episode12 満月之光

「ずいぶんギザなことをするのね」

 藤原先輩が笑みをこぼすと、宮田先輩は眼鏡のブリッジを触り、咳払せきばらいをした。

「アポイントメントなしに君に会えるのは今日ぐらいだからね」

 二人は劇を見ながら話し続ける。壇上ではヒマリとシオンがバルコニーに移動しようとしている。宮田先輩は一つ息を吐くと藤原先輩の手をとった。二人が静かに向き合う。

「会長、いや紬。君のことが好きだ。今も昔も」

 宮田先輩はまっすぐな目で藤原先輩を見つめる。

「本当はもっと早く言うべきだった。受験に失敗して、君に会えなくなって、思ったんだ。このまま告白せずにいたら、きっと後悔するって。来年、必ず君の大学に行く。だから……」

 続く言葉を探す宮田先輩の手を、藤原先輩は握り返した。宮田先輩は驚いた目つきで彼女を見る。

「宮田くん、この後って空いてる? 図書館に行きたいのだけど」

「いいけど、どうして?」

 藤原先輩は立ち上がり、無邪気な笑みを浮かべると宮田先輩に手を伸ばした。

「するんでしょ? 勉強」

 宮田先輩の口元に笑みがこぼれた。彼は彼女の手をとり、立ち上がった。


 気づけば劇は終わっていた。ささやかな拍手が起こる。私とコーセーも手を叩いた。

「なかなかの恋愛劇だったわね」

 一度に2つの恋愛劇を見せられて、なんだか胃もたれするような感覚を覚える。とはいえ、悪くない胃もたれだ。

「そうだね。二人が結ばれてくれてホッとしたよ」

「ホッとしたといえば、犯人が宮田先輩でよかったわ。実を言うと、遠藤さんが来るんじゃないかってヒヤヒヤしてたのよ」

「犯人は宮田先輩じゃないよ」

 数秒間、時が止まったような気がした。今、コイツ、なんて言った? 呆然とする私にコーセーが説明をする。

「だって、宮田先輩が言ってたじゃないか。『受験に失敗して、君に会えなくなって、思ったんだ。このまま告白せずにいたら、きっと後悔するって』。これって、卒業後に告白を思い立ったってことだろう?」

 はっとする私にコーセーは追い討ちをかける。

「それに、あんな脅迫状みたいなもの、元生徒会副会長の宮田先輩が送ると思うかい? 万が一、それが原因で文化祭や劇が中止になったら、どう責任をとるのさ?」

 たしかに、藤原先輩もしつこく劇の中止を求めていた。あんなもの送ったら劇や、最悪文化祭までもが中止になって、生徒会の後輩たちに迷惑がかかりかねない。そして、こういうことを、元生徒会の宮田先輩が考えないわけがないのだ。もし手紙を書くにしても、もう少し穏やかな表現を使うだろう。

「ってことは、もしかして遠藤さんが犯人!?」

 私が慌てて辺りを見回すと、コーセーが笑った。

「遠藤さんも違うよ。だって遠藤さんは、地元に居づらいから他県の大学に進学したんだろう? あの事件をもう一度掘り起こすような真似はしないさ」

 よく考えればそうだ。遠藤さんからしてみれば、あの事件は記憶から消したいはず。だからこそ、この町を出ていったのだ。

「じゃあ、犯人は誰なのよ。ここにはいないの?」

「言っただろう? 『来たみたいだよ』って」

 そう言ってコーセーは、壇上の犯人を指さした。


 文化祭が終わり、生徒は一斉に校舎に引き返していく。しかし、私たち生徒会は体育館で後片付けをしなければならない。飾り付けを一つ一つ剥がしていると、コーセーくんとアカネちゃんがやって来た。なんだかアカネちゃんの顔が怖い。彼女は私の前にツカツカと歩み寄ると、私のほおを両側から強く引っ張った。

「さあ、教えてもらいましょうか。どうやって、自分で自分を誘拐するつもりだったのかをね!」

 イタタタタ。アカネちゃんの後ろを見るとコーセーくんが優しく微笑ほほえんでいる。どうやら名探偵の目はあざむけないらしい。

「コーセーくん、いつから気づいてたの?」

「推理大会の時から。3人の容疑者が犯人とは思えなかったし、かといってただのいたずらとも思えなかった。だって、下手したら文化祭を中止にさせてしまうんだからね。文化祭を中止にさせたい人なんて、そうそういないだろう? それに、あの人気のない意見箱に目をつける生徒もほとんどいないはずだ。じゃあ、一体誰なのか。生徒会の意見箱なんていうマニアックなものを知っていて、誘拐予告を受けても文化祭を続行させることができる人物」

