第11話(4)アクアマリンは照れを隠す

「どういうこった⁉」


 喫茶店のテーブルをバンと叩いてアクアマリンが立ち上がる。


「……」


「おい!」


「………」


「黙ってちゃあ分からねえだろう!」


「……大声を出すな、マリン。周りに迷惑だろう……」


 アクアマリンと同じバンド、『ブランニューパレット』のメンバーでドラム担当の女性、ランドが口を開く。


「! す、すんません……」


 アクアマリンは周囲の客や店員に謝りつつ、席に座る。


「…………」


「で? なんだってバンドを辞めたいとか言い出すんだ?」


「……この間、レコード会社に呼ばれた時……」


「ああ、スタジオに行ったな……」


「レコーディングを見学させてもらっただろう」


「ああ……」


「それで……自信を失ってな……」


「はあ?」


「自分はプロでやっていけるのかという気持ちになったんだよ……」


「ふむ……」


「こういう気持ちの奴がドラムを叩いていても悪影響だ……」


「……くだらねえ」


「え?」


「いいか、ランド? そのデカい図体はなんのためにある?」


 アクアマリンがランドの大きな胸を指差す。


「デ、デカいって……」


「その体を存分に活かしたパワフルなドラミングがお前の武器なんだ」


「パワフルさだけでは……やはり技術がないと」


「技術なんて二の次だ」


「!」


「そんなものは場数を踏めばいくらだって上達する。一つでも立派な武器があるんだからビビってんじゃねえよ」


「ふっ……」


「なにがおかしいんだよ?」


「いや……お前は強いな……悪かった、今の話は忘れてくれ。弱気になっていたようだ……」


「分かりゃあ良いんだよ……それじゃあな。テラからファミレスに呼ばれてんだよ」


「ああ……」


「……はあ⁉ 辞めたい⁉」


 ファミレスのテーブルで向かい合って座る、バンドメンバーでベース担当のテラが話す。


「やっぱり、将来にどうしても不安が……」


「メジャーデビュー寸前ってところまで来てんだぞ? 何が不安なんだよ?」


「いやあ、こういうこと言っちゃうとアレだけど……売れる保証はないでしょう?」


「ふっ……」


 アクアマリンが笑う。意外な反応にテラが目を丸くする。


「え? 笑うとこ?」


「さすがは我らがベーシスト……物事を落ち着いて見ているな」


「そ、そう?」


「別にな、兼業でも構わないんだよ」


「ええ⁉」


「今の時代、本業以外に副業を持っている社会人なんて山ほどいるだろう?」


「そ、それは……」


「スケジューリングは向こうとも相談すればなんとかなるさ。な?」


「うん……ごめん、変なこと言い出して……」


 テラが涙を拭う。アクアマリンが席を立つ。


「良いって。オレの分は払っておくから……じゃあな、スカイから居酒屋に呼ばれてんだ」


「うん……」


「……辞めたい⁉」


「うん♪」


 アクアマリンと向かい合って座る小柄な女性、スカイがジョッキのビールを飲み干して頷く。彼女もバンドメンバーでギター担当である。


「うん♪ってにこやかに言われてもな……どうしてまたそんなことを?」


「いやあ、今どき、音楽でそんなに稼げるかなあって……」


「ほう……じゃあ、何をするつもりだ?」


「インフルエンサーかな? マリンのお姉ちゃんみたいに!」


「あのなあ、配信者稼業は結構過酷だぞ? 常に数字に追われているようなもんだ」


「そうなの?」


「そうだ。その点、音楽は一発当てればデカいぞ、印税が。毎日撮影・編集に追われるくらいなら、一日のレコーディングでヒットを出す方がタイパもコスパも良いと思わないか?」


「……うん、そうだね! 分かった! 辞めるのを辞めるよ!」


「賢明な判断だ……それじゃあ飲もうか。お姉さん、注文いいですか?」


 アクアマリンが手を挙げ、店員を呼ぶ。


「……それはまた大変な一日でしたね……」


「ホントだぜ、四人中三人が同じ日にバンド辞めたいとか言うか?」


 自宅のリビングでアクアマリンが肩をすくめながら水を飲む。山田が口を開く。


「アレじゃないんですね?」


「アレ?」


「ドッキリとか……」


「どんなドッキリだよ、心臓に悪りいよ」


「すみません……」


 山田が頭を下げる。


「いや、別に謝んなくても良いけどよ」


「でも、将来的にはあるかもしれないですね。そういうドッキリが企画されるような人気あるバンドになるかも……」


「ああ……」


「もちろんドッキリの内容はまた違ったものになるでしょうけど」


「そう願いたいね。ってか、その時はオレも打ち合わせに参加するわ」


「それじゃあヤラセになっちゃうじゃないですか」


「あ、そうか」


「そうですよ」


 山田とアクアマリンが顔を見合わせて笑う。


「……まあ、三人とも思い留まってくれて良かった。けど……」


「けど?」


「また似たようなことになったら、その時は引き留められるかね……」


 アクアマリンが不安気な表情になる。


「……大丈夫ですよ」


「え?」


「ランドさんはアクアマリンさんの『勇敢』なところ、テラさんは『沈着』したところ、スカイさんは『聡明』なところに触れたので、それぞれ安心したと思います……」


「! そ、そうか……?」


「そうです。信頼をより強固なものにしたと思いますよ」


「そんなに信頼されているかね……?」


 アクアマリンが首を傾げる。山田が声を上げる。


「ええ、だから自信を持って下さい!」


「自信……」


「自信たっぷりなアクアマリンさんの姿、とってもカッコいいですよ?」


「⁉ あ、あ~! 曲のアイディアが降ってきたから部屋に戻るわ、お休み~」


 アクアマリンは照れくさそうに席を立ち、手を振ってリビングを後にする。

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