第10話(4)気の合う七人

                  ♢


「……ここは会員制のレストランだから、部外者は入れないわ」


「はあ……」


 都内某所の高級レストランの個室でエメラルドと山田は向かい合う。


「なんでも好きなものを頼んでいいわよ」


「いや、そう言われてもですね……」


 山田が戸惑う。エメラルドが微笑む。


「遠慮しなくていいのよ」


「それじゃあ、『シェフの気まぐれサラダ』で……」


「そんなので良いの?」


「朝っぱらから肉料理はちょっと……」


「ふっ、謙虚ね……」


「いや、そういうわけじゃなくてですね……」


「その謙虚さがアタシたちには必要なのかもしれないわね……」


「え?」


「これは君さえ良かったらなのだけれど……」


 エメラルドが言いにくそうに話す。


                  ♢


「さあ、召し上がれ~♪」


 山田のテーブルにトパーズが肉料理を持ってくる。


「こ、これは……?」


「『シュラスコ』よ」


「シュラスコ?」


「南米の肉料理よ」


「な、南米ですか……」


「そう、このブラジル料理店もわたしがアルバイトさせてもらっているの」


「ワ、ワールドワイドですね……」


「さあ、どうぞ♪」


「いや、まだ昼前にこういう料理は……うん? この匂いはもしかして……?」


 トパーズが笑顔で頷く。


「お察しの通り、わたしが味付けのアイディアを提案させてもらったわ」


「そ、そうなんですか……」


「その察知力、さすがね……」


「はあ……」


「山田君、貴方が決めることなのだけど……」


 トパーズが真面目な表情で話す。


                  ♢


「動画は見てくれた?」


「ええ……」


「どうだったかな?」


「面白かったです」


 喫茶店で向かい合って座る、ダイヤモンドからの問いに対し、山田が答える。


「そうか、それは良かった。なにか頼みなよ、ここはランチもなかなか美味しいんだ」


「いや、もう大分お腹一杯でして……」


 メニューを指し示すダイヤモンドに対し、山田が軽く手を挙げて断る。


「そうなの?」


「ええ、すみません」


「まあ、それは良いんだけどさ……それよりあの動画の良さが分かるとは流石のセンスだ」


「は、はあ……」


「これは君に決定権のある話なんだけどさ……」


 ダイヤモンドが髪の毛先を触りながら話す。


                  ♢


「……食わねえのか?」


 かつ丼を頬張りながらアクアマリンが山田に尋ねる。山田は腹を抑えながら答える。


「ちょっとお腹一杯でして……」


「そうか」


「はい、すみません……」


「別に良いけどよ。ここのかつ丼は結構上手いぜ、今度食べてみろよ。きっと気に入る」


「はあ、かつ丼とか食べるんですね……」


「ああ、大事な勝負に『勝つ』って意味を込めてな」


「ゲン担ぎ……ある意味ロックなのかな?」


「なんか言ったか?」


「いいえ、なんでも」


 山田が首を振る。かつ丼を食べ終えたアクアマリンがお茶を飲んで、改めて口を開く。


「これはお前が決めることだけどよ……」


                  ♢


「わざわざ呼び出して悪かったわね」


「いえ……」


 都心のオシャレなカフェでアメジストと山田が向かい合って座る。


「本来ならこちらから出向くべきなのだけど……」


「いえ、お忙しいようなので、別に大丈夫ですよ」


「そう言ってもらえると助かるわ……食べないの?」


「ああ、今ダイエット中でして……」


「それは感心なことね。そういう真面目なところが私たちには必要なのかも……」


「はい?」


 アメジストが座り直し、山田をまっすぐに見つめて話す。


「……これは貴方が判断することなのだけれども……」


                  ♢


「……すみません、わざわざ足を運んで頂いて……」


「いえ、大丈夫です」


「これはルーティンなので、どうしても外せないのです……」


「本当に大丈夫ですよ」


「……どうもお待たせをしました」


 トレーニングをひと段落させたサファイアが山田に向かって頭を下げる。


「お疲れ様です」


「……どこかでコーヒーでも飲みますか?」


「い、いや、せっかくのお誘いですが結構です」


「そうですか?」


「げ、減量中なんですよ」


「ほう……そういうストイックな姿勢が自分たちには欠けているのかもしれませんね……」


「えっと……?」


「山田さん、これは貴方の意思が最も優先されるべき話なのですが……」


 サファイアが姿勢を正し、山田に向かって話す。


                  ♢


「ふう……」


「あれ、山田パイセン⁉ 休みじゃなかったんですか?」


 学校に立ち寄った山田にオパールが声をかける。


「……帰るつもりだったんだが、たまたま近くを通ってな……」


「そうなんですか。実はパイセンに話があったんですよ……」


「なんだ?」


「えっと……バーガーでも食べに行きます?」


 オパールが後頭部を掻く。山田が自らの腹をさすりながら苦笑する。


「いや、あいにく腹一杯でな……」


「そうなんですか……じゃあ、単刀直入に言います! ボクらの家に戻ってきて下さい!」


「ああ、分かった」


「い、良いんですか⁉」


 オパールが驚く。山田が笑う。


「さすがは七姉妹……皆、同じ日に同じ話をするんだな……」


                  ♢


 山田が長テーブルの短い辺に置かれた椅子に座る。それを見て、エメラルドが声を発する。


「それでは……いただきます」


「いただきます」


 山田と向かい合う場所の椅子に座ったエメラルドに続いて、左右両側に三人ずつ座った六人の妹たちが食前のあいさつをする。昼食以外、朝食と夕食はよほどのことが無い限りは、七姉妹揃って食事をすることがこの家の大事なルールの一つである。七人は山田が用意した夕食をそれぞれ口に運ぶ。


「うん、これこれ、この味よ、美味しいわ♪」


「ありがとうございます」


 山田がほっぺたを抑えるトパーズに対して頭を下げる。


「……食事のメニューがまたちょっと違うようだね? なんだか豪華なような……」


 ダイヤモンドがテーブルの上に並べられた料理を見ながら山田に尋ねる。山田が答える。


「晴れて戻ってくることが出来ましたので、お祝いの意味を込めたメニューです。自分で言うのもなんですが……」


「そうだね~大事な復帰の日だ」


「ふふっ……」


「なにがおかしいんだ?」


 笑う山田にアクアマリンが尋ねる。


「いえ……まさか皆さんが同じ日に同じようなことを言って下さるとは……仲良しだなあと思いまして」


「別に……ただの偶然でしょ」


「そんなに冷てえことを言うなよ」


 アメジストの反応にアクアマリンが苦笑する。サファイアが呟く。


「ふむ……七姉妹というのはやはり思考回路が似通うものなのでしょうか?」


「じゃあ、頑張ればボクもサファちゃん並みになれるんだね!」


「……前言撤回です」


「酷い!」


 オパールが声を上げる。アメジストが口を開く。


「でも、よく戻ってくる気になったわね、一方的に解雇を通知した私たちの下へ」


「それぞれ謝罪の言葉も頂けましたし……それになにより……お金の問題が」


「ああ、世知辛いわね……」


 トパーズが苦笑いを浮かべる。エメラルドが口を開く。


「スキャンダルの問題などはこちらで色々と根回しをしておく。今後もよろしく頼むよ」


「はい、こちらこそよろしくお願いします!」


 山田が元気よく返事する。彼の家政夫生活がこうしてまた始まった。

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