まあ、それなりに冴えたやりかた

「死んだ……これは、どう考えても死んだ……」


(まさか1日に2度も死ぬ事になるなんて……おそらく人類史上初ではないだろうか? 薄れゆく意識の中で俺は……って、まだ意識が、ある!?)


 目を開くと、自分の体が宙に浮かんでいた。いや、厳密に言うとマホ子がステッキに乗って空を飛んでいた。


「あの、マホ子さん……これってどういう状況なんです? それと、もう一人で勝手に飛び出して行ったりしないとか言ってましたよね?」


 一応、断っておくが、決して怒ってはいない。

 むしろ、これでこそマホ子だと、少しホッとしている自分がいたりする。


「えっと、ネー君。アイリちゃんから聞いてない?」

「えっ……?」

『お兄様、申し訳ありません。この件は、マホ姉様から説明をしていただいた方が良いかと思いまして……』


 アイリから慌てた様子で通信が入る。


「そっか。じゃあ私から説明するね!」


 マホ子は俺を両手の平に乗せて、その手を顔を近付けると、とびきりの笑顔を浮かべて言った。


「凄いでしょ! 私、本物の魔法少女になったんだよ!!」


 マホ子をバックに、校舎の窓が一斉に太陽の光を反射する。

 太陽からの風が窓を揺らし、光が乱反射する。

 まるで打ち上げ花火ように、光が中心部から円形に広がっていく。

 窓枠がガタガタと揺れる音が、万雷の拍手のように鳴り響いていた。


(そして、次の瞬間……)

 

 マホ子が両手を、ゆっくりと空に掲げた。

 パノラマ写真のように眼前の景色が一気に開けて、一点の曇もない青空が視界いっぱいに広がる。


 映画だったら、タイトルロゴが出ている場面だろうか。

 タイトルは、そうだな……




 『星ヶ崎マホ子のステキな魔法』なんてどうだろう?




 暫しの余韻……次の瞬間、風はピタリと止み、静寂が世界を支配する。

 物語は、ようやく長い序章を終えた。


「いよいよ本論が始まる」


 (inherit the stars 完)




 それから暫く、呆気にとられていた俺だったが、どうにか状況が飲み込めてきた。


 球体は、未だ微動だにしていない。

 攻撃範囲に入ったら、アイリが連絡をしてくれるらしい。

 まだ時間的な余裕はあるみたいだ。


 俺は、せっかくなので、その間に、マホ子から出来るだけ情報を聞き出しておく事にした。


「ところで魔法(?)って、ステッキで空を飛ぶ以外にも何か使えるの?」

「念動力っていうのかな? すっごく重い物でなければ、飛ばしたり動かしたりできるみたい」


 マホ子はそう言うと、頭のリボンを外し、プカプカと空中に浮かせてみせた。

 残念ながら、あまり戦闘の役には立ちそうにない……


「それで、ステッキはどこから出したの?」


 マホ子が跨っているステッキを指さして聞く。

 カレステのカレンが使っていたものと、ほぼ同じデザインの、先端に大きな太陽のマークがあしらわれたステッキ。


(こんな物、何処に隠し持ってたんだ?)


「ああ、服の中に収納できるようになってるんだよ!」


 マホ子が、俺を肩の上に乗せる。

 そして、服の中に手を突っ込むと、そこから予備(?)のステッキを取り出してみせた。


「そういえばアニメにも、そんな設定があったな……」


 ステッキが折れて大ピンチ……かと思ったら、服の中から予備のステッキを取り出して大勝利!

 カレステ第4話『ムーの大空陸戦』での一幕である。


「うん。完全再現ってやつだね!」


 ちなみにだが、制服や鞄なども服の内部に収納する事が可能らしい。


(服の中がやたらごちゃごちゃとしてたのは、そのせいだったのか……)


 服の中に落ちた時の事を思い出しつつ、「うんうん」と、俺が1人で納得していると……


『お兄様、マホ姉様。球体の攻撃範囲に入ります。申し訳ありませんが、球体の攻撃方法は不明です。お気を付けください』


 アイリから合図があった。

 それを受け、マホ子が気合十分といった感じで拳を突き上げる。


「一緒に頑張ろうね、ネー君!」

「そうだな! あんな球体、パパッと……」

「ネー君、それ戦闘前に言っちゃダメなセリフなんじゃ……?」


 マホ子が冗談っぽく言った。その刹那である。


 ズドドドドドッ!!


