第11話(1)エメラルドは温りを感じる

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「はい……はい……」


 オフィスでエメラルドが受話器を片手に頷く。受話器の向こうからは怒声が聞こえる。


「~!」


「……怒鳴られても決定に変更はありません」


「~~!」


「アタシ……私には会社の社員たちを守る責務がありますので……」


「~~~!」


「高い確率で不利益を被りそうなプロジェクトには乗れません」


「……」


「……泣き落としは通用しませんよ?」


「………」


「……ですから、どうしてもというのならよそ様を当たって下さい」


「…………」


「とにかく、我が社はお断りします」


「~~~~!」


「後悔するぞ? そのお言葉そっくりそのままお返しします」


「~~~~~!」


「なんとでもおっしゃって下さい。これが私のやり方ですから」


「~~~~~~!」


「! か、考えを改めるつもりはありません」


「~~~~~~~!」


「はい、失礼します。どうもご苦労様でした。今後の御社の幸運をお祈り……あ、切れた……ったく、聴力が悪くなったらどうしてくれんのよ……」


 エメラルドは受話器を置き、ウンザリしたような顔で耳を抑える。秘書が席を立って、エメラルドのデスクに近づき、頭を深々と下げる。


「申し訳ありません……私の段階でお断りしておくべきでした」


「いいのよ、こういう手合いは直接話しておかないと、後で何を言われるか分かったものじゃないから……もっとも、後があるとはとても思えないのだけどね」


 エメラルドが苦笑する。秘書が告げる。


「お電話中にPCの方へ資料を送らせていただきました。ご確認をお願いします」


「オッケー……って、こんなに⁉」


 あまりの量にエメラルドは目を丸くする。


「はい」


「お、多くない?」


「数件分ですから……とはいえ、目を通して頂けないと……」


 秘書が眼鏡のフレームを触りながら若干困り顔を浮かべる。


「いや、ごめんごめん、ちゃんと確認するわ」


「お願いします」


 秘書は再度頭を下げ、自らの席に戻る。


「ふう……」


「………………」


 しばらく無言の時間が流れる。


「……あ~! 確認終了!」


「いかがでしょうか?」


「問題なし、全てこのままで進めて」


「かしこまりました」


 秘書がPCを手際よく操作する。


「う~ん、あら、もうこんな時間……」


 エメラルドが伸びをしながら呟く。秘書が応える。


「仕事が忙しいと、時間が経つのがあっという間ですね」


「あんまり忙しい日ばかりでも困るけどね」


 エメラルドが苦笑いをする。


「会社が忙しいのは結構なことではないでしょうか?」


「まあ、それはそうなんだけどね……もう今日は終わりかしら?」


「ええ、……今終わりました」


 秘書がPCから目を離し、エメラルドに向かって頷く。


「そう、ご苦労様」


「お疲れ様でした」


「ねえ、今日は一杯どう?」


 エメラルドがグラスを傾けるジェスチャーをする。


「すみません、今日は先約がありますので……」


「え? 誰と?」


 エメラルドが首を傾げる。秘書が間を空けて答える。


「……知人です」


「知人って、絶対男でしょ?」


「……プライベートですから、これ以上はお答えする義務はありません……」


「む……」


「それでは失礼します……」


 秘書がオフィスを出る。


「帰るの早っ! ……しょうがないなあ……」


 エメラルドが端末を操作する。


「それで俺ですか……」


 バーでエメラルドの隣に座る山田が若干呆れた視線を向ける。


「みんなの夕食はトパが用意してくれてんでしょ?」


「みんなとご飯を食べましょうよ」


「今日はちょっと飲みたい気分なのよ」


「俺を呼んだ意味は?」


「……都心で独り酒なんて寂しいじゃないの」


「お友達を呼んだら良かったんじゃないですか?」


「自宅に人は上げたくない」


「はあ……外で飲むのは?」


「面倒くさい」


「ええ……」


 山田が困惑する。


「それに……」


「それに?」


「この歳になってくるとね、友達は皆色々と忙しそうなのよ……やれ彼氏だ、旦那だ、子供だ、不倫相手だ……」


「な、なるほど……」


 山田が戸惑い気味に頷く。


「分かってくれた?」


「で、でも、俺は何も出来ませんよ?」


「良いのよ、隣にいてくれれば……」


「は、はあ……」


「……って言われた」


「え?」


「今日、無理難題を断ったら、『冷たい』って言われた!」


 エメラルドが憤慨する。


「そ、そうなんですか……」


「アタシは会社と社員のことを思って判断を下したのよ! それを冷たいってなんなの⁉」


「ま、まあ、向こうにはそう思われたんでしょう……」


「なんで捨て台詞でアタシが損した感じにならないといけないのよ!」


「『幸運』、『幸福』、『愛』、『希望』……」


「え?」


「エメラルドさんの宝石言葉です。それらが備わっている貴女が冷たいはずありません」


「! ふ、ふ~ん、なかなか分かっているじゃないの……」


 エメラルドが笑みを浮かべながら頬杖をつく。

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