クローゼット・ゲートの彼方

 部活を終えて家に帰ると、俺の部屋でジャージ姿のマホ子がくつろでいた。


「ネー君、おかえり!」


 まるで自分の部屋のように、ベットの上にゴロゴロと横たわりながら、足をパタパタとさせて、アルバムをペラペラとめくっている。


(しまった……!)


 兄貴の部屋を整理していたら、なんとなく追憶に浸りたくなって、机の奥から引っ張り出したのをすっかり忘れていた。

 何時もは、こういった類の物は見つからないよう徹底的に隠しているのだが……迂闊だった。


「小さい頃のネー君、可愛いねえ」


 マホ子が顔だけこちらに向けると、ニヤニヤしながら言う。

 別に見られて困る写真もないのだが、どうにも気恥ずかしい。


「人様のアルバムを勝手に見るものではないぞ」


 気恥ずかしさを悟られぬよう、冗談っぽく言う。


「エヘヘ……でも懐かしいよね。ほとんどの写真に私も写ってるし」

「まあ、そうだけれども……」


 確かに、マホ子とのツーショット率は、なかなかのものだった。


「ところで、私と会う前の写真とかはないの?」


 マホ子が一度立ち上がり、ベットに腰掛ける。


「あれっ、言ってなかったっけ? 前に住んでた家に置いてあったみたいなんだけど、引っ越ししてる最中に、火事で焼けちゃったらしくてさ」

「その……ゴメンなさい……」


 マホ子の表情が目に見えて翳る。

 肩を落として縮こまるマホ子に、俺は慌てて言った。


「いや、別に気にしなくていいよ。小さい頃の話だから、火事の事も、前に住んでた家の事も、ほとんど覚えてないし」


 両親が言うには『火事のショックで忘れたんじゃないか?』との事だが、幼少期の記憶なんて、ちゃんと覚えている人の方が珍しいのではないだろうか。


「アルバムとかおもちゃとか、小さい頃の思い出の品が燃えちゃったのは悲しいけど、家族もみんな無事だったし、怪我人も出なかったって話だしね」


 そう言って、マホ子の肩をポンポンと叩く。

 まあ、本当に火事の事はまったく気にしていないし、マホ子と出会って以降の日々が鮮烈すぎて、思い出話ならバーゲンセールしても良いくらいあるのだ(しないけど)


「ありがとう、ネー君」


 肩を叩かれたマホ子が、安心したように言った。


 ……その瞬間、ふと思い出す。

 この家に越してきた当時、兄貴が『前の家の方が学園から近くて良かった』と、愚痴っていた事を……


(そういえば、前の家ってどの辺にあったんだっけ……?)


 なにやら考え込む俺を見て、マホ子が再び表情を翳らせる。

 ……いかんいかん、またマホ子を不安な気持ちにさせてしまった。


「えっと、そういえば小谷さん達とは、どうだったの?」


 沈んでいた場の空気を変えようと、俺は、なんとなく気になっていた、“クラスの女子の集まり”について聞いてみる事にした。


「楽しかったよ。小谷さん達といるとね、自分が女子高生なんだなって気がする」

「なんじゃそりゃ?」

「でも、正直、ちょっと疲れちゃったかな……気苦労っていうの? アニメの話とかも出来ないしね」


 確証はないのだが、どうもマホ子と小谷さんの間には、蟠りのようなものがあるように感じる。


「なるほど。それで、俺よりも先に俺の部屋でくつろいでいたと……?」

「うんうん。正直、自分の部屋よりも落ち着くよ!」


 マホ子が厚かましい事この上ないセリフを吐いた。その刹那である。

 

 トントンッ


 俺の部屋に、もう1人、来客があった。


「お兄様、少しお時間よろしいでしょうか?」


 妹の可愛らしい声が聞こえる。


 うんうん。(俺の枕を抱きかかえて、顔を埋める幼馴染を横目に見ながら)ちゃんとノックが出来るなんて偉いぞ。


「アイリなら何時でも歓迎だよ……」


 俺が大急ぎで部屋のドアを開け、アイリを招き入れると……


「アイリちゃん、先にお邪魔してるよ」


 マホ子がベットの上から、アイリに手を振った。


「マホ姉様もいらしていたのですね……でしたら丁度良いです。お兄様、マホ姉様、これから私の部屋においでくださいませんか?」


(間奏)


