コスプレイヤーの選択

 放課後に魔法少女のコスプレをして、街で困っている人を助ける。

 マホ子が初等部の頃から、月に数回、不定期に行っている活動で、マホ子は『魔法少女大作戦スクランブル(以下、長いので魔大戦と記述する)』と、呼称している。


(要は、『魔法少女ごっこ』だよな……)


 一応、誤解のないように言っておきたいのだが、コスプレそれ自体については、自己表現の方法としてアリだと思っているし、マホ子がコスプレを趣味としている事についても、出来る限り応援したいと思っている。


 また魔大戦の主な活動内容は、ゴミ拾いや老人ホームの慰問といった、いわゆる慈善活動と呼ばれるもので、それについても特に文句はない。格好さえ気にしなければ、むしろ賞賛されてしかるべきだろう。


 ただ時折、自警団の真似事のような事も(マホ子が勝手に)行っており、結果として、トラブルに巻き込まれ警察沙汰になる一歩手前だった……なんて事が1度や2度ではないのだ。

 ちなみに、マホ子がこういった活動(奇行?)を行っている事は、学園の生徒であれば、そのほとんどが知るところで、『アレさえなければ……』と、残念がっている男子生徒は多い。


(ただまあ、それはそれとして……)


「マホ先輩、本当にカレステのカレンちゃんみたいです!」

「うん。似合ってるよ……」

「エヘヘ……ありがとう」


 悔しいが、本当にアニメの世界から抜け出てきたような完成度である。

 『今の私なら、本当に魔法が使えるかも?』なんて、勘違いをしてしまっても仕方がないくらいの出来栄えだ。


「やっぱり、主人公は違うな……」


 そう呟いて、天井を見上げる。また、例の染みと目が合った。


 (間奏)


 ここで、突然だが『観音寺カレンのステキな魔法(通称カレステ)』について、簡単に(オタク特有の早口で)説明しておきたい。


 カレステは、今から5年ほど前にテレビ放送されたオリジナルアニメで、序盤は良くも悪くも、よくある魔法少女モノといった感じで物語が進行していくのだが、後半から一気に雰囲気が変わり、延々と続く鬱展開に、支離滅裂な行動をするキャラクター。頻発する総集編に、調合性の取れない脚本と、滅茶苦茶な展開が続き、放送当時は、批評家に酷評されるなど、悪い意味で話題になっていた作品だった。

 特に最終回は、そのあまりの荒唐無稽さから、未だにオタク界隈では語り草になっており、全ての謎をぶん投げて、精神世界で自己啓発セミナーを行った挙句、意味不明な実写映像で終わるという最悪なオチで、アニメ誌の評価も『有名アニメーターのメタモルフォーゼと声優の演技くらいしか見所がない』と、散々だった。


 とまあ、そういった理由で、あと一歩間違えれば、世紀の駄作として、アニメ史の闇に葬り去られていてもおかしくない作品であった。


 あったのだが……


 先程挙げた、欠点の数々を補って余りある“何か”がこの作品にはあった。それが何なのかは、申し訳ないが、よく分からない。だが、その“何か”によって、俺やマホ子のようなオタク層はもちろんの事、普段アニメを見ないような層の人たちもが、大いに熱狂させ、最終的には、日本……いや、世界をも巻き込んで、社会現象と呼ばれるまでに至ったのである。


 結果、カレステという作品の残した傷跡は、"カレステ以前カレステ以後”という言葉と共に、アニメ史と視聴者の心に、深く深く刻み付けられたのだ。そして、未だに俺たちは、カレステのかけた魔法に、囚われ続けたままでいる。それはステキな魔法なんて代物ではなく、ある種の呪いに近いものなのかもしれない。


 ……さて、以上で『観音寺カレンのステキな魔法』という作品の説明を終える訳だが、続けて、そのカレステの主人公であり、今、正にマホ子がコスプレをしているキャラクターであるところの、観音寺カレンについても、説明をしたい。


 観音寺カレン……

 ネコネズミという、言葉を話す小さな猫のような生き物(端的に言うと、魔法少女モノには付き物の、マスコットキャラである)を相棒とし、突如としてこの世界に現れ、人類の生存を脅かす謎の生命体“シュライク”と、日夜、瀕死の状態になりながらも戦い続ける。正に“悲劇のヒロイン”であった。


 最終回では、仲間を皆殺しにされたショックで精神が崩壊し、生死不明のままアニメは終了。彼女がその後どうなったかについては、未だにファンの間で、熱心な議論が交わされている。その悲劇的な最期と、明るく前向きで正義感に溢れる、献身的な性格から、未だに熱狂的なファンが多数いるキャラクターである。


