インタビュー

こやま智

インタビュー:ブラック・ジャージ博士

 実は、彼への取材は二回目である。

 前回は世界一の無免許医という触れ込みだった気がするが、私もよく知らないうちに博士になっていたようだ。

 ジョギング中の総理の後頭部をブラックジャックで殴りつけて誘拐し、アタマを改造してまともな政治をさせようとしたという話だった。

 実のところ、私もあの時のことを未だにどう説明してよいかわからない。

 詳しくは、過去の私の著作を参照していただきたい。まだ読めるかどうかは把握していないが。


◇ ◇ ◇


「おお、よく来てくれた。原発事故の時以来だね」

 今回も、BJは快く出迎えてくれた。

 思えば、彼が不機嫌なのを見たことがない。周りの人間が不快になるだけで、彼はいつでもゴキゲンである。


 今回は、博士の開発したフィットネスアプリのお話を伺いに来ました。


「うん、今回は我ながらスマッシュヒットだと思ってる」


 今までにない新要素を取り入れた、画期的なアプリだとか。


「そうなんだよ。まず今回の製品について説明する前に、背景について説明しよう」


 お願いします。



「まず、スマホが登場して以降、様々な健康管理アプリが出ているのは、君も知っているかと思う。運動量を管理したり、血圧を管理したり、生理周期を管理したり」

 

 まさに全盛期ですよね。


「その中でも、もっとも人気なのが、栄養管理アプリだ。これがフィットネスアプリと連携して、体調を管理するための指標を示してくれる。ダイエット目的に利用できるから、とても人気がある」


 私もこの頃は脂肪が落ちにくいので、便利に使っています。スマートウォッチで歩数を計測したりしてますよ。


「そう。多くの場合、摂取カロリーよりも消費カロリーのほうが大きければ痩せる。だから運動を管理するためにセンサーをつけているよね。タンパク質を多くとることで筋肉がつき、基礎代謝が増えれは、消費カロリーはさらに増える」


 いまやダイエットの定石ですよね。糖質制限も、広く知られるようになりました。


「だからみんなプロテインを飲んだり、鶏胸肉を摂ったりして、頑張っているよね」



「けれど、この管理方法には、見過ごされてきた大きな穴がある」


 といいますと?


「人はすべての栄養分を、食事で獲得して、運動で消費し、残りは糞尿や汗として放出するだけだと思っている。だが考えてみたまえ。健康であればあるほど、タンパク質や亜鉛を放出する営みがあるだろう?特に男性には」


 え、それってもしや…?


「そう、オナニーだよ。マスターベーション」


 セックスとは言わないんですね。


「たいていの男性は、セックスで放出する量より、オナニーのほうが多いだろう。確実に」


 そんな統計がどこに…いえ、続けてください。



「過剰に行えば体に変調をもたらしかねないほど影響の大きい行為なのに、これまで栄養管理の面からも、運動管理の面からも見過ごされてきた。私はそこに着目したのだよ」


 着目しなくてもいいのに。


「まず、我々はオナニーで放出される一回当たりのタンパク質と亜鉛の量を測定した。そして、その分を通常の活動とは別に消費されるものとして、カウントできるようにした。これによって、摂取量と消費量の誤差はかなり修正され、正確になった」


 何気に、我々っていいました?


「だが、これを製品化するにあたって、大きな問題が発生した。何故だか知らないが、誰もアプリに回数を正直に入力したがらないのだよ」


 そりゃあそうでしょうね。絶対に知られたくない個人情報ですよ。


「だが、私は諦めなかった。これはすべての男性の健康に関わることで、もっとポジティブにとらえるべきものなんだ」


 …そうですかねえ。


「そこで、考えたんだ。オナニーをフィットネスとしてポジティブに推進・管理するアプリをね」



 …具体的な内容をお伺いしても?


「かまわんよ。我々はこの分野においては唯一のサービスプロバイダだからね。まず大事なのは、フィットネスというからには運動、つまりワークアウトとしてとらえなければいけないということだ」


 センズリをですか。


「そうだ。具体的には、さまざまな方法でのワークアウトを詳細に記録できるようにし、それによる運動量を計算している。使用するほうの腕にスマートウォッチをつけることで、動きの速さと持続時間を記録できる。ここだけの話だが、次のバージョンでは、より無駄のない腕の動きをアドバイスする機能が搭載される」


 ほうっておいてほしいなあ。


「もちろん心拍も測定する。だが、ここで通常のエクササイズとは異なる観点のデータが取れる。何だかわかるかね?」


 興奮度、ですか?


「その通りだ。ユーザーによりマッチしたズリネタを適切に供給することにより、よりユーザーの健康維持にアプローチできるはずだ。そうだろう?」


 理屈としては。


「そこで、我々は、コンテンツプロバイダと手を組んだ」


 それって…。


「そう、AV業界だよ。ユーザーの志向をAIで探り、トレーニングスケジュールに合わせたコーチングビデオを提供する。もちろん、ありとあらゆる性癖をカバーしているから、少々特殊な性癖でも問題なく、フィットネスを良好に保つことが出来る」



 それ、アプリのストアから締め出されないんですか?


「医療効果ははっきり出ているし、健康補助目的で押し切った。ちょっと裏の業界から文句が来たりしたが、話し合いで何とかした。これはあまり関係ない話だが、サーバーは海外に置いた」


 何の話し合いをしたんですか。


「ただ、最中に『集中しろ!お前はもっと出来るはずだ!あと20秒!!』と鼓舞する音声は不評だった」


 絶対萎える奴ですよ、それ。

 

「最新版では、他のフィットネスアプリでもよくある機能だが、ユーザー同士で実績をシェアすることもできる。近日中にグループワークアウトも搭載するぞ」


 言葉はきれいだけど、完全にいかがわしい集団じゃないですか、それ。


「大丈夫だ。先日のテストでは『大人数ならではの達成感が得られた』『他人との競争でよりアツくなる』と大好評だった」


 なんかちょっと違うクラスタのユーザーが来てないですか?


「まあ、ユーザーも爆発的に増えているし、課金ユーザー比率も非常に高い。ビジネスとしてはまあまあと言ったところだ。三月には、幕張で初のユーザーミーティングを行う予定だから、ぜひ取材に来てくれ」


◇ ◇ ◇


 取材を終えた帰りに、繁華街の外れのレンタルビデオ店の灯を見た。

 若かりし日には、あの店内のR18の暖簾をくぐる勇気を振り絞ったこともある。

 確かに過激なアイデアだが、ブラック・ジャージ博士の理論には、一応の筋は通っている。若者のセックスレスの問題が取り上げられて久しいが、その背景にはきっと性の健康の問題が潜んでいるはずだ。

 彼の発明は、もしかするとこの国の少子化問題を解決する一助になるかもしれない。

 そんな期待を胸に帰途についた。



 追記:

 本稿を書き上げた直後、ブラック・ジャージ博士は逮捕された。

 だが一部のユーザーが政府に反発し、抗議のためのグループワークアウトを皇居前広場で行おうとしているらしい。

 無駄なことだ。

 恐らく今度も、とっくに彼は逃げているだろう。

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インタビュー こやま智 @KoyamaSatoshi

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