新世界よりどりみどり
ピー……ポロロロロ……ガー……
目が覚めると、俺は毒虫……にはなっていなかった。当たり前だが、昨晩と変わらず人間の姿である。
何故、このような事を述べたのか……フランツ・カフカのパロディをしたかったからではない。
それは、ここ数日。目が覚めると何か別の生き物に『変身』していたような気がするからだ。きっと寝起きで頭が乱雑無章だから、こんな訳の分からない事を考えてしまうのだろう。
一度、深呼吸をして気持ちを落ち着けよう。
そして、さっきから隣で可愛らしく寝息をたてている妹を起こそう……
「おーいアイリ、起きろ!」
寝ている妹の肩をそっと揺らす。
「お兄様、おはようございます……」
妹が目を覚ました。
「おはようアイリ。どうして俺の布団で寝ていたんだい?」
「すみません、お兄様を起こしてさしあげようと思ったのですが、お兄様があまりにも気持ちよさそうに眠っていたもので、つい……」
妹は、首を傾げると、小さく舌を出して頭をコツンとした。
「そうか。じゃあ仕方がないな」
俺は、妹の頭をワシャワシャと撫でると、起き上がり、身支度を始める。
顔を洗い、歯を磨き、制服を着る。そして空っぽの胃袋に濃い目のブラックコーヒーを流し込んだ。
そして身支度を終えた俺は、何時ものように妹の銀色の髪を櫛でとかしてやる。椅子に座る妹の髪を優しく撫でていると……
「お兄様、ネクタイが曲がっていますよ」
妹がネクタイを結び直してくれる。
「ああ、何時も済まないね」
「いいんです。私が好きでやっている事ですから」
妹が少し顔を上記させて言う。
何の気なしにテレビをつけると、ちょうど朝の占いコーナーがやっていた。部屋にはまだコーヒーとトーストの香りが残っていた。
(間奏)
……兄妹で(朝っぱらから)そんな甘々な事をしていたら、外から元気の良い声が聞こえてきた。
「先輩、一緒に学校へ行きましょう!」
同じ部活の後輩だった。
「おはようサクラちゃん。今日も元気だね」
「サクラさん、おはようございます」
「先輩もアイリちゃんもおはよう! 今日も良い天気ですね」
玄関を開けて、サクラちゃんに挨拶をすると、妹と一緒に外へ出る。
(……その瞬間、一陣の風が吹いた)
砂埃が目に入り、泣きながら目を擦る。
2人のスカートが、これみよがしに、めくれあがっていたような気もしたが、その時、俺は目を瞑っていたので、真相は闇の中だ。
ふと風が吹いた方向を見ると、そこには1件の空き家があった。何時もなら気にも留めないのだが……
「なあ、アイリ、あの家って何時から空き家なんだっけ?」
「さあ、もうかなり前からですが……どうかされましたか?」
「いや、何でもないよ……」
後ろ髪を引かれるような思いで、空き家の前を後にする。
涙が頬を伝ったのは、さっき目を擦ったから……だけではないような気がした。
それにしても、毎朝、部屋まで起こしに来てくれる妹に、家まで迎えに来てくれる部活の後輩なんて、まるでラブコメの主人公みたいだよなと思う。
もしかしたら、あそこの曲がり角で食パンをくわえた転校生と衝突したりして?
「先輩、曲がり角で衝突するのは、転校生じゃなくてトラックかもしれませんよ!? それで異世界に転生しちゃうんです!」
「サクラちゃん、地の文を読むのは止めてね……」
それはそうと何故だろう? そう遠くない未来に、そんな感じのアニメやラノベが流行りそうな気がする。
(……しかし、トラック? 轢かれる?)
なんだか妙に引っ掛かる。
そんな事を考えながら歩いていると、突然、携帯に着信があった。
「どうした宇佐山、何か用か?」
宇佐山。
俺のクラスメイトで、学園に通う女子の情報にやたら詳しく、女子の誕生日に電話番号、スリーサイズに好きな食べ物。果ては女子から俺への好感度まで教えてくれる、非常に便利……ではなく、頼りになるヤツである。
「康太……お前、彼女が出来たってのは本当か?」
「いや、まだだけど、何で?」
何故だろう? 右手首がジンジンと痛んだ。
「最近、お前に彼女を紹介されて……嫉妬で狂いそうになったような気がするんだけど……?」
「何だそれ、夢でも見てたのか?」
それから暫くの間、俺は宇佐山との他愛のない会話を楽しんだ。
そして曲がり角へ差し掛かった。その刹那だった!
