第11話(2)トパーズは恥じらう
「う~ん、そう言われてもな~……」
「大将、そこをなんとかよろしくお願いします!」
「う~む……」
ラーメン屋の大将は腕を組む。男性がグッと詰め寄る。
「これは良い宣伝になります!」
「でもよ……悪いけど、俺はテレビとか新聞とかじゃねえと分からねえんだ……」
大将はもらった名刺を見ながら首を傾げる。
「そういったものよりも、今や我々のようなネットメディアの方が主流ですよ!」
「ネ、ネット……? 困ったな、ますます分からねえ……」
「もはや我々の方が高い影響力を持っているといっても過言ではありません!」
「そ、そうなのかい?」
「そうなんです!」
「う、う~ん、こういう日に限って母ちゃんが休みだしな……」
「こういう機会はそうそうありません! 大将、ご決断を!」
「おはようございま~す!」
トパーズが店に入ってくる。
「おおっ、トパーズちゃん、おはよう……」
「? どうかされたんですか?」
トパーズが男性と大将を交互に見ながら尋ねる。
「いやな……」
「私、こういうものです!」
男性が名刺をトパーズに渡す。トパーズが名刺を見て呟く。
「ネットメディアの……」
「いや、こんな美人さんが店員さんというのも、大きなプラスポイントですよ! きっと大バズりすること間違いなしです!」
「バ、バズり……?」
興奮気味にまくし立てる男性に対し、大将は困惑する。
「……お断りします」
トパーズがキリっとした顔で伝える。男性が戸惑う。
「な、何故⁉」
「貴方がたのサイトはよく存じ上げています。影響力は大きいですけど、あのラーメン評論家の方に食べていただくことになるんでしょう?」
「え、ええ、そうですが……」
「あの方は少々……いや、かなりオーバーな表現を多用されます。この店の良さ、味のこだわりを正しく伝えてくれない可能性の方が高いです」
「い、いや、それは……」
「もう一度言います。取材はお断りします」
トパーズが男性の目を見て、はっきりと伝える。
「あ、後で後悔することになっても知りませんよ?」
「この店の良さは既に十分に知れ渡っています。頻繁にではありませんが、お客さんがSNSで発信してくれていますから。今の世の中、貴方がたを介さなくても宣伝する手法や機械はいくらでもあります」
「そ、それは……で、ではこういうのはどうでしょう? 『美人七姉妹の次女、現在武者修行中!』というのは?」
「はあ……やはり、そういう手合いですか……」
トパーズがため息をつく。男性が続ける。
「近い将来お店を出すおつもりなら宣伝はしておいた方が良いですよ? スポンサーの方も見つけやすくなりますし……」
「余計なお世話です! お帰り下さい!」
「あ、は、はい……」
トパーズが男性に退店を促す。トパーズの迫力に圧された男性はすごすごと店を出る。
「大将! お塩持ってきて下さい! 店先に撒きますから!」
「お、おう……」
「……なんてことがありまして……」
「それは大変だったわね……」
その後、店の二階で休んでいる奥さんとトパーズが話す。
「すみません、わたしの独断で断ってしまって……」
トパーズが頭を下げる。奥さんが手を振る。
「いいのよ、大将はどうせネットのことは分かんないだし、正直アタシもよく分からないけれどね。トパーズちゃんがいてくれて良かったわ」
「はい……出来ました」
トパーズが料理を奥さんのもとに持っていく。
「ああ、おかゆね」
「はい、風邪にはおかゆが一番です」
「いただきます……」
奥さんがおかゆを口に運ぶ。
「……」
「うん、美味しい!」
「本当ですか?」
「ええ、これならすぐ元気になるわ」
「良かった……」
トパーズが胸の前で両手を組む。
「……そんなことがあったんですか」
「そうなのよ~」
その日の夕方、自宅のダイニングとキッチンで山田とトパーズが話す。
「ふむ……」
「わたし、やっぱり出過ぎた真似だったかしら?」
ダイニングに来たトパーズが首を傾げる。
「いや、奥さんが良いと言っているなら別に良いんじゃないですか?」
「そうかしらね……」
トパーズが頬に手を添える。山田が告げる。
「そのサイトだったら俺も何度か見たことがあります。素人目にもちょっと過激なことを言って、人目を引こうとするような狙いが感じられましたから……無理に取り上げてもらえなくでも良かったんじゃないかと思います」
「どうであれ、お店の宣伝には繋がったんじゃないかしら……」
トパーズが俯く。
「……大丈夫ですよ」
「え?」
トパーズが顔を上げる。
「大将、奥さん、そして、トパーズさんの持つ誠実さがお客さんにはしっかりと伝わり、お店の更なる成功に繋がります」
「! そ、そうかしら?」
「ええ、きっと」
山田が深々と頷く。
「そう……」
「それより、奥さんは大丈夫そうなんですか?」
「うん、さっきもRANEが来たんだけど、ひと眠りして、すっかり良くなったって」
「そうですか、それはなによりです」
「ええ、本当に……」
「これもトパーズさんの料理の力ですね」
「え? 嫌だ、大げさよ~」
トパーズが手を振る。
「いえいえ、まぎれもない本心ですよ」
「そ、そう?」
「ええ、俺もトパーズさんの愛のこもった手料理なら毎日だって食べたいです」
山田が笑顔を見せる。
「! ま、毎日……?」
トパーズの顔がボッと赤くなる。
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