シスタールームメイカー

 休日。俺とアイリは、兄貴の部屋を整理していた。


「本当に、私がこの部屋を使ってもよろしいのでしょうか?」


 アイリが、俺の腕を掴んで申し訳なさそうに言う。


「父さんも母さんも問題ないって言ってたし、兄貴も当分は帰って来ないだろうから、別にいいんじゃないか? それに何時までも、ダイニングのソファで寝てもらう訳にもいかないしね」

「私は、お兄様と同じ部屋の方が良かったのですが……」

「いやいや、年頃の男女が同じ部屋っては、さすがに不味いって……」


 本当に血のつながった、実の兄妹ならセーフなのかもしれないけれど。


「そうですか。残念です……」


 アイリ、分かってくれ。一緒の部屋で寝たりなんてしたら、俺は理性を保てない!


「それに俺の部屋って、狭いしさ……」

「確かに、この部屋に比べると、こじんまりとはしていますね」

「ああ、父さんの話だと、前に住んでた家がボロボロで、俺が学園の初等部に編入するのを機に、新しく建て替えようか悩んでたらしいんだけど、その時に、たまたま近所で売りに出てたこの家を見つけたらしくてね」


 もし父さんが建て替えを選択していたら? もし今の家が売りに出されていなかったら? 俺とマホ子は……いや、止めよう。


「それで、急遽、この家に引っ越す事に決めたらしいんだけど、後になって部屋が足りないって気付いたらしくてさ……もともと物置部屋だったのを、俺の部屋にしたんだって」

「あの、でしたら……」

「一応、兄貴の代わりに、俺が、この部屋を使うって話もあったんだけど……俺は狭い方が落ち着くし、小さい頃から兄貴の部屋には絶対に入っちゃダメって言われてたから、どうにも抵抗があるというか……未だに、余程の用がない限りは、立ち入っちゃいけないような気がしててさ。正直、今もちょっと居心地が悪いんだよね」

「そうですか……そう、なんですね……」


 気のせいだろうか? アイリの表情が少し翳ったように見えた。


 (間奏)


 それから俺たちは、部屋に残されていた兄貴の私物を段ボールに詰め、外の物置へと運んだ……と言っても、段ボールの中に、ほとんど物は入っていない。


 勉強机に、空の本棚。かけっぱなしになっていた数年前のカレンダーに、初等部の教科書。そしてクローゼットの中で、意味ありげにぶら下がっていた黒いシャツが1枚。それが、この部屋にあった物の全てだ。

 伽藍堂……そんな言葉が脳裏をよぎり、背中がゾワゾワする。まるで、背骨を毛虫が這っているような、そんな感覚。


 実を言えば、部屋に入った時から、居心地の悪さとは別の妙な違和感があった。

 あの兄貴が、人に見られて困るような物を部屋に残して旅立つとも思えないから、エッチな本や、恥ずかしいポエムを綴ったノートなんかが出てこないのは分かる。

 サッカーの道具やマンガ本なども、旅立つ前にイギリスへ送ったようだったから、ある程度、物が少ないのも納得できる。


(ただ、何だろう……?)


 何年か前に、俺とスグルと宇佐山の3人で、海辺の廃墟を探検した事があったのだが、その時と同じ儼乎で冷たい感覚。


(もう何年も放置され、忘れ去られていたような……)


「どうかされましたか、お兄様?」


 アイリが心配そうな表情で、俺の手を掴む。

 ダメだな……妹の手前、しっかりしないと……


「大丈夫、何でもないよ……」


 俺は、アイリの頭を軽く撫でた。


 (間奏)


 それから暫くの間。俺は、部屋の壁と机を、アイリは床とクローゼットを、それぞれボロ布で拭いたり磨いたりしていた。


「うん。こんなもんだろう!」


 大きく息を吐き、額の汗を拭う。

 部屋の片付けもおおよそ終わり、そろそろ夕食にしようかといった頃合いだった。


「これって……?」


 机の引き出しの奥に、古びた写真が、1枚、残されていた事に気付く。

 俺は写真を取り出すと、机の上に置いた。


「お兄様、こちらの写真は?」


 前屈みになって写真を見ていた俺の肩に、アイリが顔を乗せる。


「兄貴が小3か小4の頃に撮った写真だよ。懐かしいなあ……」


 俺は、写真を手に取ると、アイリの顔に近付けた。


「当時、所属してたサッカーチームのユニフォームを着てるから、間違いないと思うよ」


 アイリが写真を手に取る。


「フフフ……お顔が、お兄様にそっくりですね」

「えっ、そうかな?」


 確かに、背筋がしゃんとしているところ以外は、自分でもちょっと気持ち悪いくらい、『現在の』俺に瓜二つだった。

 まあ、一応は兄弟なんだし、瓜二つでもそれほど不思議はないと思う。

 ただ、己の名誉の為に、どうしても言っておかねばならない事があった。


「兄貴は老け顔なんだよ! それに体も大きかったから、初等部の頃は、電車に子供料金で乗れなかったり、学校で中等部や高等部の生徒に間違われて大変だったんだってさ!」


 『なぜ現在、高等部の俺と、当時、初等部だった兄貴がこんなにも似ているのか?』質問された訳でもないのに、俺は物凄い早口でアイリに説明をしていた。

 そう、決して俺が子供っぽいのではない! 兄貴がおっさんっぽいのだ!


「なるほど。今でもたまに子供料金で電車に乗っているお兄様とは、逆なのですね」


(グフッ……)


 みぞおちに空手の師範代から正拳突きをくらったようなダメージを受けて、思わず白目をむく。


「お兄様、ごめんなさい! そういう意味ではないんです! 私は、何時までも少年のようなお兄様が……」


 アイリの必死のフォローも空しく、それから暫くの間。俺は精神的ダメージで、ネー君の姿から元に戻れなかった。


brother's photo 完

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