旧友との出会い

「後は、コアを破壊するだけだね!」

「ああ、やっぱりマホ子は凄いよ……」


 ……そんな話をしながら、ゆったりとステッキに乗っていた時である。

 

『お兄様、マホ姉様! まだ生きている光弾があります!』


 突如として、慌てた様子のアイリから通信があった!


「「な、なんですとお!?」」


 のんびりムードが一転、すぐさま周囲を確認する。

 気付けば光弾は、俺たちのわずか数メートルといった所まで、迫ってきていた!


「ネー君、しっかり捕まっててね!」


 大驚失色。マホ子がステッキを握る手に力を込める。だが……


「どうしよう、ネー君!? ステッキが動かないよ!!」

「いや、こういう時にエンスト(?)するのは、お約束だけど……」


 どうやら、ステッキがもう限界だったらしい。絶対絶命の大ピンチだ!

 一応、予備のステッキはあるが、今から力を込めている余裕はない。


(そうであれば、どうすればいい?)


 考えろ!! 考えろ!! 考えろ!! 考えろ!!


「あっ……」


 その瞬間、ふと閃く……

 俺は、この土壇場で思いついたアイデアを、大急ぎでマホ子とアイリに伝えた。


「それって、大丈夫なの?」

「大丈夫だと思う。高所からの落下や揺れによるGには、耐えられるって話だし……」

『はい。それについては、安心してください!』

「分かった。それじゃあ、ネー君……気をつけてね」


 マホ子が、衣装の胸元から予備のステッキを取り出し、その先端に俺を乗せる。

 そして、落ちないようにリボンで固定すると、アイリに通信を送った。


「アイリちゃん。合図を送ったら、私を帰還させて!」

『分かりました!』

「ネー君、ステッキから手を離したらダメだからね!」

「ああ、分かってるよ……」


 俺が頷いたのを確認したマホ子は、ステッキをコアに向けて力いっぱい投げた!