 ……以上。カレンについての説明を終えた所で、ここからは余談なのだが、先ほど紹介した、ネコネズミというのが作中でネー君と呼ばれており、マホ子が俺に付けたアダ名の元ネタになっている……と、俺は踏んでいる。

 ちなみに公式には、ネー君というのは、カレンが付けたアダ名という設定で「一緒に頑張ろう、ネー君!」と、笑顔で話しかけるカレンに対して「何度言えば分かるんだ!? 俺の名前は、ピート・ハインラインだ!」と、不服そうに彼が抗議する、といったやりとりが、バトルシーン前のお約束になっていた。


 ……では最後に、そのネー君について、彼がどんなキャラで、アニメ内でどういった扱いを受けていたかについても説明しておこう(お願い。本当に最後だから読むのを止めないで!)


 物語序盤では、数少ない解説役として、それなりに作品内で重要なポジションを務めていた彼だったが、話数が進むにつれて徐々に出番が減っていき、中盤以降は、途中から登場したライバルの魔法少女とカレンとの百合展開を望む視聴者の声が大きくなった等の理由から、出番は、ほぼ消滅。最終的には、スタッフからも存在を忘れ去られ、実質、アニメの背景と化すという、とても可愛そうなキャラクターだった。


 (間奏)


 ……さて、そろそろ話を本筋に戻そう。

 『簡単に』と、言っておきながら、オタクの悪いクセが出て、やたら説明が長くなってしまった事を、最後にお詫びしたい。土下座。


 (閑話休題)


 衣装の出来がよほど気に入ったのか、マホ子は何時にも増して上機嫌だった。

 何度も、その場でクルクルと回っては、スカートをヒラヒラとさせている。


「マホ先輩、とっても可愛いです! 憧れちゃいます!」


 サクラちゃんが両手をパチパチと叩きながらマホ子を褒めた。


「ありがとうサクラちゃん。今度、サクラちゃんも一緒にコスプレしようよ! コスプレをするとね、本当にそのキャラクターになれたような気がするんだよ。強くて、優しくて、曲がった事が嫌いで、自分を犠牲にしても愛する人たちの為に戦う……そんなカレンちゃんみたいに!」


 要は、気が大きくなるという事だろうか?


「あっ、いえ私は……」


 サクラちゃんが、一歩、後ろに下がると、俯きながら答える。


「あんまり無理強いするなって……サクラちゃん困ってるだろ?」

「そ、そうだよね。ゴメンね、サクラちゃん」

「いえ、私の方こそ……すみません」


 サクラちゃんが申し訳なさそうにしていたので、すかさずフォローする。


「大丈夫。気にしないでいいからね」


 俺が親指をグッと立てると、サクラちゃんがそれを見て微笑んだ。

 そして、サクラちゃんが笑顔になった事を確認したマホ子は「ゴホンッ」と、一度、咳払いをすると、高らかに宣言する。


「それでは今日も、魔法少女大作戦スクランブルを始めるよ!」

「ああ、やっぱり今日もやるんだ……?」

「サクラちゃんも、一緒にどう?」

「すみません。今日は、これから委員会の仕事があるので……」


 サクラちゃんが、目を落として、首を横に振った。


「今日は、入学式の片付けとかで、遅くまで委員会があるんだっけ?」

「はい。ですので、またお誘いいただけると嬉しいです」

「そっか。じゃあ仕方ないね……」

「それはそうと、俺が参加するのは既定路線なのね?」

「エヘヘ……一緒に頑張ろう、ネー君!」


 マホ子は、顔の前で両手を合わせると、俺に満面の笑顔を向けた。

 それを見た俺は、頷きながら小さく溜め息を吐く。


「はあ……」


 高校生にもなって何をやっているだろう、と思う。

 ただ一方で、こんな事も考えてしまうのだ。


 このままマホ子と一緒に魔大戦を続けていれば、いずれ『何か』今の状況を変えるきっかけになるような事が起こるのではないか、と……


 もちろんそんな事が起こらないのは分かっている。

 せいぜい街行く人たちの、話の種になるくらいだろう。

 でも……そうだとしても……


「ふう……」


 大きく息を吐く。今度は、溜め息ではなく、気合を入れる為だ。


(俺も、なんだかんだ魔大戦を楽しみにしているのかもな……)


 それから暫くして、12時を告げるチャイムが鳴った。

 まどろんだ春の空に、チャイムの余韻が何時までも響いていた。


revolutionary girl 完

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