部長からのホットライン

 それから部室で、2人と他愛のない話をしていると、突然、携帯に着信があった。


「ゴメン。電源を入れっぱなしだった……」


 俺は、2人に手を合わせ、軽く頭を下げると、携帯の液晶を確認する。

 着信は、部長からだった。


『やあ、彦根君。ノートの件については、その後どうかな?』


 部長が、心配そうに聞いてくる。

 そうだった……ノートの事、部長に何て言えばいいんだろう?


「ノートについては、とりあえず悪戯って事で方が付きました。心配をお掛けして申し訳ありません」


 心配をしてくれている部長に嘘を付くのは心苦しいが、そうとしか言いようがない。


『……なら良かったよ』


 少し訝しむような口調で部長が答える。

 それから暫く。お互い無言のまま、ただ時間だけが過ぎていった。


 (間奏)


 鉛のような沈黙。先に口を開いたのは、部長だった。


『……ところで、彦根君。話は変わるが、君は大学部を除いた我が校の携帯電話、PHSの所有率が、僅か1割にも満たない事を知っているかな??』


 急にどうしたんだろう? そう思いつつも答える。


「ちゃんとしたデータは知りませんけど、確かに体感ではそれくらいですね。俺も学園の生徒だと、部長を含めて数人の番号しか知りませんし……」


 一応、断っておくが、決して俺に友達が少ないからという訳ではない。本当だぞ。


『地域によっても違うようだが、あるデータによると、現在、日本人の2人に1人は携帯電話、もしくはPHSを所持しているそうだよ』

「そうなんですか。思ってたよりも多いですね」

『……おかしいとは思わないかい?』


 心做しか、部長の声がワントーン上がったように感じた。


「おかしいって、どういう事です? 確かに、所持率が1割を切っているというのは明らかに少ないですけど、それは校則で携帯が禁止されているからであって……」

『校則で禁止されているからといって、これ程までに携帯の所有率が低いなんて事があり得るのかな? それにだ。あくまでも学校への持ち込みが禁止されているだけで、所持そのものは禁じられていない。君だって便利だと思うから持っているんだろう?』


 確かに、それはそうなのだが……


「佐和山って、大人しい感じの生徒が多いですし、教師に逆らってまで……ってのはあるんじゃないんですか? それに周りが持ってないなら、自分もいらないって生徒も多いでしょうし……」


 少しづつ早口になっている事は、自分でも気付いていた。

 否定すれば否定するほど、確かに何かがおかしいような気がしてくる。


「そもそも、うちの学園って校則を守らないと、警告なしに処分が下されるって話じゃないですか? せっかく大学までエスカレーター式の一貫校なのに、退学なんて事になったら洒落にならないですよ」


 おかしいと感じ始めた自分をどうにか納得させる為に、あえて強い口調で言う。

 

『なるほど……では、彦根君。君は学校に携帯を持ち込んで、退学、除籍、放校、いずれかの処分を下された生徒を知っているかな?』

「そ、それは……」


 言われてみれば、聞いた事がない。

 俺が言葉に詰まり、固まっていると……


『ハハハ……確かに、君の言う通りかもしれないね』


 部長の口調が、急に柔らかい感じになる。


「部長、さっきから何なんですか?」

『すまんすまん……君の反応が面白くて、ついね。私が言いたかったのは、君が常識だと思っている事は、極めて狭い範囲……閉じた世界でしか通用しない常識かもしれないという事なんだ。閉じた世界の常識なんて、いくらでも変容させられるという事だね』


 まあ、そうなのかもしれない。


『君は、どうも人の言う事をすぐに信じてしまうきらいがある。それは君のストロングポイントだが、同時にウイークポイントでもある。全てを疑えとは言わないが、世界には表と裏があるという事を忘れないでほしい』

「表と裏……ですか?」

『ああ、オカルトというのは“隠されたもの”というラテン語を語源としている。真実というのは、目に見えないどこかに隠されているものなのだよ』

「分かりました。憶えておきます」


 疑わないで済めば、それがベストなんだろうけど。


『私が引退した後は、君がオカ研を引っ張っていくんだからね。期待しているよ!』

「いやいや、勘弁して下さいよ。それに俺が高3になっても、部長はまだ普通に、部長やってそうですし……」


 少なくとも、俺がオカ研に入部した中1の頃から、部長は部長だった。


『ハハハ……私に、これから更に2留しろと? まあ、それも良いかもしれないね』


 部長が珍しく冗談っぽい口調で言った。

 『更に』という事は、やっぱり既に何留かしてるんだな……(知ってたけど)


「ありがとうございました」


 俺は部長に(一応)礼を言うと、通話を終了した。


don't believe the world you see 完

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