お願い!! 愛の相談を!

「サクラ……ちゃん?」

「もう、ネコ先輩、遅いですよ!」


 サクラちゃんが、つま先で地面をグリグリと掘削しながら、待ちくたびれた様子で言った。

 スグルの奴。俺が封筒を手渡しに行かなかったら、どうなっていた事か……


「ゴメン。待たせちゃった……よね?」


 水泳部は、普段、屋内のプールを利用している。

 まだ掃除が終わっていない屋外プールは、緑色に濁っていた。


「仕方ないですね。許してあげます」


 サクラちゃんが、上目遣いをして悪戯っぽく微笑む。

 三つ編みをほどいた髪。少し着崩した制服。

 何時ものサクラちゃんと、少し雰囲気が違う気がした。


「ネコ先輩、覚えてます? 今日は、私とネコ先輩が出会った日なんですよ」

「そういえば、4月の終わり頃だっけ?」


 放課後のグラウンドで、1人、サッカーの練習をしていたサクラちゃんに声を掛けたんだっけ。


「ハハハ……あの時は、急にゴメンね。その、差し出がましかったよね?」

「何を言ってるんですか? 私、とっても嬉しかったんですよ。まだサッカー部に入ったばかりで、相談できる先輩もいなかったので……」

「そ、そっか……なら、良いんだけど……」


 サクラちゃんがメガネを外し、再び、上目遣いで俺を見詰める。

 ほんのりと湿り気を帯びた、婀娜やかな瞳。 

 俺は金縛りにでもあったように、その場から動けなくなった。


「そ、それで……今日、俺を呼び出したのって……?」


 どうにか口だけ動かして、サクラちゃんに問いかける。


「女の子が男の人を、こんな人気のない場所に呼び出す理由なんて、決まってるじゃないですか?」


 茂みから怖い男の人が現れて……なんて、冗談を言える空気ではない。


「その、サクラちゃん……俺の勘違いだったら申し訳ないんだけど……」


 俺の発言を遮るように、サクラちゃんが言った。


「先輩、好きです!」


 プールの方向から、少し強い風が吹いた。

 生ぬるい、夏の終わりの海みたいなにおいがした。


「サクラちゃん……」


 サクラちゃんの気持ちは素直に嬉しかった。それにサクラちゃんは大事な部活の後輩だ。アイリの事もそうだが、今までも何度も助けられている。

 だからこそ、曖昧な返事は……


「あ、あの、気持ちはとっても嬉しいんだけど、そ、その、ゴメンね、俺には……」


 本当に、ヘタレで申し訳ない。


「そうですか……もしかしたらって、思ったんですけどね……」


 俺のヘタれた答えに、サクラちゃんは、八重歯を覗かせて、はにかんだ笑顔を浮かべた。


「ありがとう、サクラちゃん。気持ちはとっても嬉しいんだけど……」

「いいんです、ネコ先輩。私、知ってます。ネコ先輩とマホ先輩が付き合ってる事」


 サクラちゃんが屋外プールを見詰めながら言う。

 プールに反射する光が、サクラちゃんの瞳に映っていた。


「だから……私がこんな事を言っても、ネコ先輩に迷惑をかけるだけだって分かってました」

「いや、そんな迷惑だなんて……」

「やっぱりネコ先輩は優しいですね。ただ『私は先輩が好き』この気持ちだけは、どうしても伝えておきたくて……」


 サクラちゃんがメガネを掛け直す。

 着崩した制服のスカートが風に揺れていた。


「それと迷惑ついでに、私から2つお願いがあります。1つは、これからも私とは、今まで通りに付き合って欲しいって事です。急に、よそよそしくなったりしないでください。それともう1つ、この事はマホ先輩には言わないでください」

「サクラちゃん……」


 何と言葉を返せば良いのか、分からなかった。


 キーンコーンカーンコーン……


 タイミングが良いのか悪いのか、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。


「ほら、ネコ先輩。急がないと午後の授業に遅れちゃいますよ!」


 不自然なくらい晴れやかな表情を浮かべて、サクラちゃんは校舎の方へ走っていった。


 (間奏)


 放課後。何時ものように部室にやって来たサクラちゃんは、何時ものように品行方正を絵に描いたような格好をしていた。

 何時ものメンバーが、何時ものように部活動とは名ばかりの雑談を終え、何時ものように皆で下校する。


(そう、何時ものように……)


 駅前で、サクラちゃんと手を振って別れる。マホ子もアイリも、サクラちゃんが見えなくなるまで手を振っていた。

 サクラちゃんには口止めをされているけど、一応、昼休みの事をマホ子にも伝えておいた方が良いのだろうか?