「今、必殺のまじかる☆アロー!!」


 さすが陸上部の助っ人で、やり投げの県大会に出場しただけの事はある。

 ステッキは、一直線にコアへと突き進んでいった。実に見事な投擲だ。


 ちなみに、先程、マホ子が叫んでいた『まじかる☆アロー』というのは、カレステ第11話『イルカがせめてきたぞっ』にて、カレンが……


「……って、うわあああああ!!」


 用語解説なんてやっている間もなく、マホ子の念動力により速度を増したステッキは、瞬きよりも速く、コアに直撃した。




「よお、久しぶりじゃん!」




 気付いたら、人間の姿に戻っていた。

 肉球が付いていない自分の手を、随分と久しぶりに見た気がする。


「ここはどこだ?」


 また『気付いたら別の場所にいた』という展開である。

 いい加減、飽き飽きしている読者の方も多いと思うので、出来るだけ手短に話したい。

 俺が倒れていたのは、学園のグラウンドだった。

 ただし、グラウンドに穴は開いていないし、校舎も原形を留めている。


「さて、これからどうするか?」


 マホ子の事も気にはなったが……とりあえずは、大丈夫みたいだ。嫌な感じもしない。


「とりあえず、グラウンドの周りでも調べてみるか……」


 そう呟いて、立ち上がろうとした、その刹那。何者かに声を掛けられた。


「康太じゃん。お前、何でそんな所で寝てるんだ?」

「お前、宇佐山……か?」


 中等部時代、一緒にバカ(たまにサッカー)をやっていた旧友だった。


「何で宇佐山がここにいるんだ?」

「何でって、それは俺が聞きたいよ。だってこの場所は、俺の願いの中なんだから」


 コアの内部で、叶えられなかった願いが何かを知る。それが俺に与えられた役割だった。

 詳しい事はよく分からないが、今の俺は中途半端……流動的な存在である為、ネー君の状態であれば、コアの内部に“浸透”する事が可能らしい。


「まあ、そんな所に寝てないで起きたらどうだ?」


 宇佐山が、俺に手を差し出す。

 俺は、その手を掴まず立ち上がると、泥で汚れた制服をパンパンと叩いた。


「宇佐山、ちょっと時間あるか?」

「ああ、時間だったらバーゲンセールしても良いくらいあるよ」


 それから俺と宇佐山は、立ち話もなんだからと、グラウンドの隅に設置されていたベンチに腰掛けた。

 年季の入ったベンチの背もたれには、昔懐かし清涼飲料水のロゴが大きく描かれている。


「一応、断っておくけど、俺はあくまでお前が知ってる宇佐山の疑似人格みたいなもんで、本人ではないからな」


 そう言って、宇佐山が俺に缶コーヒーを手渡した。

 奢ってもらって申し訳ないけど、ブラックはちょっとなあ……


「どうも……」


 俺は、宇佐山から缶コーヒーを受け取ると、単刀直入に聞いた。


「何で転校したお前の願いが、イドの怪物になったんだ?」


 宇佐山が缶コーヒーのタブを開けながら答える。


「何でって、正直、俺も困惑してるんだが、叶わない願いってのは未練でもあるからな……長いものだと10年ちかく、『場所』や『物』に留まり続けるらしい」

「そうなんだ……」


 いわゆる残留思念というやつだろうか? 地縛霊……みたいな?


「ちなみに、今回、イドの怪物化したのは、俺が去年の夏ぐらいに、叶えたかった願いだな」

「それで、その願いってのは……?」

「そう急くなって。お前やスグルと、もっとサッカーがやりたかった……そんな感じだよ」


 宇佐山はそう言うと、照れくさそうに首筋を搔いていた。

 そんな宇佐山を見ていたら、今まで胸の奥にしまっていた感情が溢れ出して……


「一緒にサッカーがやりたかったんなら、普通に進学すれば良かったじゃないか!?

 何か事情でもあったのか!? だったら相談してくれたって……」


 気付けば宇佐山の両肩を掴んで、大声で捲し立てていた。

 そんな俺を、宇佐山がまあまあといった感じで宥める。

 そして、何も言わず自分の足を指さした。


「お前……足……?」

「気付かなかっただろ? まあ、普通に日常生活を送る分には問題ないし、気付かれないように演技してたからな」


 まったく気付かなった。気付けなかった事がたまらなく悔しかった。

 苦々しい顔をして拳を握りしめる俺に、宇佐山が言った。


「そういうつもりで言ったんじゃなかったんだがなあ……俺は怖かったんだよ。怪我の事を告白する事で、お前らとの関係性が変わっちまうのが……だから逃げた」

「逃げた?」

「そう、逃げた……まあ、いずれ上京して、一旗揚げたいと思ってたのは本当だし、サッカーだって、シュートがオレグ・ブロヒンみたいだとか、ドリブルがクリス・ワドルみたいだとか、お前はよく褒めてくれたけど、お前の兄貴やスグルには、逆立ちしたって敵わないのは分かってたからな。まあ遅かれ早かれ、どこかで見切りは付けてたさ……」

「そう……だったのか?」

「ハハハ……ダッセェよな。何かを諦めて前に進むのが大人になるって事なら、大人になんかなりたくないな……」


 笑ってくれていいんだぜ……そんな顔をしていた宇佐山に俺は言った。


「俺は正直に言うと、お前の事が憎たらしかったんだよ。エスカレーターを降りて、都内の高校に入学したお前がさ……そうなんだよ。エスカレーターに乗ってるのが嫌だったら、そこから降りる選択肢だってあったんだ。それなのに俺は、自分の立場に甘えて、学園に甘えて、親にも友人にも甘えて……ガキな自分に、『何時になったらお前は大人になるんですか』って文句を言って、それで環境のせいだ仕方ないだろって言い訳して、その繰り返しで……」


 缶コーヒーを一口飲む。やっぱり苦い……


「だからさ……俺は、お前の事、格好良いと思うよ。確かに何かを諦めたのかもしれない。でも、そこでちゃんと一歩下がって、そこからまた新しい道を見付けて進んで行く、お前がさ……」

「そっか、救われるよ……」


 宇佐山はそう言うと、缶コーヒーを一口飲んで、大きく息を吐きた。


「それにしても、康太……お前、ちょっと変わったよな? 男子3日会わざればってやつか?」

「何だよ、いきなり?」

「いや、俺が知ってるお前は、そういう自分の内面みたいのを人に曝け出すヤツじゃなかったから」


 宇佐山が、しみじみと噛みしめるように言う。


「まあ、一日千秋じゃないけど、今日一日で、自分がいかに、ちっぽけかってのが、身に染みて分かったからな……」

「そっか。俺はてっきり彼女でも出来て、一皮剥けたもんかと」

「お、お前、ななな、何を言って……言ってんだだだだ!」


 盛大に舌を噛んだ。


「お、その反応は……お前、彼女できたな? 紹介しろよ!」

「いや、だからもういいだろ!?」

「ハハハ……」


 宇佐山は缶コーヒーをもう一口飲むと、俺に言った。


「この缶コーヒー……やっぱり、ちょっと苦いよな?」


 それから宇佐山は、缶コーヒーの残りを一気に飲み干した。

 そして足を庇うような動作をしてから、ゆっくりと立ち上がる。


「そんじゃあ、後は頼んだ!」

 