 誘われるがままアイリの部屋へと向かう俺たち。

 部屋に入ると、アイリがクローゼットを開け、奥の板を外した。


「どうぞ、この中です」

「「えっ……?」」


 驚いて思わず声が出てしまう。

 マホ子もかなり驚いているようだ。


 アイリが手で示した先には、見るからに頑丈そうな扉があった。

 アイリに促され、扉を開けて進もうとするも、ギギーッと大きな音がするだけで扉は開かない。


「ああ、すみません。この扉は開けるのには、ちょっとしたコツがいるんでした」


 慌てた様子で、扉を開けるアイリ(可愛い)

 アイリの後を追うように、俺たちは、扉の向こうへと進んでいった。

 薄暗く、狭い通路を暫く歩いて行く。通路の奥には、巨大な空間が広がっていた。

 直径にして、およそ50メートル程のドーム状の空間。中央には、何やら巨大な砲台のような物が設置されている。


「ここって、ネー君の家だよね?」


 マホ子が何が何やらといった様子で、目を丸くして言う。


「いや、俺もまったく知らないというか……ひょっとして、また何か、謎の装置を使ってる……?」


 ここ数日で、この手のものには大分、耐性が付いたと思っていたのだが……さすがに驚きを隠しきれない。


「はい。空間拡張装置を使用しています。この装置は、同じ宇宙に2台以上設置すると空間に歪みが発生するという理由で、まず使用許可が下りないのですが、運が良かったです」


 そんな、よく分からない危険な装置を、俺の家に置かないで欲しい……


 (間奏)

 

 その後、どうにか状況を飲み込んだ俺は、アイリのすすめで、ネー君の姿になる事にした。


「どうぞお兄様、乗ってください」


 そう言って、アイリが俺に右手を差し出す。


「ありがとう」


 そのまま、アイリの肩に乗せてもらって、空間の中央へと移動する。


(やっぱりこの姿だと、体も軽いし本当に楽だ)


 アイリが歩く度に銀色の髪が揺れて、鼻先を優しく撫でる。なんともこそばゆかい。

 首筋の体温とシャンプーの香りに、少しだけドキドキしてしまった。


「これが、お兄様とマホ姉様にお見せしたかったものです」


 入り口から見えた、巨大な砲台のような物。近くで見ると、よりその巨大さが際立つ。


 ……でも何故だろう? 初めて見るはずなのに、以前にも似たような物をどこかで見たような気がする。

 固く閉ざした扉の向こうから、液体化した記憶が徐々に漏れ出てくる。そんなイメージ。

 マホ子も似たような既視感を覚えていたようで『うーん、どこかで見た事があるような?』と言って首を捻っていた。


 (stargate 完)




 それからアイリは、俺を優しくマホ子の肩に乗せると、真剣な面持ちで告げた。


「これが以前に、お兄様とマホ姉様に言っていた。私たちが、記憶の改変や行動の制御。また脳内にメッセージを送信する際などに使用している装置です。結界への侵入や帰還など、魔法少女としての活動をサポートしている装置でもあります」

「「これが……」」


 装置を見上げながら言う。

 ふと横を見ると、マホ子も同じように装置を見上げていた。

 驚愕とも、畏怖ともつかない表情を浮かべる俺たちを横目に、アイリは続けた。


「ちなみにですが、正式名称を量子宇宙干渉機。通称をビッグブラザーと言います」


 それって、こういう感じの装置に絶対に付けちゃいけない通称なんじゃ……?


「この装置……ビッグブラザーは、私の罪そのものです。本来であれば、このような装置は、決してこの宇宙に存在してはいけません。だからこそ、お兄様とマホ姉様には、一度ご覧になっておいて欲しかったのです。本来であれば、もっと早くに、お見せしたかったのですが、なかなか許可が下りず……申し訳ありません」


 アイリは、ビックブラザーにそっと寄りかかると、俺たちと同じように装置を見上げていた。

 ここは、アイリの兄として、何か一言、言葉をかけてやる場面だろう。


「そうだな。とっととイドの怪物をボッコボコにして、こんな物、この宇宙から無くさなきゃな! ついでに空間拡張装置とかいうのも……」

「お兄様……ありがとうございます……」


 拳を高く突き上げて宣言する俺に、アイリが嬉しそうに言った。一方……


「ええっ、魔法少女になれなくなっちゃうのは嫌だよ!」


 なにやら、マホ子が俺たちに抗議をしていたが(面倒なので)聞かなかった事にした。


dear bigbrother 完

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