オカ研部員へのささやかな贈物

 放課後(と言っても、まだ昼前なのだが)俺とマホ子は、2人が籍を置いているオカルト研究部の部室へと向かっていた。


「そういえば、小谷さんと何か話してたみたいだけど、良いの?」

「大丈夫、大丈夫……」


 俺の問いに、マホ子が両手を小さく振りながら笑って答える。


 朝の寒さが嘘のように、廊下には明るい光が差し込み、少し開いた窓の隙間から、春の暖かい風が吹いていた。


「小谷さんとは、幼稚部からの付き合いなんだっけ?」

「うん。小さい頃は、よく一緒に遊んだりしたよ」

「そっか……」


 ふと窓から大講堂の方を見ると、早くも部活の勧誘合戦が始まっているようだ。


 佐和山学園は中等部から高等部まで、特別な理由がない限りは、なんらかの部活に加入する事が決まりとなっている。

 ちなみにだが、文科系の部活を中心に、中高合同の部も多い。


「中等部に入学した時はたいへんだったよなあ。マホ子の周りに黒山の人だかりが出来ててさ」


 文武両道で華のある、長身の美少女。

 運動部はもちろん、文化部の先輩たちも多数集まり、マホ子の争奪戦が繰り広げられていた。


「アハハ……そうだったね。でも、オカ研に入部したら、そういうの一切なくなったけど……」

「そう……だったな……」


 2人して顔が青くなる。俺は気分を変える為に、以前から気になっていた事を質問してみた。


「マホ子って、何でオカ研に入部したんだっけ?」

「あれ、言ってなかったっけ? えっと、それは……ほら、ガフの部屋とかロンギヌスの槍とか死海文書とか、私、そういうの好きだし……」


 強烈なワードの連発に、頭がクラクラしてくる(いや、俺も好きだけどさ……)

 俺が、目頭を押さえて唸っていると、マホ子が慌てて続けた。


「そ、それと、部長さんがね! 部室のロッカーにコスプレの衣装を、預けておいても良いって!」

「ああ、それが理由か……」

「ち、違うよ! それに魔術とかそういうのも好きだしね!」


 さっきよりも更に慌てている所を見るに、どうやら図星らしい。


「う~、だって学校にあった方が、服飾部の子にも相談しやすいし……」

「まあまあ、別にいいじゃないですか。部室をクローゼット代わりに使ったって」


 ちょっと意地悪っぽく言う。


「じゃあ、ネー君は、何でオカ研に入部したの!?」

「そ、そりゃあ、マホ子が誘ってくれたからだよ……」


 今度は、2人して顔が赤くなった。


 (±0)

 

 『科学万能主義の時代だ!』と、テレビでどこかの大学教授が言っていた。いわゆる超常現象の類は全て科学的に説明が可能なのだという。

 まあ、実際、その通りなのだろう。

 ただ、俺は思うのだ。写真のネッシーがおもちゃの潜水艦だとして、動画のビックフットがゴリラの着ぐるみだったとして……幽霊の正体が枯れ尾花だと分かったところで、何も面白くないじゃないかと!

 確かに俺がオカ研に入部したのはマホ子から誘われたからだ。それは間違いない。

 だだ俺の中にも、そういうオカルトを愛する気持ちは、確かにあった。

 一応、その事は補足させていただきたい。


 (+259)


「今日は、誰か部室に来てるかな? 楽しみ!」


 マホ子が瞳をキラキラさせながら言う。心做しか、さっきより早足になっていた。


「行ってみないと分からないけど、部長も海外だし、今日は誰も来てないんじゃないかな?」


 オカ研の部室には鍵がない。いや、正確には施錠を禁止されている。

 その為、部室まで行ってみないと、人が来ているか分からないのだ。


『……では何故、無用心にも鍵がないのか?』


 それは、部長を含めた部員数名が、三日三晩、部室に立て籠もり、乱痴気騒ぎをするという、とんでもない不始末をしでかしたからだ。

 天使降臨の儀を執り行っていたとの事だが、緊急に開催された職員会議で、オカ研が天に召されず、本当に良かったと思う。


(まあ、盗るような物もないし、貴重品は鍵付きのロッカーに預けてるから、別にいいんだけど……)


 俺が、そんな事を考えていると、マホ子が諦めきれないといった感じで言った。


「でもでも、入部希望の子が見学に来るかも!?」

「うーん、来てると良いんだけどね」


 正直に言えば、マホ子目当てで、新入部員が入ってくる可能性は、十分あると思う。だが現状、マホ子を以ってしても、オカ研の悪評を覆すには至っていない。

 悪評の原因については、上記の立て籠もり事件を含め、他にもいろいろとあるのだが、部長の紹介と一緒に説明をするので、少し待っていてほしい。


 (±0)


 部室を向かう道中。ふと、寂れたプラネタリウムが目に入った。

 学園のほぼ中央、校舎からは少し離れた場所に位置するドーム状の巨大な建物。

 現在は老朽化が進み、生徒の立ち入りは禁止されているが、俺が初等部だった頃は、まだ現役バリバリで、理科の授業などで何度か利用したのを覚えている。

 今でも、あの日に見た星の海を、夢で見る事がある。

 桜の花びらが風に舞って、俺とマホ子の間を通り過ぎていった。

 少し泣いてしまったのは、入学式を終えて、なんだかんだ感傷的な気分になっていたからじゃないかと思う。


 (+238)


