第4話:こわーいおじさん

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 カルロフと二人で小道を歩きます。お昼になると、体もぽかぽかと温まってきました。


「ほら、あそこの畑に苺があるんだよ」


 カルロフの指差す先に、柵で覆われた大きな畑があります。手前の方にある葉っぱは、ルーシーにも見覚えのある野菜でした。


「ねえ、ルーシー。やっぱり、やめたほうがいいんじゃないかな。おじさん、本当に恐いからさ」


 ここまで来て、カルロフは嫌がります。


「恐いってどれくらい?」

「それはもう、すっごくさ。すごい大きな声で怒鳴ってきたし、畑を出てもずうっとついてきたんだもの。猟犬だって、あんなにしつこくはなかったんじゃないかな」

「それはゾッとするわね」


 話していたら、おじさんの家のドアが開きました。まるで、聞き耳を立てていたかのようです。

 いかめしい顔をしたおじさんが顔を出すと、畑のそばにいる二人に、ぎょろりと目を剥きました。


「お前たち、そこでなにをしている!」

「うわあ、来た! 逃げるぞ、ルーシー」


 ずんずんと近づいてくるおじさんに怯えて、カルロフが一目散に逃げだしました。カルロフの逃げ足はウサギも驚くほどで、あっという間に小さくなっていってしまいます。

 ルーシーは一歩も動かずに、おじさんを見上げました。逃げないルーシーを、おじさんは不思議そうな顔で見ています。


「どうした、腰を抜かしたのか」

「違うわ」


 ムッとして答えるルーシーの声は、いつもと同じ、気取ったままです。


「なら、どうして逃げない。仕置きされたいのか」

「それも違うわ。私、お仕置きされなきゃいけないことなんて、してないもの」

「なんだと?」


 おじさんは恐い顔をしていますが、ルーシーはへっちゃらでした。カルロフと違って、ルーシーは逃げなくてもいいのです。だって、悪いことなんて、なにもしてないのですから。


「ここは俺の敷地だ。勝手に入ってきただけで、罪になるんだぞ」

「そんなの知らなかったもの。敷地なら、ちゃんとわかりやすく看板を立ててくれなくちゃ」


 これはいつもとは勝手が違うぞと、おじさんは思いました。声を荒げるだけで逃げていくはずなのに、この生意気な子供はまったく動きません。唸っても、泣き出しません。


「今、説明しただろう。だからさっさと出て行け、あの悪戯坊主みたいにな」


 ルーシーを案内する役が終わったので、家に帰ってしまったのでしょう。もうカルロフの姿は見えません。カルロフは紳士ではないのですから、仕方がないといえば、仕方がありません。


「私は悪戯をしに来たわけじゃないわ。ちゃんと用があってきたのよ」


 苺畑がどれかはわかりませんが、真っ赤になった苺がたくさんあるはずです。その苺を分けてもらうのが、ルーシーの用事なのです。


「苺が欲しいの。私に、苺を売ってちょうだい」

「苺だと?」

「苺を育ててるって、聞いたわ。だから、私に苺を売ってほしいの」

「苺が欲しければ、店に行けばいいだろう。うちは市場でしか売らないことにしているんだ」


 それだけ言って帰ってしまいそうになるので、ルーシーは慌てて追いかけます。おじさんの一歩は、ルーシーの三歩分はありました。


「貴方の苺が食べたいの。大きくて、甘い苺なんでしょう?」

「ああ、そうさ。丹精込めて育ててる、うちの自慢の苺さ。それなのにお前たちときたら、まるでその辺に落ちている木の実のようにとっていくんだからな。鳥なんかよりも質が悪い」

「私はとったりなんかしてないわ」

「お前は違っても、他の悪ガキどもがとっていくんだ。俺は子供が嫌いだ、帰んな」


 おじさんはなんとかしてルーシーを追い払おうとします。ですが、ルーシーはあきらめられません。


「苺が欲しいの。私のケーキに、苺がどうしても必要なのよ」

「ケーキだあ?」

「私のケーキよ。それもただのケーキじゃないの、私の誕生日に食べるケーキなんだから!」


 ルーシーは胸を張ります。


「それで、そのケーキの苺が欲しいってわけか」

「そうよ」

「なら、ほかを当たってくれ」


 おじさんが背を向けました。


「誕生日だろうが、知ったこっちゃないね。俺は作物を個人に売らないと決めているんだ」

「どうして?」

「売らないといったら売らないと言ってるんだ、しつこいな」

「理由を教えてもらえないと帰れないわ。だって、とっても楽しみにしてたんだもの」


 苺をもらうために、ここまでやってきたのです。カルロフの家にも行ったし、おじいさんの家に蜂蜜を届けに行ったりもしたのです。それなのに、これでおしまいなんてあんまりです。


「誕生日のケーキなのよ! おじさんは、ケーキに苺が乗ってなかったらがっかりするでしょう?」

「知らねえな。ケーキなんて、食ったこともねえからよ」

「嘘よ! ケーキを食べたことがない人なんていないわ!」


 まだ騒ぐルーシーに、おじさんはうんざり顔で鼻を鳴らしました。


「誕生日だからなんだっていうんだ。俺は誕生日を祝ったことすらねえよ」

「そうなの?」

「おうよ。んなもん数える暇があったら、儲けを数えて酒を飲んだほうがよっぽどうまいからな」


 ルーシーはびっくりしてしまいました。おじさんのお母さんとお父さんは、誕生日を祝ってくれなかったのでしょうか。だから、誕生日ケーキがどれほど大切なものなのか、わからないのでしょうか。


「あのね、誕生日ってとっても大切なものなのよ。神様の子供の誕生日だって、みんなでお祝いするでしょう?」

「それもしたことねえな。自分のすら祝ってないのに、そんなもの祝ってられるかね」

「まあ、なんてこと!」


 祈りを捧げないまま、聖夜を過ごすなんて!


