猫のゆりかご

「お兄様、マホ姉様、無事で良かったです」


 コアから出ると、すぐにアイリから通信があった。

 同時に、ロドリーとサワッシーの戦いが終決した事も告げられた。


 博物館を出て、海水浴場に向かう。果たしてロドリーは無事にしているだろうか?

 海水浴場に着くと、砂浜で巨大な少女が体育座りをしていた。

 聞けば、一度、巨大化をすると、暫くは元の大きさに戻れないそうで、徐々に縮んでいくのを待つしかないらしい(ちなみに現在の大きさは、だいたい10メートルくらい)


「遅かったですわね……」


 ロドリーがVサインをしてみせた。

 良かった。ロドリーが勝ったみたいだ!


「ロドリーちゃん、やったね! ちゃんと戦ったんだね!」

「俺たちはロドリーに感謝しているぞ!」

「ありがとうございます。ロドリー様」


 3人で感涙に咽びながら、ロドリーに賞賛の言葉を送る。


「フフンッ、サワッシーにアイアンクローをしてやりましたわ!」


 ロドリーがガッツポーズをしながら、誇らしげに言う。


「ロドリーちゃん、赤いアイツみたいな事はしてないよね……?」


 それを見たマホ子が、若干、引きつった顔で言った(後で聞いたら、一応、加減はしてたそうです)


 しかし……砂浜で巨大な少女が体育座りをしている光景というのは、相当に違和感があった。距離感がおかしくなる。


「あまり近付くと危ないですわよ」


 近付くマホ子に、ロドリーが慌てた様子で言う。

 あたふたした感じがちょっと可愛い。


「ゴメンね。気を付けるよ」


 そう言って、マホ子がステッキの飛行速度を緩めた。


「それにしても……」


 初めてネー君になった時は、マホ子とアイリの巨大さに萎縮震慄って感じだったが……こうもサイズ差があると、一周回って現実感がないというか、それほど恐怖は感じない。


 俺は、マホ子の肩から少しだけ身を乗り出した。

 その刹那、マホ子がステッキを旋回させて進行方向を変えようとした。

 更にその刹那、海から急に強い風が吹いた。

 結果、マホ子はバランスを崩し……


「うわああああああ!!」


 俺は、風に飛ばされた。


「ネー君!」


 マホ子が、すぐさま念動力を発動させたが、上手く狙いが定まらないみたいだ。


『お兄様、すぐに帰還を……!』


 アイリが慌てた様子で叫ぶ。


「ちょ、ちょっと、どうなってますの!?」


 ロドリーが混乱した様子で、両手をバタバタとさせている。

 正に狂瀾怒濤って感じだ。


 一方その頃、心慌意乱といった感じの3人とは対照的に、俺は冷静だった。このまま落下しても、おそらく無事に済むだろうと、分かっていたからだ。

 何故か? まず1つ、ここは結界内である。更に今の俺は“ネー君”だ。肉体が強化されているので、落下の衝撃にも十分耐えられるだろう。

 そしてもう1つ、これが最大の理由なのだが、それは落下地点である。あの場所なら落下時の衝撃は、ほぼ吸収されるだろう。


 先に謝罪と弁解をしておきたい。


「本当にすみませんでした! でもワザとじゃないんです! 不幸(いや、幸運か?)な事故だったんです!!」


 ぽよん♪


 直後、俺はとても柔らかい場所に着地した。

 ロドリーが震天動地の雄叫びをあげた。


 (on the beach 完)




「こ、ここは……?」


 どうやら、また気を失っていたらしい。

 目覚めると俺は、柔らかい布が敷き詰められたカゴの中にいた。

 なんだか物凄く気持ちの良い夢を見ていたような気がするのだが……


「ダメだ、思い出せない……」


 思い出そうとすると頭が痛くなるので、一旦、頭を切り替える事にした。


「まずは、現状を把握しないとな」


 カゴから顔を出して辺りを確認する。どうやら誰かの部屋の机の上らしい。

 壁には女性アイドルのポスターが飾られ、本棚には少女マンガが並べられていた。ベットの上には可愛らしいぬいぐるみも置かれていて、(ホラー映画のビデオや心霊関係の書籍など、一部ノイズも混じってはいたが……)絵に描いたような女の子の部屋といった雰囲気だ。


「良かった。ネコ先輩、気が付いたんですね!? マホ先輩とアイリちゃんには、もう連絡してあるので大丈夫ですよ」


 声がした方に視線を向けると、よく見知った後輩が、心配そうに俺の事を見下ろしていた。

 見下ろす……そう、今の俺はネー君なのだ。

 でも、今、ネコ先輩って……?


「ネコ先輩、大丈夫ですか? まさか頭を打って記憶が!?」

「いや、大丈夫だよ。頭もスッキリしてて……」


 慌てて答える。そして気付く。


(そっか……君だったのか……)


「サクラちゃんが……ロドリーだったんだ?」

「エヘヘ……バレちゃいましたね」


 サクラちゃんが、可愛らしく舌をペロッと出した。


「いや、正直、全く分からなかったよ……その、キャラも変わってたし……」

「あ、あれは、その……私って、コスプレすると性格が変わっちゃうみたいで……」


 そういえば、マホ子も、以前、そんな事を言っていた気がするが……さすがに変わりすぎな気がする。余談だが、普段、地味目な格好をしているのも自制の為らしい。


 まあともかく、いろいろと言いたい事はあったのだが、サクラちゃんが恥ずかしそうに上記していたので、これ以上の追及は止めておこう。


 俺は話題を変える為に、もう1つ気になっていた事を質問する。


「ところで、声はどうしてたの?」


 髪と瞳の色は、カツラとカラコンでどうにか出来るとして、あのロドリーそっくりな声はどうやって出していたのだろう。


「ああ、それはですね……」


 サクラちゃんがポケットから携帯電話のような機械を、ゆっくりと取り出した。


「この音声変換装置を使ってました」


 サクラちゃんが装置を手に、アニメの名セリフを叫ぶ。

 どっからどう聞いても、ロドリーそのものだった(可愛い)


