魔法少女への序曲
気が付くと、よく見知った丸いテーブルの上で倒れていた。テーブルを囲むようにして配置されている悪趣味な椅子の背もたれ部分が、威圧感たっぷりに、俺を見下ろしている。
「こうも短時間に、2度も意識を失うって、脳へのダメージとか大丈夫なのかな?」
ついでに言えば、気付いたら別の場所にいたという展開も、今日だけで何回目だよって話である。
すっかり転送慣れしてしまっていた俺は、何時の間にかオカ研の部室にいた事や、外が明るくなっている事に驚くでもなく、テーブルに突っ伏すようにして気を失っているマホ子の方へと向かった。
「おーい、マホ子、起きろ!」
そう呼びかけて、マホ子の頬をペチペチと叩く。
「おはようネー君。やっぱりネー君は可愛いねえ……」
寝惚け眼でマホ子が言う。
そんな事より、よだれを拭け! よだれを!!
「おはよう。気分はどう?」
「うん。とっても良い気分だよ……って、えっと、ここって部室!? 私、ネー君の部屋にいたよね!? 外も明るくなってるし!? 何で!?」
マホ子が立ちあがって右往左往している。まあ、これが普通の反応だろう。
「まあまあ、まずは落ち着いて深呼吸でも……」
ピー……ポロロロロ……ガー……
突如、ダイヤルアップ接続をする時のような音が脳内に響いた!
「えっ、何? 怖い怖い! どういう事!?」
突然の事態に、俺も右往左往してしまう。
何が『まずは落ち着いて……』だ。深呼吸をしろ! 深呼吸を!!
そんな感じで、マホ子と一緒に暫くドタバタしていると……
『本日は晴天なり。ただいまマイクのテスト中』
今度は、アイリの声が脳内に響く。
『お兄様、アイリです。すみません。結界内への通信接続は、どうしても時間が掛かってしまいまして』
「アイリなのか?」
「えっ、アイリちゃん?」
マホ子が驚いた顔をする。どうやらマホ子には聞こえていないらしい。
『今、スピーカーに切り替えますね』
頭の中で、ガチャッとスイッチが切り替わるような音がした。
『アイリです。お兄様、マホ姉様、聞こえていますか?』
「おお、ネー君からアイリちゃんの声がする」
興味津々といった感じで、マホ子が俺に顔を近づけてくる。
あの、顔が近すぎてドキドキしちゃうんですけど……
「何で、俺の体から声がしてるの?」
俺は、慌ててマホ子から顔を逸らすと、照れ隠しも兼ねて、アイリに聞いてみた。
『すみません。結界内は、現在、私がいる宇宙とは隔絶されていて……お兄様の体は、私がいる宇宙と結界の両方に、重なり合うようにして存在しており……』
「う、うん。なんとなくだけど、分かったよ……」
とりあえず何も分からないという事が分かった。
俺が、こんがらがった頭を必死にほどいていると……
「一緒に頑張ろう、ネー君!」
マホ子が、俺に手の平を差し伸べる。
「えっと、乗れって事で良いんだよな?」
笑顔で「うんうん」と、頷くマホ子の手の平に乗る。
マホ子は、そのまま俺を肩に乗せて、窓の方へと走っていった。
「ネー君、アレを見て!」
マホ子が、窓の外を指さして言う。
「アレは、えっと……ボール?」
学園のグラウンドに、巨大な白い球体が浮かんでいた。
直径は、おおよそ2メートルくらいだろうか?
気球やアドバルーンとは明らかに違う、まるで錆びた金属のような粗い質感。日の光を浴びて、鈍い輝きを放っている。
どことなく現代アートを思わせるような……そんな不可思議な光景が広がっていた。
球体は、空中に浮遊しているにも関わらず、その場を微動だにしない。まるで空間を歪ませて、その窪みにピッタリと収まっているかのように思えた。
「あの丸いのが、『イドの怪物』なのか?」
すぐに分かった。
「そうだと思う。言葉では説明できないけど感じるの。あそこに叶えられなかった願いがあるって!」
「叶えられなかった願い、か……」
叶えられず、怪物になってしまった願い……それはもはや願いではなく、呪いと呼ばれるものではないだろうか?
「だとしたら、俺がやる事は……やるべき事は……」
俺が決意を新たにイドの怪物を見据えていると、タイミング良くアイリから情報提供があった。
『今回のイドの怪物……以後、『球体』と呼称しましょう。球体は、目標を感知次第、攻撃を開始するタイプと推測されます。一定時間、攻撃を続けると、エネルギー切れを起こして、一時的に行動を停止しますので、その隙に……』
「なるほど。球体に近づいて攻撃を誘い、後はひたすら逃げ回れって事ね?」
『はい。ただし結界の外には出ないでください』
それから暫く、2人の会話を聞いていた俺は、会話が一段落したタイミングで、さっきからずっと気になっていた事をアイリに聞いた。
「ところで、そろそろ元の姿に戻りたいんだけど、どうしたら人間に戻れるの?」
マホ子が露骨に不満そうな顔をする。
いや、この姿だと何にも出来そうにないし……
『申し訳ありませんが、結界内で人間の姿に戻る事は出来ません。ですが、その姿でないと出来ない事があります!』
「そうなの……?」
『はい。頑張ってください、お兄様!』
「うーん……」
グゴゴゴゴゴゴ……
突然、外から大きな音がした。発生源は、球体と考えて間違いないだろう。
まだ、いろいろと聞きたい事はあったが、残念ながら今はそれどころではないようだ。
「それじゃあネー君、しっかりと掴まっててね!」
マホ子が、なにやら決意したような表情で、真っすぐ窓の外を見据えている。
……嫌な予感がした。
「あの、マホ子さん……?」
俺を肩に乗せたまま、マホ子が勢いよく窓を開ける。そして……
「アーイ、キャーン、フラーイ!」
一切の躊躇いなく、飛び降りた!
「マホ子さああああん! この部屋、3階なんですけどおおおお!!」
the sky road 完
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