第12話(3)オパールは自己を少しだけ肯定する
「はああ……」
「……どうしたんだ?」
喫茶店でノートを見つめながら、大きなため息をつくオパールに対し、向かいの席に座った山田が尋ねる。オパールは首を振る。
「いや、なんでもありませんよ……」
「なんでもないということはないだろう」
「いや、こないだの抜き打ちテスト、またもや芳しくない成績で……」
「だろうな」
「ひ、ひどくないですか⁉」
オパールがガバッと立ち上がる。店中の視線が集まる。
「おい……」
「あは、あはは……どーもすみませ~ん」
オパールが頭をペコペコと下げながら腰を下ろす。
「あまり注目は集めるようなことはするなよ……もっともお客さんがさほど多くはない店ではあるが……」
「でもいい雰囲気のお店でしょう?」
「それは否定しない……」
「って、そうじゃなくて」
「ん?」
「ん?じゃないですよ、ひどいですよ、芳しい成績じゃないって言ったら、だろうな、なんて……そこは普通フォローしてくれる流れじゃないんですか?」
「ふむ……」
山田が顎をさする。
「こんなに勉強しているのに……!」
オパールが机に突っ伏す。
「……人にもよるとは思うが、勉強に適した環境ではないんじゃないか?」
山田が店を見回しながら小声で呟く。
「でも、学校の図書館は出入り禁止! ……とまでは行っていませんが、なんとなく利用しにくいですし……」
顔を起こしたオパールは髪を指でくるくるとさせる。
「ああ、騒いだからな……」
「……言っておくけど、パイセンも共犯ですからね……」
オパールがジト目で山田を見つめる。
「う……と、とにかく、勉強は一朝一夕で結果が出るものじゃない、積み重ねが大事なんだ。そう焦るな……言っているそばからお客が増えてきたな……そろそろ出るぞ」
山田とオパールは店を出る。
「それにしても……」
「なんだ?」
山田が隣を歩くオパールに尋ねる。
「結果が出ていないボクが言うのもなんですけど、先輩、勉強を教えるの上手ですよね。家庭教師のアルバイトとかやってたんですか?」
「いや、妹にいつも教えていたからかな……」
「あ、そういえば妹さんいるんでしたっけ? 仲良いんですか?」
「さあ、どうかな……別に普通じゃないか?」
「……妹とお兄ちゃんなら、別にそういうのはないか……」
「そういうの?」
立ち止まったオパールの呟きに山田が反応する。オパールは手を振る。
「いやあ、こっちの話ですよ……」
「気になるな……」
「……気になります?」
「いや、話したくないのなら別にいい」
山田は再び歩き出す。
「実はですね……」
「話すのか……」
山田はややズッコケる。
「劣等感がひどくてですね……」
「劣等感?」
「そう。我が優秀なお姉ちゃんたちに対してです……」
オパールが腕を組んで頷く。
「ああ……」
「エメお姉ちゃんは会社をバリバリ経営してるし、トパお姉ちゃんは料理上手で家庭的、ダイヤお姉ちゃんは自己プロデュース力が高いし、たまに炎上しかけるけど……」
「ははっ……」
「マリンお姉ちゃんは自分で自分の道をガンガン切り開いて行っちゃうし、アメお姉ちゃんは既に成功しているのにその向上心は尽きることがないし……サファちゃんは文武両道をそのまま擬人化したような人だし……」
「擬人化……」
「ああいう凄い人たちを間近で見ていると、つくづく感じるんです。ああ、自分は凡人なんだなあって……」
「……」
「な~んて、つまらない話をしちゃいましたね、忘れて下さい! 帰りましょう!」
オパールはさっと走り出し、見えてきた自宅へと戻る。
「……届いていた荷物、ここでいいか?」
山田がオパールの部屋のテーブルの上に段ボールを置く。
「あ、すみません。いや~時間指定をすっかり間違っていましたよ~。やっぱりダメダメだなあ、ボクってば……」
「……そうやって卑下するものじゃない」
「え? ヒゲ?」
オパールが人差し指を鼻の下に添える。
「……自分をディスるな、癖になってしまうぞ……」
「とは言っても……」
「これはここだけの話だが……エメラルドさんより君の方が『純真』だと思う……」
「え、ボクが?」
「ああ、エメラルドさんはいち早く大人になること、成長することを余儀なくされてしまった面もあると思うがな……」
「うん……」
「トパーズさんよりも『無垢』だ……」
「ええ? トパお姉ちゃんはピュアじゃない?」
「トパーズさんは意外とシビアな面もある。お店の経営者としては必要な資質だが……」
「う、うん……」
「ダイヤモンドさんよりも『忍耐』強い……」
「あ、それはちょっと分かるかも……」
「アクアマリンさんよりも『歓喜』に溢れている……」
「まあ、マリンお姉ちゃん、ちょっとプリプリしているからね……」
「アメジストさんよりも『安楽』さを感じる……」
「アメお姉ちゃん、大変そうだからね。オーディションだなんだって……それもそれで楽しんでいるところはあると思うけど……」
「サファイアさんよりも『希望』を感じる……」
「いやいや、サファちゃんも希望だらけでしょ」
「言い方が悪かった……君の方が未知数な分、より希望が感じられるということだ……」
「お、おお……」
「まあ、敢えて比較をしてみたが、お姉さんたちがダメだということはないし、君には君の良さがあるということを言いたかった。後、君もお姉さんたち同様、美人だと思う……」
「ええっ⁉」
「お休み……」
山田が部屋を出る。
「いやいや、絶対ついでに言うことじゃないでしょ……」
オパールは顔を両手で抑えて、ベッドに倒れ込む。
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