宇宙から自宅への帰還

 植木鉢の下に隠してある鍵で、玄関を開ける。

 下駄箱を見る限り、父さんも母さんも既に帰宅しているようだ。

 携帯の時計を見ると、時刻は現在、夜の8時。トラックに轢かれてから、2時間程しか経過していない事になる。

 今までの人生で、最も濃い2時間だったのは間違いない。


 今日だけで本当にいろいろな事が起こった。相当な情報量だと思う。でも頭の中は、やけにスッキリとしていた。


「康太、おかえりなさい。夕飯、もう出来てるわよ!」


 ダイニングから母さんの声がした。


「うん。分かった」


 正直、先に食べているものと思っていた。

 自室で一度、部屋着に着替えようかとも思ったが、両親を待たせても悪いと、制服のままダイニングへと向かう。

 余談だが、制服は事故前と変わらず、特に破れてもいなければ、傷もほとんどない状態だった。


(なんだか落ち着いたら、急に腹が減った)


 そんな事を考えながら席に座ると……


「トンカツ……初めて食べましたが、とても美味しいです!」

「あらまあ、アイリちゃん。褒めても何にも出ないわよ」

「いえ、私は事実を申し上げただけです」


 ブーッ!


 思わず飲みかけていたお茶を吹き出してしまう。


 目の前に、我が家にはおよそ似つかわしくない、銀髪碧眼の少女が座っている。

 ついさっき、アニメの最終回っぽく社燕秋鴻したアイリが、美味そうにトンカツを頬張っていた。


(いや、確かに再会の約束はしたけど、最短でも半年はインターバルがあるものとばかり……)


 俺が、池の鯉みたく口をパクパクさせていると……


「コラ、落ち着いて食べないか! せっかく母さんが、お前の入学祝に御馳走を作ってくれたんだぞ!」


 父さんが顔にかかったお茶を拭きながら言った。


「いや、でも!?」

「そうよ、康太。一体何があったの?」


 俺は、さも当たり前といった顔で、アイリと食卓を囲む両親に尋ねた。


「えっと、とりあえず今の状況について説明してもらえるよね?」

「いったい何の話?」

「大丈夫か? お前、さっきから何か変だぞ? 」

「分かった。言い方を変えよう……この子が誰か紹介してもらえるよね?」

「誰って、あなたの妹じゃない?」

「そうだぞ、康太。お前、何を言ってるんだ?」


 2人とも首を傾げて、こめかみを人差し指で掻いていた。

 本当にアイリを俺の妹だと思っているらしい。


「お兄様……」


 アイリが上目遣いで訴えかけてくる。その顔をされると弱いのだが……


「父さんも母さんも、思いっきり黒髪で黒目の“THE日本人”じゃないか!? 何で銀髪碧眼の娘がいるのさ!?」

「いやいや、本当に何を言ってるんだ? アイリちゃんは、えっと、父さんと母さんの実の娘じゃなくて……確か、家庭環境が複雑なんだっけ?」

「そうそう。親戚の隠し子だかなんだかで、我が家で引き取る事になった……のよね?」


 なんだか物凄くふわふわしていた。


「まあ、何だっていいじゃないか。こんなに可愛いんだし!」

「そうよ康太。こんなに可愛い妹。世界中探しても、そうはいないわよ!」

「お父様……お母様……」


 アイリが顔の前で両手を合わせて、瞳を潤ませていた。


「はあ……」


 湯呑に残っていたお茶を飲んで、一度、大きく息を吐く。


 まあ、父さんと母さんが嬉しそうにしているなら、それで良しとしよう(実際、可愛いし)

 俺は、アイリにそっと微笑みかけると、「ゴメンね」と、手を合わせた。


 ……そんな俺を華麗にスルーして、父さんと母さんが言う。


「あらまあ、父さん聞いた? お父様、お母様ですって!」

「いやあ、本当に礼儀正しくて、気品のある子だよ。ウチのバカ息子とは大違いだな!」


 頭の中で、何かがブチンッと切れる音がした。


「誰がバカ息子か!?」

「康太、食事中に立ち上がるんじゃありません!」

「そうだぞ、アイリちゃんを見ろ。こんなに……」


「フフ……ハハハハハ……」


 アイリが笑っていた。とても無邪気に、ただただ嬉しそうに。

 一瞬、呆気にとられはしたが……


「「「ハハハ」」」


 アイリにつられて、俺も父さんも母さんも、皆、笑顔になっていた。こんなに楽しい夕食は兄貴がいなくなって以来、久しぶりだった。


 (間奏)


