ロドリーちゃん来たる

 小谷さんと駅前で別れてから歩くこと数分。何時もの公園に差し掛かった頃だった。


『お兄様、イドの怪物が出現しました。今から転送しますが、大丈夫でしょうか?』


 突如として、アイリから通信が入る。

 マホ子は、既に転送済のようだ。


「俺は大丈夫だよ」

『今回のイドの怪物ですが、前回とは違い、基本的に物理攻撃はしてこないタイプのようです。ただし小型でコアの捕捉が困難なものと推測されます。詳しい事は現在調査中ですが、詳細が分かり次第、追って報告いたします』

「分かった!」


 ……そして気が付くと俺は、ネー君の状態で、ステッキの先端に座っていた。

 今回、意識を失わなかったのは、アイリ曰く、体が慣れたから……らしい。


「ここは……学園の幼稚部がある辺りか?」


 前回同様、空は明るかった。

 俺がステッキから身を乗り出して、周囲を確認していると……


「ヤッホー、ネー君!」


 マホ子が、俺を手の平に乗せて言う。

 また魔法少女になれて心底嬉しいといった感じだ。


「あれ、その衣装?」


 魔法少女の衣装は、部室のロッカーに保管されている。


「アイリちゃんがね、部室の衣装も転送が出来るようにしてくれてたんだ。『こんなこともあろうかと』ってやつだね!」


 余談だが、某戦艦アニメの真◯さんは、作中で一度も『こんなこともあろうかと』とは、言っていないらしい。


「ところで、家の用はもういいの?」

「うん。ママと一緒に物置の整理をしてたんだけど、そしたらね……」


 マホ子が何やら話そうとしていた。その刹那である。


「まったく、緊張感というものがございませんの?」


 突然、後方から何者かの声がした。


「結界内に、人はいないはずじゃ……?」


 突然の事に、その場で硬直する俺とマホ子だったが、聞き覚えのある声だと分かり、我に返る。

 声のした方向にステッキの進行方向を向けると、そこにはマホ子と同じようにステッキに乗って飛行する1人の少女の姿があった。


「初めましてですわね。あなたがカレンって事でよろしいのかしら?」


 マホ子の黒と対を成すような、白を基調としたゴスロリ風の衣装。ボリュームのある長い金色の髪に、紅玉のように真っ赤な瞳。そしてアニメと寸分たがわない、クセのある甘い声。


「あれって……だよね?」

「うん。間違いないと思う」

「フフフ……私サマこそ、観音寺カレンの最大のライ……」


 決めポーズを決め、決めセリフを決めようとしていた少女に……


「「ひょっとして、ロドリーちゃん!?」」


 2人して大声を出してしまった。


 (間奏)


 安土ロドリー。

 『観音寺カレンのステキな魔法』の登場キャラクターで、主人公 (カレン)のライバルとして、物語後半から登場する魔法少女である。

 エリート意識が高く、事あるごとに、カレンに勝負を挑んでは、泣きながら敗走を繰り返す……そんなキャラだった。

 

「ちょ、ちょっと、ビックリするじゃありませんの!?」


 ロドリー(のコスプレをした人)が、困惑顔を浮かべる。

 一方、俺とマホ子は、突然のロドリー出現に、興奮状態だった。


「完成度、高いですね! 衣装は自分で作ったんですか?」「声、そっくりですね!」「その金髪って地毛ですか?」

「ちょちょちょっと、待ってくださいませんこと……私サマは、聖徳太子ではございませんのよ!」


 『これ以上、近付くな』と、言わんばかりに、両手を前に突き出して、ロドリーが俺たちを牽制する。

 そんなロドリーを華麗にスルーして、俺たちの質問攻勢は更に続いた。


「あの、良かったら名刺とか交換していただけませんか?」「瞳はカラコンですか?」「今度、一緒にイベントへ行きませんか?」


 ……結果、ロドリーがキレた!


