学園の日々
休み明け。嵐のように4月が過ぎ去り、カレンダーのページは今日から5月。
いつもは憂鬱な月曜日の授業が、その日は不思議と苦ではなかった。
大型連休が目前に迫っているから? 多分、それだけが理由ではないと思う。
「機械式の腕時計が何でこんなに高価なのかというと、単純にステータスシンボルだからというのもあるんだが、100を超える細かな部品を職人が手作業で組み立てているからってのが、その理由だ。そして、そんな機械式の腕時計をネジまでばらばらにして、そいつを箱に入れて振った時に、元の時計が組みあがっている確率。それが宇宙で生命が誕生する確率と、だいたい同じくらいだと言われている。その中から更に知的生命体が生まれて……なんて考えると途方もない確率だな。そんな中で男女が2人出会って……いや、何でもない! それでだ。何でこんな話をするのかと言うと、実は、家を売った金で中古のセレスティアルを買おうと思ってるからで……」
生物の先生(最近、同棲してた彼女に逃げられたらしい)の授業が脱線して、はるかな地平を目指して走り始めた所で、終業を告げるチャイムが鳴る。
そして帰りのホームルームが終わるのと、ほぼ同時に、スグルから話し掛けられた。
「話ってなんだ? 朝も言ったけど、この前の事だったら……」
「いや、その事じゃないんだけど……」
スグルの、何時もと変わらないニヤけ顔を見て、改めて思う。
「……しかし、朝から普通に話しちゃってる俺も俺だけど、あんな事があったのに、よく何時も通りにしてられるよな?」
スグルは結局、俺の記憶を消さなかった。
もちろん都合の悪い部分が消されている可能性は否定できないが……まあ、そこは信じよう。俺の事、好きみたいだし。
「そう言うなよ。お互い、遠慮する仲でもないだろ? 俺だって1年くらい前に変な記憶を植え付けられて、成り行きでやらされてるだけなんだぜ。それまではどこにでもいる普通の中学生だったのに……」
「ふーん……」
どこにでもいる普通の中学生……だったかは、かなり怪しいが……
「普通が一番だよ……お前も、そう思うだろ?」
「まあ……な……」
少し前までは、自分が“普通”である事がたまらなくコンプレックスだった。
でも今は……少しだけ、ありのままの自分を好きになれた気がする。
「それで、話って何なんだよ?」
そう言って、スグルが俺にデコピンをする。痛……くはない。
「ああ、悪い。今度の日曜……連休最終日って、サッカー部は休みだろ? 暇なら、久しぶりにベルマーレの試合を観に行かないか?」
「珍しいな、お前から誘ってくるなんて……まあ、そうだな。宇佐山が急に受験勉強なんて始める前は、3人でよく行ってたけど、最近はご無沙汰だったし、久しぶりに行くか!」
サッカー観戦が暫くご無沙汰になっていたのは、宇佐山の受験勉強だけが理由ではなく、スグルが部活の練習で忙しかったというのもある。
今になって思えば、部活以外でもビッグブラザー関係で、いろいろと忙しかったのだろう。
「じゃあ、来週の日曜に駅前に集合って事で!」
「了解!」
そう言うとスグルは、再びニヤけた表情を俺に向ける。
「ところで聞いたか? 宇佐山、FC東京のサポーターに鞍替えしたらしいぞ」
「何だと、裏切り者め! 今度、会ったら憎しみの炎で灰にしてくれる!!」
「本当だよ。こっちはJ2だってのにな……」
それから暫く、2人で笑い合っていると、小谷さんとの会話を終えたマホ子が、トコトコとやって来た。
「ネー君、スグル君、何を話してるの?」
「俺と康太で、次の日曜にデートするから、その相談をね!」
「お前なあ……」
「ネー君ってば、私というものがありながら!」
「いや、冗談だぞ……」
「ハハハ……あ、そうだ。康太にコレやるよ!」
