1984+6(+1)=1991(H3)X3月

 気が付くと、菜の花畑の中で寝ていた。既に体は人間の状態に戻っている。 

 

「しかし、常々、頭の中がお花畑なヤツだとは思っていたが、まさか腹の中までお花畑だったとは……」


 ……なんて、つまらない冗談を言ってる場合ではない。

 必要な事とはいえ、人の記憶の中を覗き見るなんて悪趣味な事、とっとと終わらせて帰りたいものだ。


「ここは……小さい頃に、マホ子とよく遊んだ(ついでに結婚の約束もした)川沿いの菜の花畑か?¥


 何年か前に更地になったこの場所が、まだ存在しているという事は……


「過去へのタイムスリップは、成功したって事でいいんだよな?」


 マホ子の気配は、感じられない。

 既に、能力は失われているのだろう。


「まったく……こういう時ばっかり仕事が早いな」


 スグルのニヤけ顔が脳裏に浮かぶ。


「まあ、今はそんな事どうでもいいな!」


 遮二無二。俺は、魔女の家へと急いだ。

 既に火事で人だかりが出来ているかもしれない。そんな俺の予想とは裏腹に、魔女の家は、不気味なくらい静かだった。


「ひょっとして、日付か時間を間違えてるのか?」


 家の前で途方に暮れていると、1人の少女に声を掛けられた。


「あの、お兄さん?」


 どこかで見た事があるような少女だった。


「もしかしたら、この辺りに女の子が1人、まだ隠れているかもしれないんです。見掛けたら……『皆、もう帰ったよ』って、伝えてくれませんか?」

「ああ、分かった。任せてくれ!」


 俺は、確信した。今日、この時間で間違いないと!


 (間奏)


 辺りを確認してから、魔女の家の敷地内に入る。

 窓が開いていたが、やはり子供の大きさでないと入れそうにない。


「マホちゃん! マホちゃん!」


 窓の外から必死で呼びかけるも、返事はない。

 聞こえていないのか? 寝てしまっているのか?

 仕方なく、正面入口に回って扉を開けようとしたが……


「まあ、そりゃあ、鍵がかかってるよなあ……」


 アイリには頼れない。


(……では、どうするか?)


 それから暫く、腕組をして唸っていると…… 


「煙の匂い……!?」


 扉の奥から何かが焼けるような匂いがする。どうやら時間切れらしい。

 こうなってしまっては、もう四の五のと言ってはいられない!


「強硬手段に出るしかないのか……!?」


―――「ここは一発、扉を蹴り飛ばして……!」


 魔女の家に入る前に、ロドリーが言っていたセリフを思い出す。

 ……そして、改めて思う。


―――そんな事をしなくても、もっと穏便に開ける方法があるような気がするんだけど……?


「そうだよ! ここは、俺の家じゃないか!?」


 予想通り、鍵は植木鉢の下に隠してあった。

 隠し場所を決めたのが、父さんか母さんかは知らないが……


「ありがとう。新居に越しても隠し場所を変えないでいてくれて!」


 俺は、両親への礼もそこそこに、すぐさま魔女の家に飛び込んだ。

 出火元は屋根裏の配線だったという話だが、既に1階の廊下にまで火の手が及んでいる。


「古い木造の建物なだけあって、火の回りがはやいな……」


 おまけに、まだ新居に運び終えていない、本や雑貨の入った段ボールが、廊下に積まれている。

 俺は崩れてきた段ボールを必死にかき分けて、目当ての部屋まで急いだ。


 熱い……苦しい……痛い……でも、絶対に足は止めない!!

 走れ! 走れ! 走れ!! もっと早く……もっと……もっと……もっと……!!

 マホ子を……マホ子を、必ず助けて帰るんだ!! 絶対に助けるんだ!!


「イッケエエエエエエエエ!!!」


(±0)


 外から聞こえる誰かの叫び声で、少女は目覚めた。だが残念な事に、それが自分を呼ぶ声だと、少女は気付かなった。人の家に勝手に入っているという罪悪感がそうさせたのだろう。その声が、自分を、断罪しようとする大人の声に聞こえた。

 少女はうずくまると、無意識に手に持っていた写真と、寝る前まで絵を描いていたノートのページを破って、ポケットに突っ込んだ。暫く、その場でガタガタと震えていた少女だったが、罪悪感には勝てなかった。

 正直に名乗り出て、謝ろう……少女は、そう決意する。そして少女は立ち上がり、引き戸の外に出ようとした。その刹那だった。

 電気が消えてバランスを崩し、肩が段ボールが当たる。詰みあがっていた段ボールが倒れ、身動きが取れなくなる……その内、どこからか何かが燃えるようなにおいもしてきた……黒煙に嗅覚が奪われていく、酸素が奪われていく、意識が奪われていく……

 きっと罰が当たったんだと彼女は思った。もう誰も自分を見付けてくれない……もう誰も……

 そして意識を失う、その直前……引き戸が蹴破られる音を、少女は辛うじて聞いた。暗闇の中に光が差し込むのを、少女は辛うじて目にしていた。


「ネー君……」


 最後に発した言葉の意味は、少女ですらも、その時は分かっていなかった。


(+527)


「ふう、間一髪だったな……」


 マホ子を抱えて家から飛び出した時。魔女の家の前には、既に野次馬が集まっていた。おそらくだが、もう消防には連絡がいっているだろう……


「兄ちゃん、その子は!?」

「大丈夫です。今から病院まで連れていきます!」


 俺は、騒ぎになる前に魔女の家から全力で走り去った。

 そして、そのままジャングルジムで遊んでいた“当時の俺”に、マホ子を託す。

 大丈夫、俺なら上手くやってくれるはずだ!


 桜の雨が降っていた。

 当時の俺は、今の俺が思っていたよりも、大分、頼もしく感じられた。


the light of other days 完

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