 それから夕食後。アイリと一緒にダイニングを出ようすると、父さんと母さんに呼び止められた。


「お前、何時の間にか、顔付きが少し精悍になったんじゃないか?」

「そう……かな?」

「ああ、実を言うとな。父さんも母さんも心配してたんだよ。何か悩みでもあるんじゃないかってさ」

「ほら、康太って昔から1人で抱え込んじゃうから……」


 どうやら入学祝の御馳走も、俺を元気づけようと準備してくれたものらしい。


「でも、さっきのお前の顔を見て少し安心したよ」

「ええ、私も……」

「父さんも母さんも、心配かけてゴメン。実は、ちょっと悩んでた事があったんだけど、もう大丈夫だから」

「そうか。まあ、お前ぐらいの歳の頃の悩みってのは、お前ぐらいの歳じゃないと、出来ないもんだからな。今の内に精一杯悩んどけ!」

「大人になってから悩む事なんて、世知辛い事ばかりだしね」

「そうだな。責任ってのも一緒に付きまとうしな」

「でも本当に困ったら、ちゃんと大人に助けを求めなさいね。子供の無茶を支えるのが大人の役目だから」

「ああ、大した助言は出来ないかもしれないが、いざとなったら小狡い手も使えるってのが大人の特権だからな。大概の悩みってのは金か権力があればどうとでもなる!」

「父さん、最後のはちょっとないよ……」

「そうか? ハハハ……」

「そうよ! フフフ……」


 アイリが俺の手を握りながら、噛みしめるように言った。


「ステキなご両親ですね、お兄様」

「そう……かもな……」


 (間奏)


 両親との会話を終え、アイリと一緒に自室に入る。


「うん。やっぱりこの場所が一番落ち着くな……」


 俺は、机の椅子をポンポンと叩いてアイリに座るよう促すと、正面にあるベットの上に腰かけた。


「えっと、一応、父さんと母さんについて説明してくれるかな?」

「はい。お兄様がお望みであれば」

「もちろん話せる範囲で構わないよ」


 アイリが一度、大きく深呼吸をする。そして、ゆっくりと語り始めた。


「単刀直入に申します。お父様とお母様の記憶を改変させていただきました」

「そんな事が出来るの?」

「はい。ある装置を使えば、対象者の記憶の改変とある程度ですが行動の制御が可能になります。また対象の監視や、脳内に直接メッセージを送くったり、逆に受け取ったり、といった事も可能です」

「それって凄いけど、悪用されたら不味いんじゃ……?」

「装置はノートで改変された事象によって生じた矛盾の解消など、特別な理由がない限りは使用許可が下りません。また記憶の改変と行動の制御については、対象者がいる宇宙と同じ宇宙で、尚且つ対象者の近距離に装置を設置する必要があるのですが、装置を設置するには、かなり大規模な設備が必要になるので任意の場所に新設する事は困難です」


 つまりは、ほいほいとは使えないし、ほいほいと増やす事も出来ないと。


「脳に悪影響とかはないよね?」

「はい。脳を含め身体への健康被害は一切ありません。お約束いたします」

「そっか、なら良かった。ちなみに近くってのはどれくらい?」

「地形や近隣にある構造物の影響も受けますが、おおよそ装置のある場所から半径1キロメートル圏内といったところでしょうか。メッセージの送受信など、その他の用途であれば、もっと広範囲での運用も可能です」

「なるほどね。だいたい分かったよ」


 ……でも、そんな大規模な施設、近所にあったかな?


