部室の魔法

 翌日の放課後。俺とマホ子とアイリの3人は部室で談笑しつつ、サクラちゃんを待っていた。


「部長、やっとギョベクリテペ遺跡の調査が終わったとかで、近々、日本に戻って来られるらしいよ」

「部長さん、やっとア◯◯バンチな日々が終わるんだね……」

「私も早く部長様にお会いしてみたいです!」


 マホ子とアイリが俺の尻尾をさわさわしていると、部室の扉がゆっくりと開く音がする。


「ネコ先輩、マホ先輩、アイリちゃん……その、昨日は……」


 扉の前で、サクラちゃんが俯きながら、申し訳無さそうに言った。


「サクラちゃん、昨日は凄かったね。格好良かったよ!」


 マホ子がサクラちゃんの元に駆け寄ると、握った両手をブンブンと上下に振る。


「あ、あの……でも、私は、ずっと皆さんを……」

「いやいや、やっぱり魔法少女アニメにはライバルキャラがいないと、盛り上がらないでしょ!」


 アニメの後半、ずっと空気だったキャラの姿をした小動物(俺)が、偉そうに言う。

 

「はい。昨日のイドの怪物を撃退できたのはサクラさんのおかげで……おかげだよ」


 俺たちに続いて、最後、アイリがまだ慣れないタメ口で言った。

 皆の言葉を聞いて、サクラちゃんの強張っていた表情が、徐々に緩んでいくのが分かる。

 サクラちゃんは、一度、大きく息を吸うと、深々と頭を下げた。


「あの、私は……これからもネコ先輩とマホ先輩とアイリちゃんと、一緒に魔法少女がやりたいです。だからご迷惑でなければ、これからもよろしくお願いします!」


 そんなの、返事は決まっている。


「「「一緒に頑張ろうね」」」


 3人の声がキレイに重なった。


 (間奏)


 午後の日差しが部室を優しく照らす。お世辞にも趣味が良いとは言えない部室だが、慣れれば(?)都。

 居心地が良すぎて、なんだか眠たくなってきた。


「ところで、ネコ先輩……この部室には私たち以外、ほとんど人は入って来ませんけど、ネー君の姿のままで大丈夫なんですか? その、許可なく鍵を付けるわけにもいきませんし……」


 サクラちゃんが俺の背中を撫でながら言う。

 俺、オカ研のマスコットみたいになってない?


「ああ、その事なら……」


 俺は人差し指を立てると、アイリに目配せをした。


「はい。私が答えま……答えるね」


 アイリが、ぎこちない感じで言った。


「アイリちゃん……その、慣れないなら無理してタメ口を使わなくても良いよ」

「ありがとうございます、サクラさん。実は、空間切り替え装置を使用して、この部室と別の宇宙の部室を入れ替えているんです。私たち4人は、この宇宙の部室に入室できますが、それ以外の方は、元の宇宙の部室に入室する事になります。ですから、急に誰か人が来ても大丈夫という事ですね! ちょうど使わなくなった空間切り替え装置が1台あったので、ぜひ部室でお兄様に休息を取っていただきたく……」


 正直、俺は別の宇宙の部室と切り替えていると言われても、何が何やらで、アイリとは会話にすらならなかったのだが……


「なるほど。扉を開けるまで、この宇宙の部室と別の宇宙の部室が重なり合ってるって事ね?」

「その通りです。扉を開けると、規模の小さな結界に移動するとお考えください」

「じゃあ、学校まるごと空間を切り替えたりは出来るの?」


 さすがサクラちゃんだ。俺とは頭の出来が違う。


「学校まるごとは不可能です。空間切り替え装置には、切り替えられる空間のサイズに限度がありまして……大きさとしては、この部室がギリギリですね」

「そっか。そういえば、前から気になってたんだけど、結界って何なの?」

「結界というのは、既に実在性を失い、存在していない事になっている宇宙なんです。そうした宇宙は、残念ですが無数に存在します。その中から、魔法少女としての活動が可能な物理法則が存在している事や、イドの怪物との相性などを考慮して、最適な宇宙を結界として利用しています」

「物理法則って、宇宙によって違うの?」

「はい。ちなみに、今、私たちがいる宇宙は、人間が存在するのに非常に都合の良い物理法則であり……」


 その後も暫く2人の質疑応答は暫く続いたが、俺にはさっぱり意味が分からなかった。

 まあ、とりあえず俺たち以外が部室の扉を開けても、誰もいない部室が“そこ”にあるだけだ、という事さえ分かっておけば問題ない……と思う。

 最悪、珍しい猫という事で押し切れば良い。


(ただまあ、それはそれとしてだ……)


 ちょうど使わなくなった空間切り替え装置が1台あったという事は、少し前まで、その装置を別の場所で使っていたという事になる。

 考えたくない……考えたくはないのだが、昨日、サクラちゃんが言っていた事がどうしても気になってしまう。


―――「おそらく私の知っている人だと思うんです。それなのに、どうしても顔が思い出せなくて……思い出そうとすると記憶にモヤがかかったようになってしまうんです……」


 サクラちゃんにノートを渡した人物。もし、その人物がサクラちゃんの記憶を操作しているのだとしたら? 俺は、それが出来そうな人物に、1人、心当たりがあった。

 

「アイリ……」


 無意識に、口から零れ落ちていた。


「お兄様……?」


 アイリが心配そうな表情で尋ねる。


「ああ、ゴメンね。何でもないよ……」


 本人に直接聞けば良いのは分かっているのだが……さて、どうしたものか?


(兄としては、妹を信じてあげたいところだが……)


 そんな事を考えながら、俺が頭を抱えていると、サクラちゃんから更に頭を抱えるような提案があった。


「実は、ネコ先輩とマホ先輩にお願いがあるんです!」

「「お願いって?」」

「私は、ネコ先輩もマホ先輩もアイリちゃんも大好きです。なので……

ネコ先輩、マホ先輩、私のお義父さんとお義母さんになって下さい!」


 一度に処理できる情報量を超えて、俺の脳がオーバーヒートした。


「ネー君、どうしよう!? 私たち、もう娘が出来ちゃったよ!」


 マホ子が、俺の脳に追い打ちをかける。


「いや、ちょっと待て……何を言ってるんだ!?」

「サクラさんがお兄様とマホ姉様の義理の娘になるという事は……私はサクラさんの叔母という事になるのでしょうか?」


 可愛い叔母さんだね……って、そうじゃなくて!?


「いやいや、2人ともおかしいよ! サクラちゃんも、その……冗談だよね?」

「いえ……本気も本気ですけど?」


 サクラちゃんが、俺の目を真っ直ぐに見据える。

 曇りのない澄み切った瞳……どうやら本気と書いてマジらしい。


「サクラちゃんみたいな可愛い娘なら大歓迎だよ! ねっ、ネー君!?」

「いや『ねっ』じゃないだろ!? もうちょっとよく考えてだな……」

「姪っ子……良い響きですね!」


 その後も『(サクラちゃん命名)しあわせ家族会議』は、トントン拍子で進んでいった。

 一応、家主であるはずの俺を、華麗にスルーして……


realtime interrupt 完

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