら、おばあちゃんはすぐに話し方を変えるのですから。
「だれだい」
ドアが開いて、おばあちゃんの顔がにょっと隙間から飛び出しました。ぎょろぎょろ動く大きな目が、ルーシーを見つけて、さらに大きくなります。
「まあ! まあまあ、まあまあ!」
くしゃっとおばあちゃんの顔が笑いました。この笑顔が見られるのは、ルーシーの特権です。
「まあ、ルーシーったら! なにも言わないなんてお茶目な子だねえ! 声をかけなさいっていつも言ってるだろう。うるさい神父か、退屈な郵便屋かと思ったよ」
ひょこひょこと足を動かして、おばあちゃんはルーシーを家に招き入れました。ポプリをいっぱい作っているから、おばあちゃんの家は、いつもいろいろな匂いがします。
「ごめんなさい、私、急いでたの。ほら、私ったら、おばあちゃんをずっと待たせていたでしょう?」
「ルーシーはいい子だねえ。でも大丈夫だよ、ばあちゃんはルーシーを怒ったりはしないから。時間つぶしに、ちょっとばかし花をいじってたがね」
低いテーブルの上に、枯れた葉っぱや花がたくさん置いてあります。匂いが混ざり合ってとんでもない香りになっていますが、おばあちゃんは平気な顔をしていました。
「ちょっと待っててね、ルーシー。これを片付けたら、ちゃんとした服に着替えるから」
「すぐには行けないの?」
「こんな格好で行ったら、なんて噂されるかわからないからね。まったく、人のあることないこと」
ルーシーは、柱時計を見上げました。古めかしい柱時計の針があともうちょっと動いたら、パーティーが始まってしまいます。
「ねえ、どれくらい掛かるの?早くしないと時間に間に合わないわ」
「早くしたいのはやまやまだけどね。部屋をこのままにしておくわけにもいかないだろう。ネズミに走り回られでもしたら、全部台無しさ」
そう言うと、おばあちゃんはゆっくりと片付けを始めました。ですが、ルーシーは待っていられません。おばあちゃんが着替えてくれないと、ルーシーはいつまでたっても家に帰れないのです。おばあちゃんは、ただでさえ足が遅いのに。
「おばあちゃん、私もお手伝いするわ。机をきれいにすればいいんでしょう?」
「おや、ルーシーが片付けてくれるのかい?」
「だって私、もう八才だもの」
おつかいだって全部終わらせているのです。おばあちゃんのお手伝いをちょっとくらい引き受けるのなんて、簡単です。
「さあ、ここは私がきれいにするわ。だから、おばあちゃんは早くお着替えしてきて。パーティーが始まっちゃう!」
「はいはい、そんなに言うならお願いしようかね。ルーシーも、あの子に似てせっかちだよ」
背中を丸めておばあちゃんが部屋を出て行きました。
「早く片付けなくっちゃ。ほら、貴方はこっち」
手の中のヒヨコを、キルトのかかったソファの上に置きました。本当は片付けを手伝ってほしいのですが、ヒヨコには手がありません。
「いい? 大人しくしてるのよ。落ちちゃっても、知らないからね。私はお片付けしてるんだから」
しっかりと言い聞かせると、ヒヨコはソファの隙間に埋まりました。動かないでいると、ぬいぐるみにそっくりです。
「えっと、紐はどう結べばいいのかしら。私、花の結び方は知らないわ」
着替えをしているおばあちゃんに聞きに行くわけにもいきませんし、ルーシーの知っている結び方をするしかありません。ルーシーは、エプロンを結ぶようにして紐を結びました。お母さんのエプロンを結び直すこともあるので、エプロン結びなら自信があります。
「ギュって結んだからお花が可哀想だから、あんまりきつくしないであげるね。ちょっと変だけど、我慢しててね」
結び目がへんてこになってしまいましたが、きれいに結び直す時間はありません。頑張って、全部の花にエプロン結びをやり終えました。おばあちゃんは、まだ戻ってきません。