 突如として球体が真っ二つに割れ、その割れ目から球体とほぼ同じ大きさの光弾が複数発射された!

 光弾は上空に巨大な円を描き、白煙を引き連れて虚空に真っ白な傷跡を刻む。

 迫る光弾は唸り声をあげながら、俺たちの僅か数メートル先を横切り、轟音とともにグラウンドに墜下した。


 ドガンッ!!


 眩い閃光。グラウンドが赤く焼け爛れ、鼻の粘膜が焦げたような匂いがする。

 急転直下。茫然自失とする俺に、マホ子が叫んだ。


「ネー君、次が来るよ!」


 弾道は鋭利さを増し、剣のような美しい曲線を描く。

 当てずっぽうのように感じられた光弾の軌道が、俺たちに標準を絞りつつあった。


「行くよ、ネー君!」


 マホ子が前傾姿勢になり、杖を握る手を更に強める。

 何時か遊んだ、シューティングゲームのような光景。

 迫りくる光弾を紙一重の所で避けながら、華麗に空中を舞う。


「当たらなければどうということはない……なんてね」


 マホ子の表情に笑顔が戻る。安堵の息が漏れる。

 間一髪、どうにか全ての光弾を避けきった。そう思っていた。


(しかしである……)


「マホ子、後ろ!」


 突如、光弾が進行方向を変え、再び俺たちに迫る。俺たちを追尾する。


「ネー君、私を離さないでね!」

「いや、そんな事、言われても!?」


 『でも、今のセリフ、凄い良かったんで、また別の機会にお願いします』……なんて言っている場合ではなかった!


 きりもみ回転を織り交ぜつつ、マホ子が空中で大きく宙返りを決める。

 動きに付いていけなかった光弾が次々に接触し、炸裂する。破裂する。爆裂する。

 その爆炎に他の光弾が呑み込まれ、誘爆は光弾が尽きるまで続いた。


 ガゴンッ! ズガンッ! ドゴンッ! ドガンッ!!


 どれくらいの時間が経ったろう……

 眩い光と爆音で、鼓膜と網膜は、限界に達していた。


「やった……のか……?」


 風の音が聞こえる。校舎の屋上が見える。

 視覚と聴覚が、徐々に回復していく。笑顔のマホ子が見える。


「ネー君、そのセリフも戦闘中に言っちゃダメなんだよ」


 マホ子が悪戯っぽく唇を尖らせると、人差し指を左右に振る。


「次からは、気を付けるよ……」


 ……気が付くと、光弾は消滅していた。

 どうにか事なきを得たみたいだ。


「ふうっ、さすがに弾切れみたいだね」


 マホ子が額の汗を拭うような動作をしながら言う。


「マホ子の飛行テクニック、凄すぎない……?」


 俺の冷や汗は、腕で拭える量ではなかった。


「夜な夜な1人で頑張ってた、イメトレの成果だね!」

「それって、イメトレじゃなくて、ただの妄想では?」


 膨れ面をしたマホ子が、「もお、ネー君ってば……!」と、言いながら俺の頭を雑に撫でる。そんな中……


『お兄様、マホ姉様!!』


 慌てた様子のアイリから通信が入った。


「どうしたの、アイリ?」

「ヘヘヘ……さっきの私、格好良かった?」


 アイリが更に慌てた様子で叫ぶ。


『……逃げてください!!』


 次の瞬間。激しい轟音が響き、再び球体が2つに割れる。

 そして、その中から……先程よりも大量の光弾が、一斉に発射された!


 ズドドドドドッ!! ズドドドドドドドドドドッ!!!!


「「逃げろおおおお!!」」


 複数の光弾が逃げる俺たちの後を、寸分違わぬ精度で追尾してくる。

 マホ子が、再び、きりもみ回転を織り交ぜつつ、宙返りをした……しかし、今度は何も起こらない。

 光弾はお互いに適切に距離を保ちつつ、ピッタリとマホ子の後を追っていた。


『お兄様、マホ姉様、大丈夫ですか?』

「とりあえずは大丈夫だよ。ただこのままだと……」


 光弾が失速する様子がない……いや、さっきよりもスピードを増している!

 背中がヒリつく。全身の毛が逆立つ。心臓の鼓動が高鳴る。


(さあ、どうする!?)


