第2話(3)女にしてください

「いや~悪いですね~放課後付き合わせちゃって……」


 オパールと山田は並んで廊下を歩く。


「別に構いませんが……何の御用でしょうか?」


「えっと……」


 オパールが立ち止まってモジモジとする。山田が首を傾げる。


「?」


「ちょっと恥ずかしいな……」


「恥ずかしい?」


「いや、なんていうか……」


「なんていうか?」


 オパールがなにかを決意した顔で両手を合わせ、山田に頼み込む。


「ボ、ボクを女にしてください!」


「えっ⁉」


「⁉」


 廊下を通っていた生徒たちが驚いた顔で振り返る。


「ちょ、ちょっと、こちらへ!」


 山田がややうろたえながらも、とりあえずオパールをその場から連れ去る。


「……いやいや、本当申し訳ないです~」


「……“勉強の出来る”女にしてくださいということだったんですね……」


 図書室で向かい合いながら、山田は頭を抱える。


「ちょっとテンパっちゃって、大事なところが抜けちゃいましたね~」


「テンパらないで下さい。周囲に人が少なかったのが幸いでした……」


「幸い?」


 オパールが首を傾げる。


「……いえ、もはやどうでもいいことです。それにしても、勉強が苦手とは……」


「へへっ……」


 オパールが後頭部をかく。


「こう言ってはなんですが……」


「なんですが?」


「よくこの学校に受かりましたね」


「ストレートですね、物言い」


 オパールが苦笑する。


「この学校は結構偏差値が高いのですが……」


「一世一代の勝負の一夜漬けでなんとかなりました」


「そ、それは凄いですね……」


「でしょ?」


 オパールが笑顔で胸を張る。


「……入ったは良いものの、授業のレベルの高さに戸惑っていると……」


「はい、その通りです……」


 オパールが俯く。


「……そう言えばそんなことおっしゃっていましたね……まあ、力になれるのであれば……お教えしましょう」


「本当ですか⁉」


 オパールが顔を上げる。


「なんでも聞いてください! と、大見得を切りましたからね」


「助かります~」


「なにが分からないのですか?」


「えっと、古文ですね」


「古文ですか」


「はい」


「例えばどこが?」


「助動詞の接続ですね、未然形とか連用形とか終止形とかもう……言葉の勉強で形ってなに?って感じで……」


「ああ、それなら簡単です」


「え?」


「歌で覚えれば良いんです」


「歌?」


「未然形、未然形♪」


「⁉」


「『る』、『らる』、『す』、『さす』、『しむ』ときて~♪」


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


「どうかしましたか?」


「いや、い、いきなり何を?」


「桃太郎の歌に乗せて覚えるんですよ」


「も、桃太郎……?」


「ええ、そうです。最初から歌い直しますよ……未然形、未然形♪ 『る』、『らる』、『す』、『さす』、『しむ』ときて~♪ 『む』、『むず』、『ず』、『じ』、『まし』、『まほし』、『り』~♪」


「へ、へえ……」


「連用形、連用形♪」


「つ、続くんですか⁉」


「それは……はい」


「そ、そうなんですか……」


「続けますよ……『き』、『けり』、『つ』、『ぬ』、『たり』、『たし』、『けむ』と~」


「ほう……」


「『なり』、『たり』、『ごとし』は連体形~♪」


「あ、連用形と連体形は続くんですね」


「そうです」


「へ~」


「終止形、終止形♪」


「ま、まだあった⁉」


「『らむ』、『らし』、『まし』、『べし』、『めり』と『なり』~」


「ほうほう……」


「ラ変につくとき、連体形~♪」


「いや、そのラ変が分からん!」


 オパールが頭を抱える。山田が呟く。


「ラ変はラ行変格活用です……」


「ああ……」


「『あり』、『をり』、『はべり』、『いまそかり』の四語しかありません」


「え、四語だけなんですか?」


「ええ」


「そ、それなら覚えられるかも……」


 オパールの顔が明るくなる。山田が告げる。


「まずは最初のつまずきを克服しましょう」


「つまずき?」


「ええ、助動詞の接続です」


「ああ、はい……」


「今歌った桃太郎の替え歌を体中に染み込ませるんです」


「か、体中に? ど、どうやって?」


「……歌うんです。さあ、どうぞ」


「えっと……未然形、未然形♪」


「そうです、恥ずかしがらずに!」


「『る』、『らる』、『す』、『さす』、『しむ』ときて~♪ 『む』、『むず』、『ず』、『じ』、『まし』、『まほし』、『り』~♪」


「おおっ、良いですね!」


「おっほん!」


「!」


「盛り上がっているところ悪いけど、そういう勉強はよそでやってもらえる?」


 図書室の先生が、二人に睨みをきかせる。

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