「私の誕生日だもの。きっと張り切っているのね」
机の上には、まだまだ物がいっぱいあります。むしったばかりの花びらが、新聞紙の上に乗っかっていました。
「全部きれいにすれば、いいのよね」
おばあちゃんは、ポプリに使う道具を、部屋の隅にある木箱の中に入れています。なので、机の上にある瓶やら新聞紙やらを、全部木箱の中にしまいこみました。慌てていたせいで、おばあちゃん愛用のマグカップも、一緒に押し込んでしまいます。
「あら、ドアを叩く音が聞こえるわ」
ルーシーは手を止めて耳をすましました。ドアを叩く音は小さかったですが、ルーシーの耳にはちゃんと聞こえます。おばあちゃんだったら、聞こえなかったに違いありません。
「もっと大きく叩かないと、おばあちゃんは応えてくれないわ。きっと、おばあちゃんに会ったことのない人なのね」
ルーシーは、おばあちゃんの代わりにドアを開けました。すると、なんという事でしょう。そこにいたのは、ルーシーのお父さんでした。
「パパ! どうしてパパがここにいるの!」
お父さんは、家でパーティーの準備をしていたはずです。ルーシーが外に出たときには、庭の芝生を刈りに行っていたのでした。ルーシーがあまりに驚いているので、お父さんはおかしそうに笑っています。
「びっくりさせてしまったね、ルーシー。あまりに遅いから、ママが心配してパパを迎えに来させたのさ」
「あら、そうなの。でも大丈夫よ、もうすぐ帰るところだったんだから」
「いろいろと大冒険していたようだね。髪の毛に葉っぱがついてる」
いったいどこでついたのやら。お父さんの指が、葉っぱを摘まみ取りました。
「ええ、いろいろあったのよ。でもね、私、ちゃんとおつかいをやり遂げたのよ。苺だってもらえたし、ヒヨコまでもらっちゃったんだから!」
「ヒヨコ?」
「見せてあげるわ! ほら、入って。片付けだってできたんだから」
お父さんの手を引いて部屋に戻ると、着替えを終わらせたおばあちゃんが、目をまん丸にしていました。
「ルーシー、あんた、机の物を全部片付けちまったのかい?」
机の上にはなにも置いてありません。おばあちゃんのマグカップも、お菓子の入った瓶も、暖炉に使うマッチも、どこかにいってしまいました。手当たり次第にお片付けしてしまったのです。
「だって、きれいにしないと駄目なんでしょう?」
「そりゃあ……。でも、関係ないものは、どこにやっちまったんだい?」
「どれのこと? でも、大丈夫よ。ちゃんとどこにしまったかは覚えてるから。それよりも、おばあちゃん。パパが迎えに来てくれたのよ」
「パパが?」
やっぱり、おばあちゃんにはノックの音は聞こえていなかったみたいです。
「それと、言ってなかったけど、ヒヨコを連れてきているの。ほら、ここよ」
「まあ、いつからそんなところに! 全然気が付かなかった」
驚くべきことばかり起きて、おばあちゃんは混乱してしまいます。ですが、ルーシーを見ているうちにどうでもよくなったのか、ゆっくりと首を振りました。
「……まあ、わかったよ。ルーシーはいつでもビックリさせてくれるからね。でも、これ以上ビックリしたら胸がおかしくなりそうだ」
「おや、それは大変だ」
おばあちゃんの背中に、お父さんが腕を回します。
「おばあちゃんの胸が止まらないうちに、家に帰ろうか。早くしないと、せっかちな小鳥さんが、空に飛んで行ってしまうからね」
「そうよ! 私、ずっと楽しみにしてきたんだから!」
「はいはい。まったく、年寄りに優しくなくて困るよ」
おばあちゃんがまたなにか言っていますが、ルーシーには聞こえません。だって、パーティーはもう目の前なんですから!
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