prologue 1.3


 昼休み……

 コンビニで買ったカツカレーパンでも食べようかと思っていたら、クラスの女子に話しかけられた。またマホ子の事かと思ったら、どうやら違うらしい。


「スグル君が、どこにいるか知らないかな?」


 俺は、何時の間にやら、マホ子係だけでなく、スグル係という大役も仰せつかっていたようだ。


「スグルに何か用?」

「実は、これを渡して欲しいんだけど……」


 顔を上記させた女子から封筒を手渡される。

 封筒には、『スグルくんへ』という文字と、小さくハートマークが描かれていた。

 これって九分九厘、ラブレターだよな……?


「分かった。任せといて!」

「ありがとう、彦根君」


 正直、あまり気乗りはしなかったが、断るのも気が引ける。

 俺は、謹んでメッセンジャー役をお受けする事にした。

 教室の窓からグラウンドを見下ろして、スグルがいない事を確認すると、すぐさまプラネタリウムへと向かう。


「まあ、こういうのは早いに越した事ないだろう……ハアハア」


 (間奏)


 吹き抜ける風から草木の瑞々しいにおいがした。校庭の木の枝でメジロが休んでいるのが見える。

 制服の上着を脱ごうか迷う。冬服だと少し汗ばむ陽気だった。


「おーい、スグル!」


 プラネタリムの近くまで来ると、案の定、スグルが入り口付近で缶コーヒーを飲んでいた。


「何か用か?」


 スグルが面倒くさそうに、コチラへ視線を送る。

 何だ、用が無きゃ話しかけちゃいけないのか?


「お前に、届け物だよ」


 俺は、少しぶっきらぼうに答えると、スグルに封筒を手渡した。


「おお、サンキューな。えっと、コレって……?」

「まあ、ラブレターだろうな……」

「そっか……」


 スグルが『困ったな……』とでも言いたげに、首筋を掻く。


「一応、付き合うにしても断るにしても、ちゃんと女の子の想いくらいは聞いてやれよ」

「……ああ、そうだな」


 スグルが封筒のハートマークを見詰めながら呟いた。

 受け答えが何時ものスグルっぽくなくて、どうにも調子が狂う。


「それと、コレは俺からだ!」


 俺はそう言うと、心ここにあらずといった感じのスグルに、カツカレーパンを投げ渡した。


「おお、気が利くじゃん!」

「どうせ、昼、まだ食ってないんだろ?」


 時折、湿った生温い風が吹く。ドクダミの葉のにおいがする。

 メジロは、既に、どこかへ飛び立っていた。


「それにしても、よく俺がここにいるって分かったな?」

「お前の居場所なんて、教室かグラウンドにいなかったら、ここ以外ないだろ?」

「確かにな……ここは、人が来ないから落ち着くんだよ」


 スグルが制服のポケットに手を突っ込んで、壁に凭れかかった。

 何故だろう? 急に居心地が悪くなる。


「それじゃあ、俺は教室に戻るから……」


 そう言って、小さくスグルに手を振る。

 俺が急ぎ足で帰ろうとすると、スグルに肩を掴まれた。


「今度は、俺からお前に預かり物だ」


 スグルが手渡してきたのは、『彦根康太さんへ』と書かれた、封筒だった。

 ここ最近、やたら封筒に縁があるなあ……


「えっと、コレって……?」

「さあ、ラブレターかもしれんし、果たし状かもしれんし……」

「果たし状って……そもそも、この封筒って誰から受け取ったんだ?」

「それは俺の口からは言えないだろ……それはそうと、その封筒だけど、俺が受け取って、もうかれこれ2、3日経ってるから、早めに中を確認した方が良いぞ」


 スグルが何時もの下卑た顔で言う。


「はあ、まったく……お前、こういうのはトラブルの芽になると思わないの?」

「ハハハ……まあ、大丈夫だと思うぞ」


 呆れる俺の肩を、スグルがポンポンと叩いた。


 (間奏)


 教室に戻る道すがら、突然、アイリに話しかけられた。


「お兄様、プラネタリウムは危険です。あまり近付かない方がよろしいかと……」


 確かに、老朽化していて危ないという理由で、校則でもプラネタリムに近付く事は禁止とされている。


「そうだね。気を付ける……よ?」


 辺りをキョロキョロと見回す。

 そこにいたはずのアイリが、何時の間にかいなくなっていた。


「あれ、どこに行ったんだろう?」


 アイリの事を探しつつ、廊下を歩きながら封筒を開ける。中には可愛らしくデコレレーションされた、1通の手紙入っていた。

 手紙には差出人の名前などは書かれておらず、ただ一言、可愛らしい丸文字でこう書かれていた。


『4月27日(木)の昼休み、屋外プールで待っています』


 あれっ、4月27日……? 4月27日って、確か……?


「今日じゃないか!!」


 帰りに購買で何か買おうと思ってたのに……そんな事を考える間もなく、大急ぎで屋外プールへとひた走る。

 只でさえ、昼の眠い時間帯だ。人間の形態を維持するだけでも辛いのに……


「ああもう、スグルのアホオオオオ!!」


 俺は、ずっと喉に突き刺さっていた言葉を、思い切り吐き出した。


 (間奏)


 数分後……日頃の運動不足も相まって、少し吐きそうになりながらも、どうにか屋外プールまでたどり着く。


 昼休みは、残りあと僅か。ここまで来たら覚悟を決めるより他ない。

 茂みに、ドッキリの看板を持った生徒がいたら……その時は、甘んじて羞恥を受けよう。


「よしっ!」


 俺は自分の頬をパンパンと叩くと、意を決して歩みを進めた。すると……


「あんまり女の子を待たせちゃダメですよ……ネコ先輩」


 そこにいたのは、俺のよく知る部活の後輩だった。



tired planetarium 完

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