「ちなみに、こんな事も出来ますよ」


 サクラちゃんが、装置のボタンをポチポチ押す。


「オカ研の皆さん、三雲部長から、お届け物でーす……」

「これって!?」


 入学式の日に部室で聞いた、くぐもった低い声。


「はい。お花を摘みに行った帰りに、部長さんからだと言って、ネコ先輩かマホ先輩に、ノートを手渡すようにと指示されました」

「そうだったんだ……」

「私宛に部長さんが送ったエアメールの内容も知っていたみたいで、今なら部長さんからだと言えば、ある程度はノートの事を信じるだろうって……声を変えたのも、その人のアイデアです」


 あんな不気味な声を添えられたら、普通は悪戯だと思うだろうが……部長はこういった演出を好んでする人だった。

 それに、なるほど。部長からだと言われれば、あんなノートでも、“もしかしたら”と考えてしまう。

 

 サクラちゃんにノートを手渡した人は、そういったオカ研の内情を詳しく把握しているのだろう。


「それで、誰にそのノートを……?」

「その事なんですけど、おそらく私の知っている人だと思うんです。それなのに、どうしても顔が思い出せなくて……思い出そうとすると、記憶にモヤがかかったみたいになってしまうんです……」

「それって……」


 ひょっとして、記憶を改変されているって事か?


「ごめんなさい、ネコ先輩。私、ずっと皆さんの事を騙してました。もっと早く打ち明けるべきだったのに……」


 サクラちゃんが、両目をギュッと瞑り、俯いていた。

 いかんいかん……今は、サクラちゃんの事に集中しなければ!


「ところで、サクラちゃん。最近、マホ子みたいな恰好をして、タバコ屋の辺りでゴミ拾いしたりしなかった?」


 サクラちゃんが目を見開いて、俺にグッと顔を近付ける。


「どうしてそれを!?」


 どうやら図星のようだ。


「ゴメンね。ちょっと鎌をかけてみたんだけど……そっか、サクラちゃんは、マホ子に……」

「はい。私は、マホ先輩みたいになりたかったんです。それが私の願いでした。その願いが、歪んだ形で叶えられてしまった……という事なんでしょうね?」


 サクラちゃんが、女性アイドルのポスターを見詰めながら言った。


「そっか。じゃあ、昼間の告白も?」

「実を言うと、私もよく分かっていなかったんです。だけど、今、ハッキリと分かりました。ネコ先輩の事は尊敬していますし、本当に大好きです。でも、きっとこの好きは……」


 父さんが言っていた通りだったな……


―――「俺が思うに、好きにもいろいろあってだな。Sちゃん……だっけ? そのSちゃんってのは、康太……じゃなくて、友人の彼女のM子さんみたいになりたかったんだろうな。だから……」


 俺は、転送前に両親と話した内容を思い出していた。

 さすがは、元ハーレム王とその嫁。伊達に俺より経験値を稼いでいない。


 ……サクラちゃんは、マホ子になりたかった。


 だから、あの“好き”は、『俺の事が好き』ではなく、『マホ子が好きな俺の事が好き』というのが正解なのだろう。


「残念。振られちゃったな……」


 泣いているような仕草をしながら、冗談っぽく言う。

 それを聞いたサクラちゃんが、俺を抱き上げると冗談っぽい口調で抗議した。


「もう、先に振ったのはネコ先輩じゃないですか!?」


 そうだっけ?


「ところでサクラちゃん。今度、皆でコスプレして、『魔法少女大作戦スクランブル~海辺のゴミ拾い大作戦~』……なんてやってみない? きっとマホ子も喜ぶよ!」

「はい。ネコ先輩!」


 サクラちゃんが静かに微笑んだ。

 そして俺を机の上に置くと、何かを決意したような表情で言った。


「実は、私からネコ先輩に伝えておきたい事があります。私の願いは、本来であればイドの怪物になっていてもおかしくなかったみたいなんです。ですが、私の願いは、歪んだ形ではありましたが、叶えられました……上手く言えませんが、裏で何か大きな力が働いている気がするんです。なので、その……気を付けてください」

「うん。ありがとうサクラちゃん」


 何か大きな力、か……? 


 ここ暫く驚く事ばかりで、すっかり感覚が麻痺していたが、一応、警戒しておいた方が良さそうだ。

 俺が1人でうんうん唸っていると……


「それはそれとして、丸くなって寝てる先輩。お饅頭みたいで可愛かったですよ」


 サクラちゃんが悪戯っぽく微笑みながら言った。

 その微笑みに、緊張の糸が切れ、思わず安堵の息が漏れる。


「お饅頭って……」

 

 『それは、いくらなんでも』……と、言いかけたところで……


 ギュッ!

 

 いきなり、サクラちゃんに抱きしめられてしまう。


「エヘヘ……ネコ先輩、とっても可愛いです!」


 俺の顔に、サクラちゃんが頬ずりしてくる。

 そういえば、ベットの上に小さな白い猫のぬいぐるみが置かれていたような……


「ちょ、ちょっとサクラちゃん! 止めてってば!」

「ダメです! そ、その、海でのお返しですからね……」

「えっ、海でのって何? うっ……あ、頭が……」


 こうして俺は、また気を失うのだった……(雑なオチで申し訳ない)


my true feelings for you 完

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