第5話(2)一応の手配

「なんだよ?」


 視線に気づいたアクアマリンが尋ねる。


「いや、大丈夫かと思ってな」


「なんだそれ、大丈夫だよ」


 アクアマリンが笑う。エメラルドが重ねて問う。


「本当か?」


「本当だよ」


「それなら良いが」


「さて、オレもそろそろ出かけるわ」


「マリンちゃん、今日は遅かったんだっけ?」


 トパーズが尋ねる。アクアマリンが頷く。


「ああ、大学で講義受けて、バイトして、夜はライブ。晩飯は要らねえから」


「そう、無理しないでね」


「なんだよ、トパ姉まで」


「顔がこわばっているような……」


「元々こういう顔だよ」


「本当に心配しているのよ」


 トパーズが真剣な目でアクアマリンを見つめる。


「いや、オレも人間だから、ライブ前は緊張もするさ」


「そう……」


「今日は結構大きなライブだからな」


「頑張ってね」


「あんがと。そんじゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


「気をつけてな」


「ああ」


「……大丈夫そうじゃないな」


 アクアマリンの背中を見てエメラルドが呟く。


「そうみたいね……」


 トパーズが心配そうに頷く。


「手配しておくか……」


「え? まさか……」


「そのまさかだ」


「効果あるかしら?」


「アメジストの例もある。まあ、一応さ」


 エメラルドが笑みを浮かべながら端末を手際よく操作する。


「……」


「あれ、マリンじゃん、大学にいるなんて珍しい~」


 派手なメイクをした女性がアクアマリンに話しかけてくる。


「珍しくねえよ、この単位取らないとヤバいからな」


「真面目に勉学する気になったの?」


「なんだその言い方」


「だって単位取らないとヤバいだなんて」


「大学は卒業しないとマズいからな」


「ふ~ん、ダブり上等!ってキャラかと思ってた」


「どんなキャラだよ……」


 女性の言葉にアクアマリンは苦笑する。


「ダブりもマズいの?」


「マズいな、下手すると姉に〇される」


「〇されるって……」


 女性が笑う。


「マジだよ、うちの姉ちゃん、怖いからな」


「ああ、女社長さん、色んなコネがありそうだもんね」


「いや、そっちじゃない」


「え?」


「2番目の姉の方だ……」


「え、あの優しそうなお姉さん?」


「ああ」


 アクアマリンが頷く。


「前、お店にご飯食べに行ったときのお姉さんだよね?」


「そうだ」


「え~怒ったりしなそうのに」


「それが怒ると怖いんだよ……」


「人は見かけによらないね~」


「全くだ」


「……そういや、今日はライブだっけ?」


 女性は立てかけてあるギターケースを見て尋ねる。


「ああ、誰かさんがチケット買ってくれなかったやつな」


「だから~今日はどうしても都合が悪いんだって~」


「冗談だよ……そのうち、チケット取るのも大変なバンドになるぜ」


「はいはい、頑張ってね~」


 女性は自分の席に戻る。その背中を見ながらアクアマリンが呟く。


「見てろよ……」


 大学の講義を終え、バイトをこなしたアクアマリンが足早にライブハウスへと向かう。


「あ、アクアマリンさん」


「!」


 アクアマリンは驚く。バイトの最寄り駅に山田が立っていたからである。


「どうもお疲れ様です」


「お、お前、なんでここにいるんだよ……?」


「いや、エメラルドさんに言われて……」


「エメ姉に? なんて言われたんだよ?」


「色々大変みたいだから手伝いに行けと……」


「なんだよそれは?」


「さあ……?」


 山田は首を傾げる。アクアマリンはその脇を通り過ぎようとする。


「別に手伝うことなんてねえよ」


「あ、そのギターケースお持ちしますよ!」


「オレは人に自分の楽器は触らせねえ」


「そ、そうですか……」


 山田が困った顔になる。アクアマリンは頭をかきむしる。


「……あ~もう、じゃあライブハウスまでな! 大事に運べよ」


 アクアマリンがケースを渡す。


「は、はい! 分かりました!」


 二人は電車に乗る。アクアマリンが車窓の外を眺めながら呟く。


「今夜はよ、大事なライブなんだ……レコード会社のお偉いさんも見にくる」


「え⁉ す、すごいですね」


「オレら目当てじゃなくて、他の出演バンドだけどな」


「あ、そうなんですか……」


「だけど、アピールには絶好の機会だ。オレは音楽で食っていきてえからな」


「はあ……」


「お前もせっかくだから見ていけよ」


「い、良いんですか? そういえばチケットとか持ってないですけど……」


「関係者ってことにすれば一人くらいは入れるさ、手伝ってくれよ、客席でサクラ」


「は、はい……」


 ライブハウスに着くと、一人の女性がアクアマリンを見て声を上げる。


「あ、マリン! スカイが来れないって!」


「はあ⁉」


 アクアマリンが驚く。

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