第12話(2)サファイアは調子を取り戻す

「しまった……!」


 サファイアがボールを奪われる。


「カウンター!」


「くっ……」


 このところサファイアは悩んでいた。明確なスランプ状態なのである。体が疲れているというわけではない。もちろん怪我をしているわけでもない。しかし、プレーにはっきりと精彩を欠いているのだ。心理的な問題であろうか。自問自答してもなかなか答えは出ない。


「サファイア!」


「!」


 カウンターを防いだ味方がボールを繋いでくれた。こういう状態でもチームメイトは自分に対して信頼を寄せてくれている。なんとかその信頼に応えたい。そう思えば思うほど、動きが重くなるように感じる。


「逆サイド!」


「⁉」


 聞き馴染みのある声が聞こえ、サファイアはボールを逆サイドに蹴る。走り込んでいた味方に絶妙なパスが通ったかたちになる、相手チームが慌てる。


「しまった⁉ フリーだ!」


 味方のシュートがゴールネットを揺らす。ハーフタイムに入り、サファイアはベンチに下がってきた。監督からの指示が一通り終わったため、サファイアはベンチの端っこに座る。


「ナイスパスでしたよ」


「! や、山田さん⁉ どうしてここに……⁉」


「いや、自分の学校でやっている試合を見にくるのは別に普通のことでしょう?」


「ま、まあ、それは確かにそうですね……」


「このままで後半もイケそうですね」


「そう簡単にはいかない相手ですが……しかし……的確なコーチングで狭くなっていた視野を取り戻せた気がします。感謝します」


「あれ? 聞こえていました?」


「ふふっ、毎日聞いている声ですから……」


 サファイアはグラウンドに入る。試合はサファイアの所属チームが勝利した。


「……ふむ、参りました」


 チェス教室でサファイアが頭を下げて投了する。


「‼」


 サファイアの敗北を受けて教室中がざわつく。


「サファイアちゃんが負けた。あの道場破り、相当な実力者だな……」


「それもそうだが……サファイアちゃんの調子も最近悪くないか?」


「それは確かにそうだが……」


「天才少女もピークが過ぎたってことかな?」


「お、おい、馬鹿、聞こえたらどうする……!」


「……聞こえていますよ」


 サファイアがボソッと呟きながら、教室のウオーターサーバーで水を飲む。


「素人考えで恐縮なのですが……」


「……伺いましょう」


 自分の側に立った山田の呟きにサファイアが反応する。


「基本に立ち返ってみては?」


「基本……」


「いや、あくまでも素人意見です」


「いえ、参考になりました……すみません、もう一局よろしいですか?」


 サファイアが道場破りに歩み寄り告げる。


「構いませんが……」


 サファイアが席に座り、もう一局始まる。


「……チェックメイト」


「むうっ……」


「……おおっ!」


 サファイアの見事な勝利にチェス教室が再びざわつく。


「さすがは天才少女、見事な差し回しだ! 俺は信じていたぞ!」


「お、お前なあ……」


「ふう……」


 サファイアが一息つく。


「……やっぱりスランプは心理的な問題だったのではないでしょうか?」


 自宅のサファイアの部屋で、二人で格闘ゲームをしながら山田が考えを述べる。


「心理的な問題……」


「いや、これこそまさに素人考えなのですが」


「いえ、あながち間違ってはいないと……思います!」


「うおっ⁉」


 山田のキャラがあっという間にKOされる。サファイアが笑みを浮かべる。


「上手くいきました……」


「な、なんというコンボ……」


「今のをを忘れない内にもう1ゲーム行きましょう」


「もう少しこう……手心といいますか……」


「却下です。勝負事に手は抜きません」


 サファイアが眼鏡をクイっと上げて呟く。


「ふむ、まったく手も足も出ませんでした……」


「……対戦ありがとうございました」


「あ、ありがとうございました」


 サファイアが頭を下げてきたので、山田も頭を下げる。


「今日一日、ご一緒してもらって、大分調子が戻ってきました……」


 サファイアが肩を抑えて腕をぐるぐると回す。山田が微笑む。


「それはなによりです」


「的確な助言のお陰です。昼間のサッカーもそうでしたが……」


「それはちょっと違うと思いますよ」


「え?」


「チームメイトの皆さんが、サファイアさんを信頼していたからだと思います」


「信頼……」


「ええ、ボールを回してくれたり、パスが来ることを信じて走り込んでくれたり……」


「ふむ……」


 サファイアが顎に手を当てる。


「これもサファイアさんとチームメイトの皆さんとの厚い『友情』が存在していたからではないかと思います」


「ほう……ではチェスは?」


「迷ったら基本に『忠実』に……なんにでも通じることではないでしょうか?」


「確かにそれはそうですね……」


 サファイアが深々と頷く。


「もちろん、サファイアさんの弛まぬ努力があればこそですが……」


「褒めても何も出ませんよ……」


「いえ、本心から言っています」


「え……?」


「サファイアさんの何事に対しても真面目で、かつひたむきなその姿勢……同年代ながら尊敬の念を禁じ得ません」


「そ、そうですか……」


 サファイアが眼鏡の位置を何度も直す。山田が首を傾げる。


「どうかしましたか?」


「いえ、案外、そういうことを面と向かれて言われたことがないもので……どういう反応をすればいいのか……」


「はい?」


「も、もう少し対戦しましょう!」


「は、はい、ただ、もう少し『慈愛』の心が欲しいです……」


「ふふっ、それは無理な相談です……」


 サファイアが優しく微笑む。

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