「本当に申し訳ありません……如何なる理由があろうと、他人の脳を操作するなど決して許されない行為であり、その事は自覚しているつもりです。ですから、今回の件が片付いた際には、いかなる処罰であろうと……」


 アイリが立ち上がって頭を下げる。

 俺も慌てて立ち上がると、出来るだけ優しく笑顔で言った。


「まあ、別に家族が1人増えるくらいどうって事ないよ。父さんも母さんも喜んでたみたいだしね」

「本当ですか、お兄様……?」

「兄貴……ああ、ウチにはサッカー留学してる兄貴がいるんだけど、兄貴が家からいなくなって父さんも母さんも、内心、寂しかったんじゃないかな? それに俺も、アイリじゃないけど、兄妹ってのにずっと憧れてたしね!」

「ありがとうございます。私は……私は、今までずっと……」


 アイリの表情が少し柔らかくなる。やっと人心地つけたような……そんなアイリを見て安堵すると同時に、さっきから俺の第六感が脳内でエマージェンシーコールを鳴らしていたらしい事に気付く。


「不味い……マホ子がこっちに来てる」


 俺とマホ子の家は、隣同士だ。屋根伝いに、お互いの部屋を行き来する事も可能である。なので、お互い何時でも部屋に入れるように、窓のカギは開けっ放しにしておくのがルールだった。


「確かに、ネー君。雑誌の妹がいっぱい出てくる……何て企画だっけ? 凄い真剣に読んでたもんね」


 そう言って、マホ子が窓から部屋に入ってくる。

 それだけでも大混乱なのに、マホ子がカレンのコスプレをしていた事で、部屋の中はカオスと化していた。


「い、いやあ、そうなんだよ。ちなみに理想の妹は闘将ダイ……って、マホ子さん……その、どの辺から聞いてました? それと何でコスプレを?」


 どうしよう? アイリとの会話に夢中で気付くのが遅れてしまった…… 

 動揺する俺を尻目に、マホ子は勝手知ったるなんとやらといった感じで、ベットの上にドカッと腰掛けると、俺の質問に答えた。


「えっと、なんたらって装置が、どうのこうのって辺りからかな?」

 

 落ち着いた様子で、マホ子が大きく伸びをする。

 それにしても、何でそんな普通にしていられるんだ。彼氏の部屋に知らない女が上がり込んでるんだぞ……じゃなくて!


 マホ子の返答を受けて、アイリにそっと耳打ちをする。


「今の会話って聞かれちゃマズかったかな? あっ、ひょっとして既に記憶を改へ……」


 俺の問いかけに、アイリは涙をさっと拭うような動作をしてから力強く答えた。


「はい、問題ありません。私がマホ姉様をお招きさせていただきました!」


 (間奏)


「こんばんはアイリちゃん。えっと、さっきぶりかな?」

「はい。わざわざコスプレもして来て下さり、ありがとうございます」

「アイリちゃんが、『まずは形から入るのが重要です』って、言ってたからね」


 何時の間にか、2人は親しそうに談笑をしていた。

 そんな2人を見ていたら、なんだか一気に体の力が抜けた。


「えっと、2人は知り合いなの?」

「うん。あのね、ノートに願いを書いたら、アイリちゃんが突然、空からパーッって現れてね!」


 マホ子が、両手をパタパタとさせて言う。


「やっぱり君は……?」

「違いますよ、お兄様」

「う……うん……」


 ばつの悪そうな顔をした俺を見かねてか、アイリがモジモジしながら事の真相を話してくれた。


「そ、その、普通に登場しても、インパクトがないと言いますか……私の話をすぐには信じていただけないと思いましたので、少々、演出を……」

「そ、そっか……」


 今度はアイリの方がばつの悪そうな顔になってしまったので、マホ子の方に話を振る


「それでマホ子は、今回の件についてどれくらい知ってるの?」

「『私の願いで宇宙がピンチ!』って感じかな?」

「ずいぶんとザックリしてるなあ……」


 呆れ顔の俺に、アイリがそっと耳打ちをする。


「すみません。マホ姉様には、まだ言えない事も多くて……」

「そうだったのか……」


(まあ、物語の主人公に『この宇宙の謎』的な情報を、すぐに開示しちゃったら、話が終わっちゃうしね……)


 俺が、そんなメタっぽい事を考えていると……


「コホンッ」


 アイリが、一旦、仕切り直しましょうと言わんばかりに、可愛らしく咳払いをした。


「ところでお兄様、お体に異常はありませんか? 全身が重いとか?」


 復活してから、ずっと(大小の波はあったが)興奮状態だった為か、それほど気にはしていなかったが……


「言われてみれば、確かに少し体が重い気がする」

「お兄様、最初はコツが必要ですが、慣れればすぐに出来るようになると思います。目を瞑って、ゆっくりと深呼吸をしてみてください」

「分かった……」


 俺は、アイリに言われるがまま、目を瞑り何度か深呼吸をした。すると……


welcome back 完

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