 ……ここでふと、あの入学式の日、両親とした会話を思い出す。


―――「お前ぐらいの歳の頃の悩みってのは、お前ぐらいの歳じゃないと、出来ないもんだからな。だから今の内に精一杯悩んどけ!」


 確かに、こんな悩みを抱えれるのは、今じゃなきゃ出来ない経験なのかもしれない。そう考えたら、少し気が楽になった。

 だが、精一杯悩もうにも、いかんせん恋愛関係の経験値が不足しすぎている気がする。レベル1でラスボスに立ち向かっているような気分だ。


―――「でも本当に困ったら、ちゃんと大人に助けを求めなさいね」


(大人に助けを、か……)


 母さんの話を信じるなら、父さんは、ああ見えて、学生時代、ハーレムアニメの主人公みたいな感じだったらしい(本当か?)

 正直、両親にこういった類の相談をするのは、たまらなく恥ずかしいのだが……背に腹は代えられない。俺は腹をくくる事にした。


「父さんと母さんに、腹を割って話してみるか……」


 ……さて“腹”と言えば、昼食を食べ損ねていた事を、すっかり忘れていた。思い出したら急に……お腹と背中がくっつきそうだ。


 俺は、マホ子とアイリに言った。


「ちょっと今から、商店街に寄って行かない? サワッシー饅頭を奢るよ!」 


 両手を挙げて分かりやすく喜ぶ、2人。商店街の方からソースが焦げたような、良いにおいがした。


 (間奏)


 その日の夕食後(ちなみに夕食はカツカレーでした)

 俺は、アイリが部屋に戻ったのを見届けると、それとなく両親に今回の告白の件について相談をしてみた。

 もちろん自分の事ではなく、友人から相談を受けたと偽ってである。


「う〜ん、俺が思うに、好きにもいろいろあってだな……」


 俺の話を一通り聞いた父さんが、顎鬚を人差し指でポリポリと搔きながら言った。


「ああ、やっぱり父さんもそう思う?」


 それを聞いた母さんが、父さんに同調する。


「そのなんだ、康太……じゃなくて、康太の友人には気の毒なんだがな……」


 父さんの話は、なるほど的を得ているな、と思った。

 話を聞いて、いろいろと決心が付いた。相談して本当に良かった。

 

(ただ、父さんの言う通りだとすれば……)


 (間奏)


 トントン……


 気持ちを落ち着ける為に、自室で某ロボットアニメの北極基地襲撃シーンをコマ送りで鑑賞していると、部屋のドアをノックする音がした。


「お兄様、アイリです。入ってもよろしいでしょうか?」


 アイリの透き通るような声。聞いてるだけで癒やされる。

 俺は、すぐさま「どうぞ、空いてるから入って来て良いよ」と、アイリを部屋に招き入れた。


「あの、お兄様……どちらに?」


 俺を見つけられずオロオロしているアイリに、手を振って答える。


「テーブルの上だよ!」


 現在、俺はネー君の姿になっている。

 小さいし、見つけられないのも無理はあるまい(余談だが、この大きさでビデオのコマ送りをするのは、結構たいへんだった……)


「お兄様、コチラにいらしたのですね!」


 アイリがテーブルの上に身を乗り出して、嬉しそうに顔を近づけてくる。


「近い近い近い!」


 一瞬、キスでもされるんじゃないかとドキドキしてしまった。

 もちろんアイリに、その気は全くないんだろうけど……


 俺の動揺に気付いているのかいないのか、アイリが俺の背中を撫でながら言った。


「お兄様、イドの怪物が出現しました!」


shout love 完

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