秘密

 夕食の時間。俺は両親に昨日の礼を言うと、アイリの方に視線を向ける。

 アイリの様子は、普段と特に変わりはない。カツ丼を美味しそうに頬張って、おかわりしていた。


(意外と健啖家なんだよな、アイリって……)


 そんな事を考えつつ、妹の事を凝視する俺に両親が言う。


「ま、まあ、ひと段落して良かったじゃないか? 康太……じゃなくて康太の友達もまだ若いんだし、次があるさ! ただ、だからって、その……一応、血は繋がってないけど……」

「いろいろとショックなのは分かるし、1人が寂しいのも分かるけど、妹に手を出しちゃダメよ……」


 ……あれ、ひょっとして何か勘違いされてる?


 (間奏)


 それから俺は、夕食を終えると、アイリを追うように自分の部屋へ向かう。

 何時もよりも、階段を上る足が重く感じた。


―――「世界には表と裏があるという事を忘れないでほしい」


 俺だって、自分の妹を疑うなんてしたくない。でも……

 アイリにも隠された真実……裏の顔があるのだろうか?


 「部長……俺は、どうしたら良いんですか?」


 一旦、ネー君になって落ち着こうかと思った。その刹那だった。


 トントンッ


「お兄様、お話があります。お部屋に入れていただけますか?」


 タイミングが良いのか、悪いのか……


「話って何かな?」


 部屋のドアを開けて、アイリに聞いた。


「すみません……ここでは、その……」

「ああ、ゴメン。入って、入って!」


 慌てて、アイリを部屋に招き入れる。

 俺がベットに座ると、アイリがその右横に座った。


「既に、マホ姉様にはお話したのですが、実は、昨日のサワッシー……イドの怪物がアウスター級であると結論付けられました」

「えっと、デ◯◯ター……?」

「お兄様、アウスターです。帝国の宇宙要塞ではありません」


 急に専門用語を出して、SFだぞアピールするのは止めて欲しい。


「すみません。簡単に言えば、ゲームに出てくるステージボスのような感じでしょうか。実は、今回、過去の事例と比較しても、イドの怪物が出現するまでのインターバルが短い事が報告されていたのですが、その原因がサワッシーだったんです。『“なんだか分からないもの”や“いてもいなくても関係ないもの”にもっと目を向けて欲しい』その願いが、通常よりも多くの願いを叶えたり、ノートの力を以ってしても叶わないはずの願いを叶える原動力になっていたものと思われます」

「ノートの力を以ってしても叶わないはずの願いって、人を生き返らせたり……だっけ?」


 右を向き、自分の顔を指さしながら聞く。


「そうですね。以前にもお話しましたが、一度、完全に生命活動を停止した生物を生き返らせる……というのが、叶わない願いの最たる例です。他にも生物を新たに創造するであるとか……」


 アイリが、俺の顔を真っ直ぐに見据えて答える。

 確かに、生命を復活させたり、生み出したりなんて、神の御業と言う他ないだろう。


「それでサワッシーを倒した、今、その願いはどうなってるの?」

「ボスを倒すと、一緒にステージの敵も消滅するといった感じでしょうか。イドの怪物も、これから徐々に消滅していくものと考えられます。ただ叶えられた願いそのものが消滅しても、願いによって生じた事象については、消えるまでタイムラグがありますので、まだ油断は出来ませんが……」

「えっ、それじゃあ、俺も時間が経ったら……?」

「それについてはご安心ください! お兄様の肉体は、別の宇宙で修復作業中ですし、この宇宙にいる限りは意識のサルベージもすぐに行なえるので大丈夫ですよ。ただ注意して頂きたいのが、この宇宙に“一部”残された肉体の生命活動が停止するので、肉体の修復が完了するまでの間、一時的に、この宇宙では死んでいるのと同じ状態……意識だけの“幽霊”のような存在になってしまうんです。既に立体映像として重ねられている仮の肉体が精神と完全に一体化していますから、問題は生じないと思われますが、もし何か異常があったら、すぐにおっしゃってくださいね」

「そっか、そうなんだ……」


 アイリの言葉に、寄っていた愁眉が開いていくのが分かる。


「もちろん、お兄様に何かあったら、この私が絶対に許しません! 必ず、お救いします!」


 アイリが右手をグッと力強く握る。

 俺は、そんなアイリの頭を、優しく撫でた。


「それじゃあ、とりあえずは一安心って事でいいのかな?」

「は、はい。そうなのですが……そ、その、願いの影響は現在、過去、未来、全てに及んでいるので、願いが消滅する事で、不測の事態が発生する可能性がありまして……で、ですからお気をつけてください。フヘヘ……」


 アイリが嬉しそうに微笑む。その笑顔を見て、俺は思った。


(今なら、聞ける気がする……)


「ところで、その、サクラちゃんが記憶を操作されているかもしれないんだ……何か心当たりはないかな?」

「すみません……今は、言えません……」


 やはり、何か知っているみたいだ。

 

「じゃあ、もう1つ、質問してもいいかな? どうしてアイリは、俺たち……いや、俺に良くしてくれるの?」

「すみません……それも、今は、言えません……」

「そっか……」


 アイリの表情が、目に見えて曇る。

 小柄な体躯を、更に小さく折りたたんでいた。


「都合の良い事を言っているのは分かっています。ですが、信じてください。私は、お兄様の事が大好きです。お兄様と、お兄様が生きている宇宙を守りたい。この気持ちに嘘はありません!」


 アイリの震えが肩越しに伝わってくる。

 右手で自身の頬を押さえて、どうにか自分を落ち着かせようとしていた。

 こんな時、どうすれば良いのだろう? 兄として、どう振る舞えば良いのだろう?


 ここ数日、やたら濃い日が続いていたせいで、兄妹としてずっと一緒に暮らしていたせいで、すっかり思い違いをしていた。

 俺とアイリは、まだ出会ってから一月と経っていない。


(俺は、アイリの事を、まだ何も知らない)


「アイリ……その……俺は、アイリの事をもっと知りたいな……」


 自分で言っておいて、少し照れる。


(……でもまあ、家族なんだし、恥ずかしがる事もないか)


 アイリの震える左手の甲に、自分の右手の平を重ねる。

 アイリの震えが止まる。


「そうですね。まだ言えない事も多いですけど、私ばかり知っているのは、不公平ですもんね」


 アイリが、俺の右肩に寄りかかった。


「では、早速、何が聞きたいですか?」

「そうだな……」


 ふと、あの質問が頭に浮かんだ。


「アイリ……君は、やっぱり天……?」

「違います」

「そっか……」


 やっぱり即答だった。


 俺は、もう一度アイリの頭を撫でた。

 とりあえず天使の輪はないみたいだ……


ballad of angel 完

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