「なるほど、私しかいないわけか」

 犯人が私なら、文化祭や劇の続行を生徒会長であり、狙われた本人である私が決められる。それに、自分で自分を襲撃することなんてできないから、何事もなく文化祭を終えることができる。私が犯人だと、色々な点が丸く収まるのだ。

「それに、宮田先輩に告白を勧めたのも君だろう? 嘘を真にするためにさ」

「推理大会でコーセーくんの説を聞いたときに、『これだ!』って思って利用したんだけど、バレちゃったか。まあ、二人がやっとくっついてくれたのは嬉しいんだけどさ」

「早川さん黒幕説を出したのも、早川さんとシオンの関係性を回復させたかったからだろう?」

「まあね。余計なお世話だったかもしれないけど」

 ただ、何も言わずに死んでいった姉のことを思うと、たとえ報われなくても、早川さんには気持ちをちゃんと伝えてほしかったのだ。ギクシャクしてしまわないかと心配したが、結果、二人はよき友人として仲良くしているのを見て、心底安心した。

「でも、どうして自分を自分で脅すような真似したのよ。ドMなの?」

「いや、その……」

 言い淀む私を見て、コーセーさんが、

「じゃあ、その話は部室でしようか。僕はちょっと用事があるから、後で行くよ」

 この人には何でもお見通しらしい。私はしかたなく頷き、アカネちゃんと体育館をあとにする。体育館から出ようとしたとき、ふと振り返ると、コーセーくんは吉川先生となにか話をしていた。


「はあ」 

 アカネちゃんは大きくため息をついた。

「つまり、劇の王子様役をシオンにやってほしかったんだけど、恥ずかしくて言えなかった。で、あの手紙をこの部室で出すことで、シオンを強制的に王子様役につかせた、と。結局、貴女あなたの方もべた惚れだったわけね」

 私は小さく縮こまりながら、真っ赤になってうなずいた。今になって、当時コーセーくんとの恋愛のあれこれを私に聞かれて赤面していたアカネちゃんの気持ちがよく分かる。

「 だって、順当にいけば元演劇部の清水くんが王子様役でしょ? それに、あの手紙を見せて、私のことをどのくらい心配してくれるのか、気になって。ちょっとしたいたずらのつもりだったんだけど……」

「想像以上に私たちが貴女あなたを心配して、大事になっちゃったと。貴女あなたは自分自身を軽く見すぎなのよ」

 私は反省の意をこめて頭を下げる。それはシオンにも散々言われたことだ。自分を大事にしないのはお姉ちゃんだけかと思っていたが、どうやら姉妹で似たもの同士だったらしい。

貴女あなたも気づいてると思うけど、あの子、めちゃくちゃ貴女あなたれてるのよ。両思いなんだから、さっさと付き合いなさいよ。じれったい」

「だって、ずっと片思いのつもりだったんだもん。もし振られても、しかたないと思ってた。そしたら、今回の件でシオンったら私にすごく優しくしてくれて。心の準備が全然できてなかったの」

 私は机に突っ伏す。まさかこんなにもシオンが私のことを好きでいてくれていたなんて、思いもしなかった。基本一人ぼっちで、お姉ちゃん去年亡くし、歳上の友だちが二人できただけ大喜びしているうぶな少女にとって、シオンの熱烈な愛は、あまりにもまぶしすぎたのだ。

 背後から扉が開く音がする。少し大きな手が私の頭をでる。

「ヒマリ。恋なんて、そんなに大したもじゃないさ。ふとした瞬間に、ちょっとしたところが好きになる。髪が綺麗だな、とかね。でも、そういう小さな喜びをたくさん浴びることが、『生きる』ってことじゃないかな」

 私は顔を上げてコーセーくんの顔を見る。彼は柔らかい笑みを見せた。私の大好きな彼の微笑ほびしょう。この顔を見ると、私は愛されてるんだなって、そう思えるのだ。シオン対しても、おんなじことを思いたい。シオンから貰った愛を、たくさん抱えていたい。コーセーくんは教室の天井を指さした。