スグルが俺に投げ渡したのは、黄色いパッケージの激甘缶コーヒーだった。
「甘いの好きだろ?」
「ま、まあな……」
「それじゃあ、俺は今から部活に行くから、後は若い2人にお任せするよ」
スグルは、そう言うが早いか、グラウンドまで走って行ってしまった。
本当に忙しいヤツである。
「ありがとな、スグル……」
俺は缶コーヒーの蓋を開けると、その場で一気に飲み干した。
(間奏)
スグルが教室から出ていったのを確認した俺は、さっきから口角を緩ませて左右に揺れているマホ子に質問した。
「ところで小谷さんとは、どんな話をしてたの?」
ライバル宣言をされて以降、一応、警戒はしているのだ。
「その、ネー君について、どう思うかって……」
「えっ、よりにもよって俺の話!?」
「うん。だからね、『大好きだよ』って……」
そう言って、マホ子が真っ赤に上記させた顔を両手で覆う。
聞いてるこっちまで恥ずかしくなるから、勘弁して欲しい(嬉しいけど)
「それじゃあ、俺たちも部室へ行きますか?」
照れ隠しで、つい大きな声を出してしまう。
そんな俺を見て、茹で上がった顔を手で仰ぎながら、マホ子が言った。
「うん。一緒に行こう!」
午後の日差しが眩しかった。
……さっきから全身が熱いのは、きっと春の日差しのせいなのだろう。
(間奏)
部室に入ると、既にサクラちゃんもアイリも席に座っていた。
2人で可愛らしくキャッキャウフフと談笑をしている。
「いいか。1人でも多く突破して、部室に辿り着くのだ!」
マホ子が何時ものハイテンションで、部室の扉を勢いよく開ける。
俺たち2人に気付いた後輩2人は、立ち上がると軽く頭を下げてから言った。
「ネコ先輩、マホ先輩。先にお邪魔してます」
サクラちゃんは、あの後。巨大化してから、わずか15分というスピードでイドの怪物をKOしたらしい。頼れる後輩なのは、ありがたいのだが、ひょっとして俺たちって必要ないのでは……なんて事を考えてしまう。
「お兄様、マホ姉様。私も先にお邪魔をしています」
アイリはあの日。俺が帰って来てから、ずっと俺に抱き着いて泣いていた。
真っ赤になった目をそっと拭って、グシャグシャになっていた髪を櫛でといて……それでやっと泣き止んでくれた。
(……やっと、あの時の借りが返せたかな)
「サクラちゃん、アイリちゃん、何の話をしてるの?」
気付けばマホ子は、もう席に座って2人に話しかけていた。
俺は思う。もう少しだけ……そう、もう少しだけ。
こんな時間を、皆と一緒に歩んでいきたいと。
「それじゃあ、今から、『魔法少女大作戦スクランブル~海辺のゴミ拾い大作戦~』に出発だね!」
マホ子が握りこぶしを天に突き上げて言う。
「嬉しかったなあ。ネー君の方から『放課後に魔大戦をやろう!』って誘ってくれて……」
「まあ、サクラちゃんと約束しちゃったしね……」
「ネコ先輩、お誘いありがとうございます! ちゃんと衣装も持って来ましたよ!」
そう言って、サクラちゃんが大きな紙袋からコスプレの衣装を取り出す。
そんなサクラちゃんを見て……
「あの、私も、本当に参加してよろしいのでしょうか? 衣装は持って来ていないのですが……」
そうモジモジしながら確認するアイリに「「「もちろん大歓迎だよ!」」」と皆が答えた。
「それじゃあ、行きますか!」
マホ子に倣い、握りこぶしを天に突き上げて宣言する。
ミサンガが、今にも切れそうだった。
「一緒に行きましょう、ネコ先輩!」
「ご一緒いたします、お兄様!」
「一緒に頑張ろう、ネー君!」
放課後のチャイムが鳴る。
まどろんだ春の空に、チャイムの余韻が何時までも響いていた。
childhood's (not) end? 完
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