イドの怪物は魔法少女の夢を見るか?
『鍵でしたら、私が複製品をご用意します』
アイリから通信が入る。
とりあえず、扉を蹴って破壊しなくても済みそうだ。
「ところでアイリちゃん、イドの怪物について、何か新しく分かった事はある?」
『はい。それでは改めて、今回出現したイドの怪物について詳しく説明いたします』
それから暫く、3人でアイリの説明を聞く。
その間に、鍵の転送も完了していた。
『……イドの怪物は、魔女の家の最深部に潜んでいると思われます。皆さん、どうかお気を付けて』
「任せてよ、アイリちゃん! 炎となったマホ子ちゃんは、無敵なのです!」
マホ子が瞳の炎をメラメラと輝かせる。まるで熱血アニメの主人公みたいだ。
「マホ子は、怖くないの?」
今回のイドの怪物だが、アイリが言うには、相手に幻覚を見せて攻撃を仕掛けてくるタイプだそうだ。
おそらく、攻撃対象が精神的ダメージを負うような幻覚を見せてくるのだろう。
過去のトラウマと向き合うなんて事になるのかもしれない……正直、肝が冷えた。
「フフン……妄想力で私に勝とうなんて10年早いのよ! 10イヤーズアフターにまた来なさいって話なのよ!」
マホ子が拳を突き上げる。
そして得意満面で扉を開けると、意気揚々と家の中に入っていった。
……その、わずか数分後の出来事である。
「どうしよう、ネー君。すっごい怖いんだけど……」
影駭響震。マホ子が声を激しく震わせながら言う。
肩もガタガタと震えていて、乗り居心地は最悪だ。
「いやいやマホ子さん……さっきの勢いはどこへ……?」
「確かに、幻覚を見せてくるとは聞いたよ。でも、思ってたのと違うというか……」
やたら髪の長い女性が、廊下を這って移動していた。
落ち武者っぽい格好をした男性が、手招きをしている。
「お化け屋敷じゃん!?」
(間奏)
家の中は、正に鬼気森然といった様相だった。
「窓の所に白い服を着た女の人が!」「マホ子の肩に謎の白い手が!」「天井から血まみれの侍が!」「菓子パンの成分表が!」
風でガタガタと音をたてる窓、歩く度に軋む床、ポタポタと水が滴る蛇口、ボコッと音がする流し台……息つく暇もなく発生する心霊現象の数々に、俺とマホ子はいちいち悲鳴をあげていた。
ホラー映画の冒頭。地元民の警告を無視して心霊スポットに立ち入り、案の定、痛い目を見る、アホな若者みたいになってしまっている。
念動力で辺りの物を、手当たり次第にお化けがいる方へ飛ばしたりもしたが、ほとんど効果はないみたいだ……
「私、もうダメかもしれない……」
「奇遇だな……俺もだよ……」
一応、俺とマホ子の名誉(?)の為に言っておこう。
勘違いをしないでいただきたいのだが、俺もマホ子もオカ研の部員として、部長から(頼んでもいないのに)日々、鍛えられている。
大掛かりな心霊ドッキリに引っ掛かった事だって一度や二度ではないし、心霊スポットも近場の有名所はコンプリート済である。
それに2人とも、元来、怯懦な性格という事もなく、心霊現象の類にも、しっかりと耐性はあるのだ。
ただ今回の心霊現象は完全に俺たちの許容範囲を超えていた。耐性がない人だったら、今頃、泡を吹いて気絶していただろう。間違いない。
……と、そんな感じの言い訳を地の文でしつつ、マホ子と2人でガクガク震えていると、アイリから通信が入った。
『お兄様、マホ姉様、申し訳ありません。私もダメみたいです……』
蚊の鳴くような……必死に絞り出したような声。
魔女の家の中に入ってから、通信がなかったのは、そういう訳だったのか……
恐怖のあまり、すっかり意気阻喪していた俺たちに、ロドリーが呆顔で言った。
「ちょっと、さっきから何をやってますの?」
やれやれみたいなポーズをして、ロドリーが俺たちを追い抜いていく。
さっきまで頼りなかった背中が、今はとても大きく見える。
「ロドリーちゃんは、怖くないの?」
顔面蒼白。マホ子が、瞳にうっすらと涙を浮かべながら問う。
「いえ、私サマは全然怖くありませんわ。だって、“偽物”なのでしょう?」
ロドリーは、そう言いながら、白い服を着た女の人やら、タンクトップを着た血まみれのマッチョやらを、ステッキでバッタバッタと蹴散らしていった。
「ロドリーちゃん!」『ロドリー様!』「ロドリー(のコスプレをした人)!」
感恩戴徳。3人で感嘆の声をあげる。
そしてマホ子がロドリーに抱き着き、俺もロドリーに飛び付いた。
「ちょ、ちょっと抱き着かないでくださいましっ! それと、あなたも変な所に引っ付かないでいただけませんか!」
良かった! ロドリーのおかげで、俺たちも先に進む事が出来そうだ!
