彼の授業

 中二の夏、夏期講習で、彼が私の担当になった。数学だった。

 頭の引き出しの良い私は、邪な理由ではあるが、彼によく思われたいために勉強した。

よほど集中していたのか、彼の授業内容が思い出せない。

不思議である。本来なら、気になる男性がいたら、数学なんて頭に入らないと思うが、なぜか授業中の彼のことは思い出せない。

 子供だったんだと思う。二つのことは器用にこなせないのだ。

志望校は姉と同じ、偏差値60程の進学校に決めていた。

しかし、通知表の悪い私は、担任にはやめた方がいいと言われていた。

 

しかし、都立の模試では偏差値は合格圏だった。わたしはなんの焦りもなく余裕だった。

 

 <ひとめぼれ>の瞬間以外に、ひとつ彼の行動で覚えていることがある。

安物だが、お姉さんっぽいダブルのコートを着るのに時間がかかっていた私は、クラスに一人で帰り支度をしていた。

 

その時、彼がこちらを見ていた。少し、笑っていた。

私は軽く会釈をし、なんとなく胸が高鳴った。彼の笑顔に、すごく親しみを感じた気がした。

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