第5話(4)アクアマリンの野望

「マリン、お疲れ~」


「お疲れ……」


「ああ、お疲れさん」


 アクアマリンがテラとランドに手を振り、ライブハウス前から歩き出す。山田が尋ねる。


「良いんですか?」


「なにが?」


「いや、皆さんで打ち上げとか……」


「今日は疲れた。後日あらためてな……」


 アクアマリンが肩をすくめる。


「そうですか……」


「なんだ? 参加したかったのか?」


「い、いや……」


「ダメだぞ~酒は二十歳になってからだ」


 アクアマリンが笑う。


「いや、俺は参加しなくても良いんですが……」


「何を言ってんだよ、今夜のMVPが!」


「え?」


「え?じゃねえよ! なんだよ、オレらの曲に耳コピだけでついてこれるとか!」


 アクアマリンが山田の胸を軽く肘打ちする。


「多彩な曲で驚きました……」


「だろ?」


「一曲目はゴリゴリのロックで……」


「あれはアメリカっぽいサウンドを意識してみた」


「USロックってやつですか」


「そうなるかな」


 アクアマリンが頷く。


「二曲目はどこか浮遊感を漂わせていて……」


「あれはグラスゴーの雰囲気を意識してみた」


「グラスゴー? スコットランドですか?」


「そうなのか?」


「し、知らないんですか?」


「なんとなく言ってみただけだ」


「言ってみただけって……」


 山田が困惑する。


「良いんだよ、ノリが大事なんだ、こういうのは」


「はあ……」


「まあ、あえてジャンル分けするならUKロックかな」


「USにUK……」


「北米と欧州だな。やっぱロックをやるなら、この二つの地域は無視出来ねえからな」


 アクアマリンが二本指を立てる。


「対して三曲目はなんというか……」


「和!って感じがしただろう?」


「はい……」


「あれはいわゆるJ‐ロックってやつかな」


「確かに日本人が好きそうなメロディーでした」


「まあ、まずは日本でウケなきゃ話にならないからな」


「いや、本当に多彩なサウンドですね」


 山田が感心する。


「それがオレらの強みだぜ」


 アクアマリンが胸を張る。


「なるほど、そうか……」


 山田が顎に手を当てて頷く。


「なにがなるほどなんだよ?」


「いや、バンド名です」


「ん?」


「ブランニューパレット……新品のパレットってことですね」


「ああ」


「パレットのように色を混ざり合わせると……」


「まあ、大体そういう感じだ」


 アクアマリンが鼻の頭をこする。


「本当に様々な“音色”を感じました」


「へっ、なかなかうまいことを言いやがるな……」


「レコード会社の方とはなにを?」


「ああ、良ければ後日お話でも……という感じだよ。さっきも言ったが、お目当ては他のバンドだったからな。ついでに声をかけてみるかっていう感じだよ」


「良かったじゃないですか」


「いいや、これからだ……」


「え?」


「ようやくスタートラインに立ったってところだよ」


「そ、そうですか……」


「ここで気を緩めちゃいけねえ」


「き、厳しいものですね……」


「こんなとこで調子に乗っていたら高みは目指せねえよ」


「高み?」


「ああ、オレらは世界を狙っているからな」


 アクアマリンが夜空を指差す。


「せ、世界⁉」


「へえ……笑わねえんだな」


「ス、スケールの大きい話で驚きまして……」


「ああ、そっちか……呆れたんだな」


 アクアマリンが苦笑する。


「い、いいえ、違います」


 山田が首を振る。


「え?」


「笑いませんよ、アクアマリンさんたちの音楽には大いなる可能性を感じます」


「!」


「決して夢物語ではないと思います」


「へっ、お世辞でもありがたいね……」


「お世辞ではありません、本心で言っています」


「! お前……」


 アクアマリンが山田を見つめる。山田は真っすぐにアクアマリンを見つめ返す。


「ただ……」


「ただ?」


「少し気になることが……」


「気になること?」


 アクアマリンが首を傾げる。


「ええ、三曲目なんですが……あのサビ前のフレーズ……」


「ああ、あそこか」


「あの部分、もっと溜めを作った方が、サビの爆発力に繋がるのかなと……」


「……」


「あ、す、すみません……素人が出過ぎたことを……」


「……いや、良いぜ」


「はい?」


「なかなか鋭いセンスしているじゃねえか」


「あ、ありがとうございます……」


「もっとそういうのを聞かせてくれよ。客観的な意見を……オ、オレの部屋でな」


「ええっ⁉」


 山田は足早に歩いていくアクアマリンの背中を啞然とした顔で見つめる。

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