 部室の前に着くと、既に誰かが入室しているらしく、扉の隙間から明かりが漏れていた。


「オカ研よ! 私は帰ってきた!!」


 マホ子が何時ものハイテンションで、部室の扉を勢いよく開ける。

 中に入ると中等部の後輩が1人、某オカルト専門誌の心霊特集号を読んでいた。

 ちなみに、部室の本棚には、このオカルト専門誌が創刊号から並べられており、他にも古今東西、四方八方の怪しげなオカルトグッズが、所狭しと配置されている。

 また部屋の中央には年季の入った丸いテーブルが設置されていて、その周りには、アニメの悪役が会議で使用するような、趣味の悪い椅子が並べられていた。


「ネコ先輩にマホ先輩、先にお邪魔してます」


 一応、説明しておくが、ネコ先輩というのは俺の事である。

 ヒコ『ネコ』ウタだから、ネコ先輩……なんだそうだ。


「こんにちは、サクラちゃん」

「ヤッホー、サクラちゃん! また一年よろしくね!」


 わざわざ一度、椅子から立ち上がって挨拶をしてくれた、この子の名前は、佐久良静音ちゃん。

 中等部の2年生で、俺とマホ子は、親しみを込めてサクラちゃんと呼んでいる。

 『佐久良』ではなく、『サクラ』という感じに発音するのがポイントだ。

 成績優秀にして品行方正。小柄な体躯に、大きな黒縁のメガネ、長めの前髪に、お下げにといった容貌の、とても可愛らしい子である。

 また、その控えめな見た目に反して、初等部の頃は、女子サッカー部で主将を務めるなど、マホ子に負けず劣らずの文武両道っぷりだった。


「はい。私の方こそよろしくお願いします」


 サクラちゃんが、ニッコリと微笑んで、パンッと両手を合わせた。


「ところで早速なんですが、ネコ先輩とマホ先輩に、連絡がありまして……」

「「連絡?」」

「はい。部長さんから、ネコ先輩とマホ先輩にメッセージがあるみたいで……私宛のエアメールに言伝が……」

「「部長から?」」

「ええ。入学式の日に、それとなく伝えておいて欲しいと……」

「「そ、そっか……」」


 それを聞いて、冷や汗が頬を伝った。脊髄に氷水を流し込まれるような感覚。

 ……なんだか物凄く嫌な予感がする。


 三雲部長。

 ただでさえ文化部として、色物であると言わざるを得ないうえ、数多の問題を引き起こしてきたオカ研が、現在も五体満足で存続していられるのは、偏にこの人の存在が大きい。

 髭にサングラス、真っ黒なスーツにプロビデンスの目のネックレスという、およそ学生らしからぬ風貌と、専門家も舌を巻くオカルトの知識。潤沢な予算を毎年、生徒会から取り付ける政治力。思い立ったらすぐに地球の裏側まで行ってしまう行動力。

 また、その圧倒的な諜報力でもって、学園中の講師に部長に副部長、番長に裏番長に生徒会長、果ては学園のマドンナから用務員のオジさんまで、ありとあらゆる者の弱みを握っていると噂されており、理事長や学園長であっても、よほどの事がない限り手を出せない(らしい)


 歩く学園七不思議、高校13年生、学園の影の支配者、オカルトの擬人化、などなど名誉不名誉問わず、異名には事欠かない“怪人”である。

 以上の様に、まあ、凄い人なのは間違いないのだが、その暗躍っぷりから、真偽の程が定かでない噂も数多く流布されており、オカ研に手を出すと、エジプトでミイラにされるなんて、とんでもない噂も、公然の秘密のように囁かれていた。


 ちなみに部長は、1年のほとんどをオカルトの探求に費やしており、現在は、部員数名を連れて、ボリビアまでプマ・プンク遺跡の調査をしに行っていると聞いていたが……


(本当、この人、何で退学にならないんだろう?)


 つい良からぬ事を想像してしまい、慌てて頭をブンブンと振る。


「いかんいかん。部長がいない今、俺がしっかりとしなくては……!」


 それから暫く、何時来るとも知れない部長からの連絡を待ちつつ、3人で雑談をしていると「すみません、ちょっとお花を摘みに行ってきますね」 と、サクラちゃんが……続けて「奥で着替えてくるから、ちょっと待っててね」と、マホ子が……それぞれ席を離れた。


 2人が退席してしまい、なんとなく手持ち無沙汰になってしまった俺は、ぼんやりと天井を見詰める。

 そして、どこからどう見ても、人の顔にしか見えない天井の染みと目が合った。その刹那だった!


「オカ研の皆さん、三雲部長から、お届け物でーす……」


 まるで地獄の亡者のような、くぐもった低い声が部室に響く。

 俺が驚いて椅子から転げ落ちた。その刹那だった!


