第5話(1)守秘義務

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 山田が長テーブルの短い辺に置かれた椅子に座る。もはやすっかり定位置となった。それを見て、エメラルドが声を発する。


「それでは……いただきます」


「いただきます」


 山田と向かい合う場所の椅子に座ったエメラルドに続いて、左右両側に三人ずつ座った六人の妹たちが食前のあいさつをする。昼食以外、朝食と夕食はよほどのことが無い限りは、七姉妹揃って食事をすることがこの家のルールの一つである。七人は山田が用意した朝食をそれぞれ口に運ぶ。


「うん、今日もとても美味しいわ♪」


「そうだね~」


 トパーズが自身の頬を抑え、ダイヤモンドが同意する。


「……食事のメニューがまたちょっと違うようね? 特にアメの分……」


 エメラルドがテーブルの上に並べられた料理を見比べながら山田に尋ねる。山田は落ち着いて答える。


「アメジストさんのお祝いです。昨日の晩は皆さん揃って食事が出来なかったので……」


「何のお祝いよ?」


「仕事が一つ決まったということなので……」


「へえ、そうなの?」


「ちょ、ちょっと、そういうのは正式発表まで言わないものなのよ!」


 アメジストが注意する。


「あ、そ、そうなんですか、す、すみません……!」


 山田が慌てて頭を下げる。


「全く……しょうがないわね。皆、周りに言わないでね。言わないと思うけど」


「まあ、とにかくおめでとう」


「ありがとう、エメ姉さん」


「で、何に出るの? アニメ? ゲーム?」


「オパ、私の話を聞いていた?」


「へ?」


「守秘義務っていうものがあるのよ。正式な発表まではノーコメント」


「え~」


「え~じゃないわよ。お願いだから学校で言いふらさないでよ?」


「う~ん、どうしよっかな~?」


 オパールがわざとらしく首を傾げる。


「ちょっと! 本当に……!」


「オパ……」


 エメラルドが低い声色で声をかける。


「は、はい⁉」


「アメジストの大事な仕事に関わることだからね。ふざけて迷惑をかけないように……」


「は、はい……」


 オパールの背筋がピンと伸びる。ダイヤモンドが笑う。


「ははっ、オパ、怒られてやんの~」


「くっ……」


「ダイヤ……」


「え、エメ姉ちゃん、ウチが何か問題が?」


「………配信などで余計なことを言わないように」


「ま、まさか~そんなことは言わないよ~」


「そうかしらね……」


「そうよ」


「『ウチの妹が人気声優なんだよね~』っていう……」


「そ、そこまでのことは言っていないよ……」


 ダイヤモンドは動揺しながら、エメラルドの追求をかわす。


「ただそれに近い趣旨のコメントがいくつか見られたわ」


「いや、それはなんというか……」


「インフルエンサーでも守秘義務が大事になってきたでしょう?」


「そ、それは確かに……」


「余計なことでアメジストの足を引っ張らないでちょうだい」


「りょ、了解……」


 ダイヤモンドが黙り込む。代わりにトパーズがしゃべり出す。


「アメちゃん、わたしのバイトしているお店にきてくれたら、割引サービスしてもらうように店長さんに頼んでおくわね」


「いや、えっと、気持ちはありがたいのだけど……」


 アメジストが困惑する。エメラルドがゆっくり口を開く。


「トパ……」


「なに? エメちゃん?」


「そういうのもアメジストにとっては迷惑なの」


「ええ~そ、そうなの~?」


「ええ……」


「そうなんだ~」


「ま、まあ、気持ちだけ受け取っておくわ」


「そっか~。まあ、とにかくおめでとう、アメちゃん!」


「ありがとう。トパ姉さん」


「おめでとうさ~ん」


「ありがとう。ダイヤ姉さん」


「声優さんのサイン貰ってきて~」


「それは無理」


「やっぱ無理か~」


 ダイヤモンドはペロリと舌を出す。


「……」


「あれ~マリンは不満そう?」


「ふ、不満じゃねえよ!」


 ダイヤモンドの言葉にアクアマリンが首を振る。


「なんかむすっとしていたからさ~」


「朝はいつもこんなもんだろうが」


「そうだっけ?」


「そうだよ。ああ、アメ、おめでとうな」


「あ、ありがとう、マリン姉」


「これから色んな所でアメちゃんの声を聴くことになるのかしらね?」


「それはまだ気が早いよ、トパ姉……」


「あらそう?」


「もちろんそうなるように努力をしているけど……ふぁ~あ」


 アメジストがあくびをする。ダイヤモンドが笑う。


「アメの大あくびなんて久々に見たかも? 何? 興奮で眠れなかった~?」


「そ、そういうわけじゃないけど……」


「……昨日は山田さんと朝まで二人で本の読み合わせ、大変そうでしたね」


「「「「「!」」」」」


「い、いきなり、な、何を言うの! サファイア!」


「隣から聞こえてくるもので……あれ、読み合わせではありませんでしたか?」


「い、いや、ガーネット君、もとい、山田君との読み合わせよ、そう、あれはあくまでも読み合わせ! それ以上でもそれ以下でもないわ!」


「ふ~ん……」


 ダイヤモンドがニヤニヤとした顔で見つめる。


「あ~もうこんな時間! ごちそうさま! 私は仕事! 皆は学校に行きなさい!」


「は~い」


 皆が慌ただしく出ていく。トパーズがエメラルドに尋ねる。


「じゃあ、この問題もとりあえずおいておきましょうか。良いわねエメちゃん?」


「ああ、そうだな……」


 エメラルドが食後のお茶を飲みながら答える。視線はアクアマリンの方を向いている。

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