「いい加減にしてくださいまし! 何なんですの!? カレンと、その……化け猫のネー君でしたっけ?」

「いや、化け猫って……?」


 まあ、それは良いして……真横から、ただならぬ気配を感じる……


「ネー君は、愛のないコスプレってどう思う?」


 マホ子から、霊感のない俺でも分かるくらい、ヤバいオーラがビンビンに発せられていた。


「私ね、作品が人気だからって理由でコスプレするの、別にダメじゃないと思うの。何のコスプレをしようが個人の自由だしね。でもね、コスプレする以上は最低限の設定は知ってて欲しいというか、ただ単にチヤホヤされたいからって理由でコスプレするのって、キャラと作品への冒涜だと思うんだよね……」


 マホ子の瞳からハイライトが消える。完全に目が座っていた。

 早口でブツブツと呟きながら、少しづつロドリーとの距離を詰めていく。


「そ、その、そういった……つもりでは……ありませんのよ……」

「ロドリーちゃんは、作品とキャラクターに愛はあるの?」

「いえでも、キャラの設定を忘れるくらい。別に……」

「私はね、フィクション……作り物であってもキャラクターは本物だと思ってるの。ちゃんと生きてて、感情だってあると思ってるの。だからキャラクターの設定を忘れるっていうのは……」


 マホ子の気迫に押されて、ロドリーが少し涙目になっていた。

 さすがに見ていて可哀想になってきたので、助け舟を出す事にする。


 「まあまあ、マホ子さん。愛がなかったら、こんなに完成度の高いコスプレは出来ないって。それにロドリーが好きだとすると、ネー君って、あんまり印象に残ってないと思うんだよね……」


 前にも説明したが、ロドリーが出てきて以降のネー君は、ただ画面の隅に映っているだけの(ほぼ)モブキャラと化していた。

 キャラ名を忘れてしまっても仕方がない。


「そ、そうですわ! ネー君なんて、最初から私サマの眼中にありませんでしたもの! 私サマが勝負をしたいのはカレン……あなたなのですわ!」


 ロドリーが息を吹き返す。でもよく見ると、まだ足が少し震えているようだった。


「と、とにかく、イドの怪物は私の獲物ですの! 手出しは無用ですのよ!!」

「あの、目的が同じなら一緒に……」

「お、覚えてやがれえ……ですわ!」


 呼び止めるもその甲斐虚しく、ロドリーは捨てセリフを吐いて飛び去っていった。

 そんな所まで原作再現しなくても……


「ありがと…ご…い……ね…………」


 飛び去る直前、何か小声で礼を言われたような気がしたが……最後のほうがよく聞き取れなかった。


 (間奏)


 それから暫く、アイリからの通信を待ちつつ、上空から辺りを散策していた時である。


「ネー君、アレを見て!」


 マホ子が前方を呼び指して叫ぶ。マホ子が指さす方向を見ると、そこにはあるはずのない建物が鎮座していた。


「アレって?」

「魔女の家……だと思う」

「そっか……アレが……」


 ステッキから降りて、魔女の家へ向かう。 

 以前、マホ子に聞いた話から、どれだけおどろおどろしい洋館なのか、と身構えていたのだが、その実体は、洋館と呼んで良いのかも怪しい、ところどころ洋風な装飾が施されただけの、ボロ屋だった。

 正直、肩透かしを食らった気分である。


(それと何故だろう? 不思議と懐かしい感じもした)