 このままでは確実に追い付かれる。着弾するのも時間の問題だ。


『分かりました。すぐに帰還を……』

「待ってアイリちゃん。結界内に人は誰もいないし、建物を壊しちゃっても大丈夫なんだよね?」

『そうですが……』

「だったら、私が校舎の方に突っ込んでいって、それで校舎のちょっと前で、ひらっと身を翻したら、光弾がそのまま校舎を直撃したりしないかな!?」


 良いアイデアだと思った。しかし……


『おそらく難しいと思います。光弾の大きさと速度、追尾の正確性などから計算して、校舎から1メートル……いえ、もっと接近した状態で身を翻す事が出来れば可能ですが……事故のリスクが大きく推奨は出来ません』

「そっか、残念……」


 光弾は、マホ子を追尾している。光弾の直径は、約2メートル。そうであれば……


(さあ、どうする!?)


 考えろ!! 考えろ!! 考えろ!! 考えろ!!


「あっ……」


 その瞬間、ふと閃く……

 俺は、背伸びをすると、すぐさまマホ子に耳打ちをした。


「いけそう?」

「うん。任せて、余裕だよ!」


 マホ子がパッと目を大きく見開いて、俺にウインクをした。


「じゃあ、決まりだ。マホ子さん、派手にやっちゃっいましょう!」

「ネー君、私を離さないでね!」


 そう言うが早いか、マホ子はその場で急旋回して、校舎がある方向に進路を変えた。


『お兄様、マホ姉様、いったい何を!?』

「まあ見ててよ、アイリちゃん!」


 そして、そのままスピードを上げて、開けっ放しになっていた部室の窓に、勢いよく突っ込んでいく!


「「イッケエエエエエエエエ!!!!」」

 

 光弾はマホ子の後を、ピッタリと追尾している。

 ……必然。マホ子の後に続いて、部室の窓に突っ込んでくる!


 ガゴンッ! ズガンッ! ドゴンッ! ドガンッ!!


 後方から、耳をつんざくような爆音が鳴り響く。でも……


(決して後ろは振り向かない!)

 

 オカ研の部室に、鍵は付いていない。普通教室も同様だ。


「ネー君、振り落とされないでね!」


 マホ子が念動力で扉を開ける。そして、そのまま廊下へ飛び出すと、校舎の長い廊下を飛行する。

 光弾の直径は、約2メートル。部室の窓も、教室の出入り口も、通り抜ける事は不可能だ!


 ガゴンッ! ズガンッ! ドゴンッ! ドガンッ!!


 廊下から教室へ、教室から廊下へ、何度も何度も蛇行を繰り返す。


 何度も、何度も、何度も……


 爆発した光弾が開けた穴を、次の光弾が通り抜ける。


 何度も、何度も、何度も……


 教室に爆炎が上がる。追尾してきた光弾が、後方の出入口に、前方の出入口に、絶え間なく、弾着していく。誰もいない校舎に爆音が鳴り響く。


 何度も、何度も、何度も……


 一方、校舎の外では、俺たちを後ろから追尾できなかった光弾が、通過した教室の窓に、次々と突っ込んでいた。

 窓ガラスが砕け、衝撃で机も椅子も全てが吹き飛ぶ。

 火花が散り、プリント用紙が紙吹雪のように舞った。そして……


(音がしなくなった)


 廊下の端まで来た所で、俺たちは初めて後ろを振り返った。

 追尾してきている光弾は、もう1つもないようだ。

 破壊された教室の壁から外を見ると、球体がグラウンドに落下し、真っ白な煙が立ち上っていた。


 ……どうやら、今度こそ『本当に』打ち止めらしい。


「ネー君、アレを見て!」


 マホ子が指さす方向を見ると、割れた球体の中心部に別の赤い球体が見えた。


「アレって、やっぱりアレだよね?」

「うん。アレなんじゃないかな?」


 オタクなら、なんとなく分かるアレである。


『お兄様、マホ姉様、あの赤い球体がイドの怪物の『コア』です。コアを破壊すれば、球体は消滅します』

「「やっぱりかあ……」」


 2人の声が、キレイに重なった。


 (間奏)


「でも破壊って、どうすればいいの? ステッキで叩き壊すとか?」

『物理的に破壊する事も可能ですが、もっと確実な方法があります。

ここからがお兄様の出番です!』


fire ball 完

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