渇きの海

「ここは、海水浴場か……」


 凪いだ海が一面に広がっていた。こうして静かな海を見ていると、世は全てこともなし、という気分になってくる。

 嵐の前の静けさである事は十分に理解していたが、少しだけまどろんだ気分になってしまう。


 そんな中で、アイリから通信が入った。


『イドの怪物は海中に潜んでいるようです。かなり強力な個体のようですので、お気を付けください!』

「海の中か……ひょっとして、巨大怪獣みたいなのが現れたりして?」


 呑気に、そんな冗談を言っていると……


「ネー君、怪獣だよ! 巨大怪獣!!」


 マホ子が叫んだ!

 

―――「いわゆる巨大怪獣のような個体も、過去に確認された事例はあるようです」


 まさか本当に巨大怪獣みたいな個体が現れるなんて……

 光線とか吐いたりしないよな? そんな事を考えていたら、アイリから再び通信が入った。


『今回のイドの怪物は、雄叫びをトリガーにして、光線”のような大規模な攻撃を仕掛けてきます。ですので、雄叫びが聞こえたらすぐに退避してください!』

「嘘でしょ……?」


 (間奏)


 細心の注意を払いながら、イドの怪物に近づいていく。体長は10メートルくらいだろうか? 全体像は確認できないが、首長竜のように見えた。


「ネー君、あれって……サワッシーだよね?」

「うん。多分、そうだと思う……」


 首長竜のような真っ黒な見た目で、目が青く光っている。

 某オカルト専門誌の記事と、部長が熱く語っていたサワッシーの特徴に、完全に一致していた。


「ヘえ、あれがサワッシーですのね。まあ、“もどき”なんでしょうけど?」


 ロドリーがステッキから身を乗り出して呟く。意外と興味があるみたいだ。


『お兄様、マホ姉様、ロドリー様、サワッシーですよ! サワッシー!!』


 アイリが興奮した様子で叫ぶ。物凄く興味があるみたいだ(可愛い)

 そして、何を隠そうこの俺も、この状況に、ちょっとだけワクワクしてしまっていた。


「あれがサワッシーか……」


 (間奏)


 ……とまあ、そんな感じで、今回のイドの怪物がサワッシー(のような形態)だと分かったのは収穫だったが、どうすれば倒せるのかは、皆目見当もつかなった。

 打開策を見いだせないまま、停滞ムードが漂う中で、アイリからの情報を待っていた時である。


 ギャオオオオオオオオン!!


 突如として、サワッシーの目が青から赤に変わる……そして次の瞬間、サワッシーが震天動地の雄叫びをあげた。


 ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 マホ子もロドリーも、雄叫びが鼓膜に届くよりも先に体が反応していた。脱兎之勢でサワッシーの周辺から退避する。

 海面がボコボコと泡立ち沸騰する。海の中で複数の稲妻が、生き物の血管のように走っていた。海から上がった白煙が黒煙へと変わる。そして黒煙は積乱雲と化し、上空で巨大な渦を巻いた。

 渦を巻いた大気が、海水を巻き上げ、巨大な竜巻が海を吸い上げていく。海面の稲妻が竜巻を伝い、空へ向かって次々に駆け上がっていった。

 龍が天へと登るように、稲妻が上空の積乱雲へ吸い込まれていく。そして積乱雲は、水を入れ過ぎた水風船のように弾けて、そこから一気に光があふれ出した。

 海の水が一瞬で蒸発し、巨大な水蒸気爆発を引き起こす。太陽の光が遮られて、夜のように暗くなる。

 そして海の水がゲリラ豪雨のように、雷鳴を伴って辺り一面に降り注いだ。


 ギャオオオオオオオオン!!


 そして嵐が過ぎ去った後には……凪いだ海が一面に広がっていた。

 幸い、距離さえしっかりと保っていれば大丈夫なようだが、あんな攻撃を食らったらひとたまりもない。


「……さて、どうしたものだろう?」


 俺が茫然自失としていると……


『皆さん、大丈夫ですか!?』


 アイリから慌てた様子で通信が入った。


「うん。皆、無事ですわよ」

「アイリちゃん、さっきの凄かったね!?」


 アイリもロドリーも、案外とタフである。


『良かったです。危険だと感じたらすぐにおっしゃって下さい。すぐに帰還させますので……』


 アイリが、ホッと胸をなでおろした様子で言った。


「しかし、打つ手なしって感じだな……今回のイドの怪物は、何回か攻撃をしたらエネルギー切れを起こしたりはしないの?」

『残念ですが、それはありません。その代わり、次の攻撃を放つまでに、30分から1時間程度、インターバルが必要だと考えられます。ただ、あの威力ですと、今のペースで攻撃を放たれ続けたら、いずれ結界が崩壊してしまう可能性がありまして……』