「 さあ、シオンが待ってる。行ってらっしゃい」

 アカネちゃんも優しい微笑びしょうを浮かべる。私は大きくうなずき、教室から飛び出して行った。


 屋上の鍵は空いていた。コーセーくんが吉川先生から借りて、シオンに渡したのだろう。そっと扉を開けると、月光に照らされた屋上で、シオンが一人佇たたずんでいた。

「俺、屋上は初めて来ましたよ」

「そうなの?」

「ヒマリさんは来たことあるんですか?」

「うん。2回」

 よく考えると、屋上というのは私にとって特別な場所だ。お姉ちゃんの悲劇の地であり、私がアカネちゃんやコーセーくんと仲を深めるきっかけでもある。哀しみと歓びが混在する場所。私は腕を後ろにまわし、ゆっくりとシオンに歩み寄った。

「ねえ、シオン。私、そんなに立派で真面目な人間じゃないんだよ」

「知ってます」

「意外と口が悪くていじわるだよ」

「知ってます」

「シャイで猫被ってばっかりだよ」

「知ってます」

 私たちの目線が絡み合う。泣きそうな私にシオンが優しく微笑ほほえみかけた。

「でも俺は、ヒマリさんが好きです」

 シオンは私の肩に手をやる。大きくて頼もしくて、だけど緊張で少し震えている。そんな手つきが愛おしかった。私が彼の顔を見上げると、彼はぎこちない笑みを浮かべていた。かっこつけようとしてもかっこつかない。そんな彼の不器用な愛情がたまらなく好きだった。

「ねえ、シオン。私、シオンが好きだよ」

 彼は無邪気に笑った。

「知ってます」

 彼は少しかがみ、目を閉じる。満月の光が彼を白く染めていた。私は、彼の唇に届くように、うんと背伸びをする。太陽を一身に浴びる盛夏せいか向日葵ひまわりのように。光の方へ。光の方へ。


 白幡墓地に着いた頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。僕とアカネは花束を片手にマシロ先輩の墓を訪う。数日前の雨で濡れた地面はすっかり乾いていた。僕が花束をさし、アカネが線香をあげる。二人手を合わせた後、僕は墓前に腰を下ろし、一つ大きく息を吐いた。

「まったく。人使いが荒いですよ。マシロ先輩」

 「湯と夏至と」の手紙に書かれていたのは、「告白は屋上。満月の光の下で男女は口づけを交わす」というト書きだった。ト書き。つまり、「と」が「き」だ。ということは、手紙の主は「ゆとげしとのいろ」ではなく、「ゆきげしき」。「雪景色」は「真白」だ。

「それにしても、一年後、ヒマリに好きな人ができるってどうして分かったんですか。女の勘ってのは怖いですね」

 僕が「ふう」と息を吐くと、アカネがペットボトルを僕のほおに当てる。

「おつかれさん」

「ありがとう」

 僕はスポーツドリンクを半分まで一気に飲み、アカネに手渡す。アカネが残りを飲み干すと、「ぷはあ」と言って、夜空を見上げた。

「あの子たちを見て思ったの。まるで昔の私たちみたいだなって。なんだか不思議な気分。きっと来年も再来年も、百年後も、私たちみたいな男女が恋をして、付き合ったり、付き合わなかったりするんだわ」

 アカネの横顔は、なんだか幸せなような、それでいて少し寂しいような、そんな表情をしていた。僕も夜空を見上げる。真っ白な満月が七色の星を従えながら皓皓こうこうと輝いていた。きっと、この夜空の下で、物語は永遠に繰り返される。そして、二人の恋人たちは、小さな、誰にも見つけれれないような星座となって、密かに輝き続ける。そんな気がした。

「なんだか、夜空に吸い込まれてしまいそうだな」

 僕がそう言うと、アカネが優しくキスをした。

「それでもいいじゃない。一緒にいられるなら」

 そうか。そうかもしれない。壊れそうな僕らは、ちっぽけだからこそ、もっと勝手になれる。色づいて、愛されて、光をたくさん浴びて。そうやって僕たちは生きていくのだ。

 僕はそっとアカネの透明なほおに触れる。彼女の頬に少し赤みが差した。彼女はそっと目を閉じ、唇を待つ。恋人たちは真っ白な月光の中で口づけを交わした。





 

 

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『サイコー新聞部』シリーズ 今田葵 @ImadaAoi

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