(間奏)
それから俺たちは、ロドリーの獅子奮迅の活躍で、どうにか魔女の家の最深部へと辿り着く事が出来た。
最深部……そこにあったのは、先程までとは打って変わって、白いカーテンが揺らめく、明るい部屋だった。
久しぶりにクーラーの電源を入れた時のような、なんともいえないカビ臭さと、晴れた日に干した布団のような、暖かな香りが混ざり合う。
少し開いた窓から、時折入ってくる乾いた風で足元の埃が舞い、キラキラと輝いていた。
部屋の中には勉強机にベット、何も入っていない本棚、そして本棚の横には収納スペースだろうか? 小さな引き戸が見える。
部屋の大きさの割に物が少なく、寂しい印象は受けるが、ほんの少し前まで、確かに、ここで誰かが暮らしていたような……不思議と、そんな温かい生活感があった。
「私、小さい頃に、この部屋に入った事がある気がする……ううん、入った事がある」
マホ子が、心の奥から漏れ出たように、言葉を零した。
実を言うと俺も、この部屋には過去に何度か来た事があるような気がしていた。
何の変哲もない、どこにでもありそうな部屋だ。ただの勘違い(デジャブ)だと言われてしまえば、それまでなのだが……
「俺たち、前に2人でこの部屋に来た事ないか?」
俺の質問に、マホ子が首を小さく首を振った。
「ううん、ネー君と来た事はないはずだよ。だって、私1人でこっそり入ったんだもん」
やはり、俺の勘違いだったのだろうか?
俺たちの会話を聞いていたロドリーが、頭の上に“?”を浮かべながら問う。
「ちょっと、さっきから何を話してますの?」
人差し指を唇に当てて首を傾げるロドリーに、マホ子が答える。
「ついさっきまで忘れてたんだけど……私、小さい頃に一度、開いてた窓から魔女の家の中に……この部屋に入った事があるんだ……隣の公園で、かくれんぼをしてた時に……」
マホ子の顔から興奮の色が消え、徐々に血の気が引いていくのが分かる。口調も弱々しくなっていった。おそらく自責の念からだろう。
まあ、小さい頃の話とはいえ、不法侵入だしね……
「それでね。部屋に入って……その後……えっと、ゴメン。思い出せないや……」
マホ子が話を終えるのと、ほぼ時を同じくして、おそらく引き戸の奥からだろう、寂しそうな声が聞こえてきた。
「もういいよ……もういいよ……」
その声を聞いて、何かを決意したように、マホ子が無言で頷く。
そして、もう一度大きく頷くと、俺をロドリーに肩に乗せた。
「ネー君、ロドリーちゃん、アイリちゃん、何かあったらお願いね」
「おう、任しとけ!」「まあ、構いませんわよ」『お任せください、マホ姉様』
マホ子が部屋の奥に進み、ゆっくりと引き戸を開ける。
引き戸の奥は、ちょっとした小部屋くらいのスペースがあり、蛍光灯のスイッチを入れると、段ボールがうず高く積まれているのが見えた。
そして、その段ボールの奥で、1人の少女が真っ赤な球体を抱きしめながら、涙を流していた。
「もういいよ……もういいよ……」
さっきから聞こえていた、寂しそうな声は、この少女だったのか……
マホ子が段ボールをどけて少女の元へ向かうと、俺たちを見て驚いた少女が後ろに引っ込んでしまう。
そして積まれた段ボールに、少女の背中がぶつかる。
「危ない!」
俺が叫ぶよりも前に、マホ子が念動力で段ボールを静止させていた。
「迂闊に近づいて大丈夫なのか?」
心配した俺の問いかけに、マホ子が答える。
「うん、大丈夫。寂しかっただけなんだよね……」
泣いている少女の前で、マホ子が膝をついた。
「ゴメンね。待たせちゃって……」
そう優しく語りかけて、マホ子が少女をそっと抱きしめる。
暗がりで顔をしっかりと確認はできないが、少女は安堵の表情を浮かべているように見えた。
「誰も私を見つけてくれないの……誰も本当の私を見てくれないの……」
少女の訴えに、マホ子がゆっくりと答える。
「大丈夫、きっとすぐにあなたの事を見つけてくれて、あなたの事をちゃんと見てくれる……そんな人が現れるから。」
「本当に……?」
「うん。お姉ちゃんが保証するよ!」
少女の問いに、マホ子がドンッと胸を叩いて答える。
そして俺に目配せをすると、小さく呟いた。
「ネー君、後はお願いね……」
俺は、チラッとロドリーの横顔を確認した。
「まあ、今回はお譲りしますわ……女の子の大事な物(コア)を物理的に破壊なんてしたくはありませんし……」
大きく息を吐き、やれやれといった感じで言う。
そして、俺を手の平に乗せると、少女の前にそっと差し出した。
「それじゃあ、お言葉に甘えるとしますか!」
俺は、少女が抱えていたコアへ、ロドリーの手の平からジャンプした。
before dawn 完
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