「ネー君、どうしたの?」


 今度は、マホ子の呑気な声が部室に響いた。


(さっきの聞こえてなかったのか……?)


 ピンと張り詰めていた緊張の糸が、少しだけ……そう、ほんの少しだけ緩んだ。その刹那だった!


 ガラッ

 

 突如として、部室の扉が開く。


「マホ子!」


 俺が、慌てて叫んだ。その刹那だった!


「ネコ先輩、マホ先輩、扉の前に封筒が置いてありました……よ?」


 サクラちゃんが、花摘みから戻って来たようだ……


「ネー君、どうしたの?」

「えっと、ネコ先輩……何かありました?」

「ゴメン……なんでもないです……」


 緊張の糸が一気に解ける。

 さて、俺は何回『その刹那だった』と地の文で言ったでしょう?

 恥ずかしさのあまり、思わず蹲り……って、羞恥に打ち拉がれてる場合じゃない。

 まだ危機 (?)は去っていないのだ!


「サクラちゃん、大丈夫だった?」

「い、いえ、特に変わった事はありませんでしたけど……」

「そっか、なら良かった……ところで、その封筒なんだけど、ちょっと見せてもらっても?」

「はい。分かりました」

 

 サクラちゃんから、ガムテープで厳重に封をされた、A4サイズの茶封筒を手渡される。

 その封筒には、宛先も差出人の名前も何も書かれていなかった。


 封筒を受け取った俺は、危ないからと、サクラちゃんを扉の近くに避難させると、刺激を与えないよう、ゆっくりとガムテームを剥がしてから中身を取り出し、危険がない事を確認する。

 ……そして、封筒の中身をテーブルに置こうとした。その刹那だった!


「わぁ、懐かしい! 私、小さい頃、よく使ってたよ!」


 着替え途中(下着姿)のマホ子が、興奮した様子で飛び出してきた。


「服を着ろ! 服を!!」


 本当、心臓に悪いので『その刹那だった』は、これで最後にして欲しい。


 俺は抵抗する痴女をどうにか部室の奥まで押し戻すと、改めて封筒の中身を一瞥した。

 まあ、マホ子が懐かしいと言うのも、当然と言えば当然だろう。

 御札のような紙で開かないよう封がされている事と、最初のページがどうも破られているらしい事以外は、どこからどう見ても(かなり年季は入っているが)表紙が花の写真でお馴染みの、某有名自由帳だったのだ。


「何で、ノートが……?」

「ネコ先輩、見てください!」

「んっ?」


 サクラちゃんが指さした箇所を確認すると、ノートの裏表紙に、小さく『願いを叶えるノート』と、ご丁寧にもボールペンのようなもので書かれていた。

 不覚にも下着姿のマホ子に意識を持っていかれて、見落としたらしい。


「願いを叶えるノートって……いくらなんでも、あり得ないよね?」

「でも、部長さんが送って来た物ですから……」


 あり得ない……そうは思いつつも『もしかしたら』という気持ちが抑えられない。

 ついさっき、着替えを終えたらしいマホ子の方に視線を向けると、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように瞳を爛々と輝かせていた。


 ……ここでふと、良からぬ考えが脳裏に浮かぶ。


 もしここで、俺が『可愛い彼女が欲しい』なんて願いを口にしたら、マホ子はどんな反応をするだろう?


(俺の事を幼馴染や弟としてではなく、恋愛対象として見てくれているのなら……)


「いやいや、何を考えてるんだ、俺は……」


 後頭部を掻き毟りながら、俺は大きく息を吐いた。


(とりあえず危険はないようだし、後で本棚にでも閉まっておくか……)


 俺が、そんな事を考えていると……


「ネー君、サクラちゃん……その、私がお願い事をしてもいい?」


 そう言って、マホ子が人柱に立候補した。

 テーブルに身を乗り出して、愉快適悦といった感じである。

 そんなマホ子を見ていたら……ふと嫌な予感がした。


「とりあえず、部長が戻ってくるまでは、いじくらない方が良いと思う。厳重に封もされてるし、ひょっとしたら呪物とかの類かもしれない……」

「でも、ネコ先輩……」

「サクラちゃんも、危ないから触らない方が良いよ」


 あの部長からの贈物である。“本当にあり得ない”とは思うのだが、万が一という事がないとも言い切れない。それに悪戯という可能性も高い。

 まあ、なんにしても、部長からの指示を仰ぐのが賢明だろう。


「そ、そうですよね……そ、その触らぬ神に祟りなし……ですよね?」

「そうそう。近づく神に罰当たるだよ」

「うん分かった。無用の神たたきだね」


 とりあえず、その場にいた全員から、いったん保留という結論で、合意が取れたところで……


「ところでネー君にサクラちゃん、この衣装どうかな? 服飾部の子にサイズを調節してもらったんだ!」


 ゴスロリ風の真っ黒な衣装を身に纏ったマホ子が、人差し指で鼻の下を擦っていた。


 それでは、いよいよ説明しよう。

 物語冒頭で述べた、マホ子の唯一……マホ子の長所をすべて帳消しにして、なお余りある欠点。


 それがコレなのである……


project notebook 完

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