「まあ、子供の噂なんて、そんなもんか……」


 俺が、マホ子に聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呟くと、マホ子が言った。


「やっぱり、この中からイドの怪物の存在を感じる!」

「間違いないの?」

「うん、間違いないと思う。イドの怪物は魔女の家の中にいるよ!」


 前回もマホ子は、『叶えられなかった願い』の存在を感じていた。おそらく魔法少女の持つ特殊能力のようなものなのだろう。だとすると……


「遅かったですわね。やはり私サマの方が優秀という事でよろしいのかしら?」


 ロドリーが魔女の家の前で、俺たちを待ち構えていた。

 勝ち誇ったような顔を浮かべながら、ガン◯◯ター立ちするロドリーに、俺は改めて共闘を申し込んだ。


「あなたもイドの怪物を倒すのが目的なら、俺たちと協力しませんか? その方が……」

「何をおっしゃってますの!? カレンとロドリーは宿命のライバル! “強敵”と書いて“トモ”と読む関係ですのよ。協力なんてありえませんわ!」

「ロドリーちゃん、さっきはごめんなさい。私もロドリーちゃんと……」

「ふ、ふん、何度言っても無駄ですわ……別に誘ってもらっても、ちっとも嬉しくなんてありませんからね!」


 取り付く島もない感じだ。

 まあ確かに、ライバルとしてお互い切磋琢磨した方が、良い結果がでるという事もあるのかもしれない。しれないが……


「分かりました。ライバルとしてお互い正々堂々頑張りましょう。でも袖振り合うも他生の縁と言いますし……イドの怪物がいる所までは一緒に行きませんか?」


 少し譲歩をして、改めて提案してみる。


「そ、それくらいなら、別に構いませんわ……それと、私サマに敬語は不要ですわ。もっと砕けた感じで良くってよ!」


 ロドリーが、頬を上記させてモジモジしていた。

 それを見たマホ子が、笑顔で俺に囁く。


「悪い子じゃないみたいだね?」

「そうだね」


 (間奏)


 それから一通り、魔女の家の周囲を見て回る。

 マホ子が言うには、窓から中に入れるとの事だったが(入った事があるのか?)窓は小さく、しっかりと鍵もかかっていた。

 どうやら正面入口の扉から中に入るしかないらしい。


「……では、参りましょう。頼もうですわ!」


 ロドリーが魔女の家の扉に手を掛ける。


「鍵がかかってますわね……」


 まあ、そりゃあそうだろうね。


「仕方がないですわ。ここは一発、扉を蹴り飛ばして……!」


 なにやら物騒な事を呟いているロドリーを、慌てて制止する。

 そんな事をしなくても、もっと穏便に開ける方法があるような気がするんだけど……?

 

「ちょっと待ってて、もうすぐ通信が……」 


 ピー……ポロロロロ……ガー……


 噂をすればである。


『お待たせして申し訳ありません。お兄様、マホ姉様、聞こえますか?』

「うん、聞こえてるよ!」


 アイリの通信に、落ち着いた様子でマホ子が答えた。一方……


「ちょ、ちょっと、なんですの!? どうして……?」


 ロドリーが、混乱した様子で右往左往していた。

 前回の俺たちを思い出すなあ……


『すみません。まだ接続が不安定で……お兄様とマホ姉様以外にも、誰かいらっしゃるのですか?』


 アイリの問いに、すぐさま答える。


「紹介するよ、ロドリーのコスプレをした人です」

「コスプレをした人って!?……じゃなくて、どういう事でして!?」

「私は、アイリと申しまして、お兄様とマホ姉様のサポートをさせていただいております。もしかして、あなたが2人目の適格者の方ですか?」

「2人目の適格者……?」


 どうやらアイリはロドリーについて、何か知っているらしい。


「どうしてあなたが!? 説明してくださる!?」


 そしてロドリーは、何も知らなかったらしい。


『実は、マホ姉様以外にも魔法少女の適格者がいるという情報はあったんです。そうですか、あなたが……』

「まあ、そうですわよね……まったく、事前に教えてくだされば良かったのに……」


 ようやく落ち着きを取り戻したロドリーに、アイリが改めて自己紹介をした。


『アイリと申します。改めてよろしくお願いしますね、ロドリー様』

「ロドリーですわ! カレンとはライバル関係になりますけど、改めてよろしく頼みますわよ!」


 微妙に会話が噛み合っていないような気もするが、2人のやりとりを聞いていると、なんだかホッコリする。

 マホ子も同じ気持ちだったのだろう。微笑みを浮かべながら俺に言った。


「良い子みたいだね?」

「そうだね」


code of the cosplayer 完

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