「それはよくないわ。誕生日はとっても大切なものなのよ」


 言い聞かせるようにルーシーは語りかけましたが、おじさんは笑うだけです。


「お前さんにとってはな。俺みたいな男には、関係ないのさ」

「そんなこと、ないはずよ」


 自分が生まれた日がどれだけ素晴らしいものか、誇らしいものか、おじさんは知らないのです。だれにも祝われないで終わってしまうなんて、それでは誕生日が可哀想です。


「わかったわ。私が貴方の誕生日を祝ってあげる」

「ううん?」


 初めて、おじさんが恐い顔をやめました。それでも恐い顔なので、もしかしたら元からこんな顔なのかもしれません。


「誕生日がどんなに素晴らしいものかわかれば、おじさんもケーキの大切さがわかるはずよ。おじさんの誕生日を私が祝ってあげるわ」


 それはとても素晴らしい思い付きでしたが、おじさんは強く首を振りました。


「冗談じゃない。どこの子かも知らない子供に、そんなことされるなんて」

「なら、知ってくれればいいのよ。私の名前はルーシー・キャンベルト。家はこの道をずっと行った先の、茶色屋根に窓が付いた煙突のある家。ほら、これで私がどこの子供かわかったわ」

「……こりゃ、とんでもない娘に狙われたものだな」


 おじさんはすっかり参ってしまいました。苺を渡さない限り、ルーシーはどこまでも追いかけてくるでしょう。怒鳴ったら逃げる悪戯坊主より、いきなり泣き出してしまう子供よりも、ずっとずっと質が悪いです。

 とにかく話を切り上げるべきだと、おじさんは考えました。


「わかった、苺はやろう。金もいらない。だから、大人しく帰ってくれ」


 手早く苺を摘んで、ルーシーの両手にどっさりと持たせます。そしてルーシーになにも言わせないまま、家に帰ってドアを閉めてしまいました。


「待ってちょうだい!」


 苺は手に入りましたが、これでは満足できません。だって、おじさんはルーシーの言ったことを、ほんのちょっとも、わかってくれていないのです。


「苺が欲しくて、あんなことを言ったんじゃないわ。誕生日の嬉しさも、クリスマスの楽しさも知らないなんて、あんまりだもの」


 ルーシーは苺をバッグにしまうと、おじさんの家のドアを叩きました。おじさんの声はすぐに返ってきます。


「なんだ、まだなにか文句があるのか」

「あるわ」

「しつこい子供だな! 親に言いつけるぞ!」


 ドア越しなのに、なんて大きな声でしょう。ルーシーは息を吸って、扉を見つめました。


「ごめんなさい、文句なんてないわ。でも、言わなくちゃいけないことがあるから、聞いてちょうだい」


 返事はありません。ドアの先のおじさんが、ちゃんと話を聞いているのかもわかりません。


「苺をもらえるのはうれしいわ。ありがとう。でもね、やっぱり、誕生日を祝わないのは、もったいないと思う」


 誕生日にあるいいことは、ルーシーの指を全部使っても、とても足りないくらいです。一度祝ってもらえば、おじさんにもその良さがわかるでしょう。


「だから、お祝いましょう。きっと神様も、見ていてくれているはずだから」


 おじさんは答えません。物音ひとつしないこの家のなかで、おじさんはどんな顔をしているのでしょう。ルーシーには、わかりません。


「私が祝福してあげる。神様に誓って約束するわ」


 もう、時間がありません。お日様は空の一番高いところまで来ていますし、ルーシーには、まだ仕事が残っています。


「もう行かなくちゃ。でも、おじさんの誕生日をまだ聞けてない」


 ルーシーは困ってしまいましたが、思いついたようにポケットのハンカチを取り出しました。お母さんに買ってもらった、大事な大事なハンカチです。


「約束の印に、ハンカチを置いていくわ。お母さんに送られた大切なハンカチだから、絶対になくさないでね」


 ハンカチを置く場所がないので、おじさんの家のドアノブに結び付けます。しわがついてしまいますが、汚してしまうよりはいいでしょう。


「絶対に絶対に、返してもらいに来るから! だから、来た時には誕生日を教えてね! 絶対だから!」


 何度も絶対と念を押して、ルーシーは下がります。ハンカチを置いていくと思うと、胸が苦しくなりますが、約束の証はどうしても必要です。ルーシーは振り切るように顔を背け、走り出しました。


 ――ガチャリ


 内側からドアノブが回されて、おじさんの顔が半分ドアから覗きます。もう、ルーシーの姿はありませんでしたが、表のドアノブには、ルーシーが残したハンカチがしっかりと結ばれていました。


「はてさて……困った子供もいるもんだ」


 おじさんは独り言を言って、ドアを閉めました。



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