「それって不味いんじゃ……?」

『はい……ですので申し訳ないのですが、あまり時間的な猶予は……』


 どうやら、凪いだ海を見てまどろんだり、サワッシーの巨躯に興奮したりしている余裕は、もうなさそうだ。 


「怪獣退治と言えば、やっぱり自衛隊か、特車◯課か、光の巨人かな?」


 俺とアイリの会話を聞いていたマホ子が、腕組みをしながら言った。

 そりゃあ、G◯ォースか、後◯隊長か、巨大ヒーローの助力が得られれば、心強いけれども……


「光の巨人……ですか……?」


 ロドリーが小さく呟き、大きく息を吐く。

 そして、覚悟を決めたような表情で、マホ子に問う。


「コアの事ですが、気付いてます?」

「うん。やっぱりロドリーちゃんも気付いてたんだ!」


 コア……どういう事だ? 俺は2人に聞いた。


「コアがどうしたの?」

「どうやら今回のイドの怪物……サワッシーには、コアが2つあるようなのです。1つは、サワッシーのおそらく目の部分。もう1つは、今いる場所の近くだと思うのですけれど……」


 そういえばサワッシーが雄叫びをあげる瞬間、目の色が青から赤に変わった。

 あの目が、コアという事なのだろうか? ただ、そうだとすると……


「ひょっとして、目が赤くなっている時に攻撃をしないとダメな感じかな?」

「……だと思いますわ」


 ロドリーが凪いだ海を見詰めながら言った。

 追い打ちをかけるように、アイリから新たな通信が入る。


『どうやら片方のコアだけを破壊しても、暫くするとコアが復元されてしまうようです』


 いよいよ万事休すなのか? 諦めかけた、その時である。


「あの、実は、もう1つの方に、心当たりがあるんだけど……」


 マホ子が小さく手を挙げながら言った。

 実を言うと、俺にも心当たりがあった。


「あそこだよな?」

「うん。間違いないと思う」

 

 俺とマホ子の会話を聞いていたロドリーが、再び、覚悟を決めたような表情を浮かべる。


「……それでは、もう1つの方はお任せしますわ。サワッシーは、私サマが倒します」


 そう言って、ロドリーが金色の髪を掻き上げた。

 真っ赤な瞳が、爛々と燃え盛っている。


「1人じゃ危ないよ!」

「そうだよ、ロドリーちゃん!」

『ロドリー様、考え直してください!』


 一触即発。ロドリーに思い留まるよう、3人で必死に訴える。

 それを聞いたロドリーが、笑いながら言った。


「止めて下さいません。まるで私サマが、サワッシーに特攻でも仕掛けるみたいじゃありませんか?」


 えっ、違うの?


「要は、サワッシーに雄叫びをあげさせなければ良いのでしょう? それでしたら楽勝ですわ!」

「いや……でも……」

「馬乗りになって、口を押さえつけてやれば良いんですのよ! 任せてくださいまし。私サマはこう見えて、爬虫類が大好きですの! それに、あんなサワッシーの“なりそこない”なんかに負けはしませんわよ……」


 馬乗りって……さすがにサイズ差がありすぎるのでは?

 俺は、転送前にビデオのリモコンと格闘していた時の事を思い出していた。


「まあ、見ててくださいまし!」


 ロドリーが、海をバックに仁王立ちし、ステッキを天に掲げた。次の瞬間……


 ドドーン!!


 一瞬の閃光。激しい衝撃音。砂煙が徐々に晴れていくと、海上に巨大なロドリーがその姿を表した!


「 巨大化……それが魔法少女ロドリーの特殊能力ですわ! まるで光の巨人みたいでしょう?」


 身の丈は……近くに比較対象がないのではっきりとは言えないが、およそ40メートルといった所だろうか?

 その巨大さは、サワッシーをも圧倒していた。


(これだけの体格差があれば……!?)


「ロドリーちゃん凄い!」

『ロドリー様、素晴らしいです! なるほど投影の倍率を……』


 マホ子とアイリが、歓喜の声を上げる。

 そんな2人とは対象的に、ロドリーは少し浮かない顔をしていた。


「ま、まあ、お褒めいただけるのは、ありがたいんですけど、巨大化は場所を選びますし、体力もかなり消耗しますから……正直、あまり使い所もありませんし、使いたくもない能力ですの。それに、なにより恥ずかしいですし……」


 ロドリーが、スカートを押さえながら言う。


 それを聞いて、俺は先程からチラチラと視界に入ってくるスカートの中身から(断腸の思いで)目線を逸らした。そして、『そんな能力があるんなら、もっと早く言ってよ』という言葉を静かに飲み込んだ。


 まあとにかく、これで希望の芽が出てきた。後は……


「行こう、ネー君!」

「ああ、ロドリーにばっかり良い格好させられないしな!」


 俺たちは、目的地へと急いだ。


last plesiosaur 完

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