第2話(4)オパールの勉強

「ははっ、図書室、追い出されちゃいましたね~」


「すみません……」


 下校しながら山田が申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえいえ、騒いでいたのはボクも同じですから」


 オパールが手を左右に振る。


「しかし、上級生として、まったく恥ずかしい振る舞いを……」


「い、いや、でも、楽しかったですよ」


「楽しかった?」


「ええ、中学のときまでは基本詰め込み型だったので」


「ああ、一夜漬けですか」


 山田の言葉にオパールが頷く。


「そうなんです、だから勉強が楽しいって、どうしても思えなかったんですよね~」


「なるほど」


「だから、歌って覚えるなんて衝撃的でした! 良いですよね、未然形、未然形♪」


「気に入ってもらえたようでなによりです……」


「『なり』、『たり』、『ごとし』は連体形~♪ ここが良いですよね」


「良いですか」


「はい、響きにエモさを感じます」


「エ、エモさ?」


 山田が首を傾げる。


「はい、とってもエモいです!」


「そ、そうですか」


「他にはないですか? 歌で覚えるの、それならボクでも覚えられそうだなと思って……」


「そうですね……」


 山田が顎に手を当てて考える。


「え? 結構ある感じですか?」


「まあ、それは大体ありますよ」


「大体あるんだ……」


「例えば……他に苦手な科目などはありますか?」


「え? そうだな……日本史かな」


「日本史?」


「人名が多くて覚えるのが大変なんですよ、どうしても頭がこんがらがっちゃって……」


「いくやまいまい、おやいかさかさ……」


「!」


「やおてはたかやき……」


「‼」


「かわたはわい……」


「⁉ ちょ、ちょっとストップ!」


 オパールが山田を止める。山田がオパールを見る。


「どうしました?」


「い、いや、それはこっちのセリフですよ! いきなり奇妙な呪文を詠唱しないで下さい!」


「奇妙な呪文?」


「今まさに唱えていたじゃないですか⁉」


「呪文ではありません」


「じゃあ意味不明な五十音の羅列をやめて下さい!」


「……意味不明というわけではありませんよ」


「え?」


「今のは、歴代内閣総理大臣の頭文字を順に言っていたんです」


「か、頭文字?」


「そうです」


「え? いくや……」


「まいまい」


「おやい……」


「かさかさ」


「いや、その辺りの呪文感が凄いんですよ!」


「伊藤博文、黒田清隆、山県有朋……」


「ん?」


「ここが“いくや”です」


「は、はあ……」


「松方正義、第二次伊藤博文内閣、第二次松方正義内閣、第三次伊藤博文内閣……ここが“まいまい”になります」


「あ、ああ……」


「大隈重信、第二次山県有朋内閣、第四次伊藤博文内閣……ここが“おやい”です」


「で、では、かさかさは⁉」


「桂太郎、西園寺公望、第二次桂太郎内閣、第二次西園寺公望内閣……ここが“かさかさ”に該当します」


「お、おう……」


「歌というか、語呂合わせですかね」


「ふ、ふむ……」


「これで内閣総理大臣の順番と名前が覚えられます。もちろん、それぞれ付随するトピックまで覚えないといけないんですが、ある程度紐づけはしやすくなるかと思います」


「な、なるほど……」


「いかがですか?」


「……」


 オパールが腕を組んで黙り込む。


「どうかしましたか?」


「……ぷっ、あはは!」


 オパールが笑いだす。山田が驚く。


「あ、あの……?」


「まいまいって! かさかさって! まさかそんな語呂合わせされるなんて思わなかったでしょうね?」


「そ、それはそうでしょうね……」


「あ~面白い……あ、コンビニ寄って良いですか?」


「ど、どうぞ……」


「ちょっとすみません……お待たせしました。はい、どうぞ」


 オパールが紙パックを差し出す。


「これは?」


「おすすめのスムージーです、美味しいですよ」


「ありがとうございます。あ、お金を……」


「いいです、これはお礼ですから」


「お礼?」


「ええ、勉強も楽しめば良いんだっていうことを教えてくれたので、そのお礼です」


「そ、そうですか、では、いただきます……うん、美味しいです。ごちそうさまでした」


「あの……敬語じゃなくていいですよ? ボクは後輩なんですから」


「え? で、ですが、雇われているわけですから……」


「それはエメお姉ちゃんにでしょう? ボクには関係ないです」


「そうは言われても……」


「じゃあ、学校の時はタメ語で! それなら良いでしょう?」


「ま、まあ、それなら……」


「決まり! あらためてよろしくね! ガーパイセン!」


「あ、ああ、よろしく、オ、オパール……」


「ふふっ! これからも勉強見てもらえます?」


「構いません、いや、構わないが……図書室はしばらく利用しづらいな……」


「じゃ、じゃあ、これからはボクの部屋で……」


「え?」


「家庭教師よろしくお願いします! それじゃあ、お先!」


「ええっ⁉」


 山田は走っていくオパールの背中を呆然と見つめる。

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