星ヶ崎マホ子のステキな魔法

―――時は少し、遡る。


「フーッ……」


 スグルは大きく息を吐くと、座ったまま伸びをした。暗がりでしっかりと表情を読み取る事は出来ないが、安堵した表情を浮かべているように見える。


「フーッ……」


 スグルはもう一度、大きく息を吐くと、誰にともなく語りかけた。


「そろそろ出てきても良いんじゃないか?」


 スグルの声に答えるように、暗がりから少女が1人、顔を出した。

 コンソールの光によって、薄っすらと照らし出されたその顔は、スグルと同様、安堵している様に見えた。


「あなたのおかげで、お兄様は悲しい思いをせずにすみました。感謝いたします」


 そう言って、少女が頭を深く下げる。


「『お兄様に何かあったら私はあなたを許しません!』なんて言ってたくせに……なあ、守護天使ちゃん?」


 スグルが、顔だけ少女の方に向けると、皮肉っぽく言った。

 少女は、黙ったままだ。


「まあ、確かに康太については賭けだったがな……アイツのマホちゃんを想う気持ちが奇跡を起こしたって事で、これにて一件落着だ!」


 楽し気なスグルとは対照的に、少女はどこか、心ここにあらずという感じだった。


「お礼は言いましたよ。それでは……」


 立ち去ろうとする少女を、スグルが呼び止める。


「しかし、俺も人の事は言えないけど、お前も随分とアイツに肩入れするよな? 罪滅ぼしのつもりか?」


 少女は、その一言に立ち止まるも、先ほどと同様、黙ったままだった。


「まあ、気持ちは分からないでもないけどな。アイツを見てると、つい構ってやりたくなるというか、助けてやりたくなるというか……」

「お兄様は、とても素敵な方です……それは、今までずっとお兄様を……お兄様だけを見てきた私が、誰よりも知っています。だから私は……」


 感極まった様子の少女を見て、スグルが小さく呟いた。


「俺が思うに、アイツは……マホちゃんが、この宇宙にかけた、最初の魔法だったんだと思う……」




「『星ヶ崎マホ子のステキな魔法』ですか……」




 少女は、誰に言うでもなく囁くと、そのままどこかに消えてしまった。

 そして、少女が視界から消え去ったのを確認したスグルが、ため息混じりに愚痴た。


「しかし、オーバーロードちゃんも人使いが荒いよな……こちとら都合の良い召使じゃないっての……」


 スグルが、再びビックブラザーの操作を始めるのと、ほぼ時を同じくして、空調の音がけたたましく鳴り響いた。

 その音に負けじと、スグルは、気合を入れるように大きな声で言った。


「さあ、ここからは大人の仕事だ。アイツが過去に行って生じた矛盾の調整をしないとな!」


 ポーズこそ面倒そうにしていたが、その表情からは笑顔がこぼれていた。


the children 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る