 再び、宇佐山が俺に手を差し出す。

 その手を取る前に、最後、ちゃんと聞いておきたかった。


「その、俺が言うのも変だけど、本当にコアを破壊しても良いんだよな?」

「ああ、俺の願いで宇宙が滅ぶなんて悪い冗談だ……それに俺だって、お前らがいる“この宇宙”が好きだし、守りたいんだよ」

「……でも、大切な願いじゃないのか?」

「何を言ってる? あんなのが俺の『願い』であってたまるか! あれは、『呪い』だよ。あんなのが何時までも存在してたら、俺は前に進めなくなる!」

「やっぱり格好良いよ、お前は……」

「……だろ?」


 俺は少し勢いをつけて、宇佐山の手を取った。

 バシッと、力強い音が辺りに響いた。


 (間奏)


 宇佐山が空き缶をくずかごに向けて投げる。

 空き缶は綺麗な放物線を描いて、くずかごの中へ吸い込まれていった。


 そんな感じで、いよいよクライマックスという雰囲気が漂う中……


「そろそろ出てきてもいいんじゃない?」


 軽く伸びをした状態で、自販機の方に視線を向ける。

 すると自販機の裏から、申し訳なさそうな顔をしたマホ子がひょっこりと顔を出した。


「あ、あの……星ヶ崎さん何時からそこに……?」


 宇佐山が、口をあんぐりと開けながら言う。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは、こういう顔の事を言うのだろう。


「えっと、実は、最初の方から居たんだけど、なんだか男の子同士の会話って感じだったから、声を掛けづらくて……」


 マホ子が、小さく舌を出して、頭をコツンッと叩いた。


「まったく、そこにいたんなら最初から……」


 『出てくればいいのに』……そう言いかけて、気付く。


(もしかして、さっきの会話……全部、マホ子に聞かれてた?)


「うわああああ!!!」


 迂闊だった。マホ子の存在には気付いていたのだが、宇佐山との会話に集中するあまり、その事をすっかり失念していた。

 宇佐山との恥ずかしい(青臭い)会話が、脳内で何度もフラッシュバックする。

 俺の脳が、それをブラクラと判断し、強制終了するまで、そう時間は掛からなかった。


 (間奏)


 数分後。俺は、どうにか脳の再起動を終えていた。

 まだ焦点が定まらない瞳で、周囲を確認すると……


「あ、あの、星ヶ崎さん……しばらく会わない間に……その、えっと……」


 宇佐山が、緊張した面持ちでマホ子に話しかけていた。


(そういえば、コイツもマホ子に気がある感じだったな……)


 俺は、目頭を押さえて、一度、深呼吸をすると、宇佐山に言った。


「そういえば、彼女を紹介しろって言ってたよな?」

「ああ、言ったけど……?」


 そっとマホ子に、手を差し出す。


「紹介します。俺の彼女の星ヶ崎マホさんです」

「ど、どうも、ネー君の彼女のマホ子です」


 顔を上記させたマホ子が、俺の手を取り微笑んだ。その瞬間……


「嘘……だろ?」


 宇佐山の表情から一切の感情という感情が消し飛んだ。

 穴の空いたサッカーボールみたいに、力なくヘナヘナと身を屈めていく。


「う、宇佐山……?」


 俺が差し出した手を、宇佐山がパンッと払い除ける。


「俺、この宇宙を破壊する事にしたよ……いやあ、本当に残念だ……」


 宇佐山が立ち上がり両手を広げる。

 その周囲に、禍々しいエフェクトが発生した。


「我、この宇宙の大魔王となり……」

「わあ、待て待て待て!」

「宇佐山君、どうしちゃったの!?」

「我が叶わざる願いを以て……」


 それから、俺たちは、宇佐山の暴走を止めるのに、小一時間を要してしまった……

 宇佐山とバカをしていた、あの頃に少しだけ戻れた気がした。


reunion 完

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