「お兄様、逃げてください! 暴走トラックが!!」
結論、携帯で話をしながら道を歩いてはいけない……
ピー……ポロロロロ……ガー……
俺の名前は、コータ。人呼んで超獣機神のコータだ!
ある朝、トラックに轢かれた俺は、気付いたらエル◯◯ードともエス◯◯ローネともつかない異世界に飛ばされていた!
剣と魔法、美女と無双とをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、ここはメル◯ア帝国のゴモラ。
俺は、今日も仲間と共に、魔法学園に通ったりしつつ、ギルドの依頼を受けたりしつつ、無自覚でハーレムを築いたりもしつつ、勇者に追放されたりも(以下略)、大冒険活劇を繰り広げていた。
そして、いきなりで申し訳ないが、俺は、今、伝説のドラゴンと戦っている。
「お兄様、すぐに回復いたします。少し待っていてください!」
彼女は、白魔導士のアイリーン。人呼んで、蒼き流星のアイリーン。ちなみに俺の妹である。
「ククク……邪龍ファフニールよ! 我が深淵の業火によって鍛えられし、魔剣デュランダルの一太刀にて、闇に滅してくれようぞ!」
彼女は、黒魔導士のサクラーニャ。人呼んで、伝説巨神のサクラーニャ。ちなみに魔導士なので剣は使えないはずだし、デュランダルなんてヤバそうな剣も所持していない。ついでに言えばドラゴンの名前もファフニールではない。
「それはそうとコータ、ちょっと聞きたい事があるんだけど?」
彼女は、女剣士のオダニサン。人呼んで、鉄鋼無敵のオダニサン。ちなみに今はちょっと質問に答えられる状態じゃないです。
「オダニサン、今はドラゴンとの戦闘中だから、ちょっと待ってくれない?」
「ターン制バトルだから、大丈夫でしょう?」
「そういう身も蓋もない事を言われないでよ……」
ATBだったら、どうするんだ!?
「それでコレなんだけど……」
オダ二サンが、ビキニアーマーのどこかから、1通の封筒を取り出す。
「これって……?」
封筒には、俺が生まれた国の文字で“おだにさんへ”と書かれていた。
「私って、ファンタジー世界の住民だから、日本語はちょっと読めないのよね。
あっ、東方の島国で使われる文字とか言っといた方がそれっぽかった……?」
「別にどっちでも良いです……」
俺は、封を開けて手紙を取り出した。その刹那だった!
「お兄様、逃げてください! リュウジンマル(ドラゴンの名前)が炎を吐きました!!」
結論、戦闘中によそ見をしてはいけない……
ピー……ポロロロロ……ガー……
我々、探検隊は、炎熱のジャングルを進んでいた!
ここは緑の地獄。まだサワッシーは姿を見せない。
「あの部長……じゃなくて副隊長、そろそろ帰りません?」
「何を言っているのだ、彦根隊長! もうカメラマンと照明さんが洞窟に入っているんだぞ!」
「それはそうと、何で俺が隊長なんですか?」
「何を言っている、君には期待しているんだぞ!」
「はあ……」
「それはそれとして、星ヶ崎隊員の事なんだがね……」
「えっ、星ヶ……崎……?」
ここは、未開のジャングル……一瞬の油断が命取りになる!
「お兄様、背中にサソリと毒蜘蛛が!」
「ネコ隊長、あそこに新人類っぽい人が!」
「大変だ! 彦根隊長が底なし沼に落ちて、ピラニアに噛まれたぞ!」
(さすがに今回、ちょっと雑すぎない……!?)
俺が心の中でツッコミを入れた。その刹那だった!
「いやだから、『その刹那だった!』は、もういいって……」
「お兄様、逃げてください! いきなりサワッシーが襲ってきました!!」
結論、こういうのは川◯浩に任せよう……
ピー……ポロロロロ……ガー……
hello world 完
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