episode11 犯人登場

「そういえば、ヒマリさんのクラスは何やってるんですか?」

「私のクラス? クイズ大会だよ」

 マップを見ると、たしかにクイズ大会とある。『2年1組が出題する超難問に挑み、サイコー頭脳王の座をその手に収めろ! 全問正解した人には、なんと豪華賞品が!?』。いかにも景品で集客を狙っている、商売上手なキャッチコピーはヒマリさんのものだ。

「豪華賞品って何なんですか?」

「お菓子の詰め合わせ一万円分。ただ、問題の難易度がすごく難しいらしくって、全問正解はまずありえないんだって。模擬店終わったらみんなで山分けするらしい」

 商売上手というよりもはや詐欺である。実質、文化祭の経費でお菓子パーティーしているようなものだが、生徒会長的にはそれはOKなのだろうか……

「とりあえず、行ってみませんか?」

「うーん、そうだね。行こっか」

 少し浮かない顔のヒマリさんを引っ張って2年1組の教室に向かう。ヒマリさんが現れるやいなや、教室が少しざわついた。

「会長さん、生徒会で忙しいんでしょ? 無理して手伝わなくても大丈夫だよ」

「遊びに来ただけだよ。でも、本当によかったの? 私、何もしなくって。なんなら今から手伝うよ?」

「いいのいいの。私たちだけでも十分できるから」

「そう? なんかごめんね。気を遣わせちゃって」

「大丈夫だから。ほら、中に入って」

 まるでVIPでも相手にしているかのような対応。なんというか、生徒同士の集まりから弾かれた先生みたいだ。教室に、校長先生が視察に来たかのような緊張感が走る。ヒマリさんは大きくため息をついた。

「私、ただのクラスメイトなんだけどなぁ……」

「すごい緊張感ですね。ヒマリさん、いったい何したんですか?」

「なんにも。ただ、遠藤さんの一件で、私のことを血も涙もない正義の審判みたいに思ってるみたい」

 俺は苦笑いをすることしかできない。たしかに、学校一の不良を学校から追い出し、生徒会長まで登りつめたのだから、そういう印象を持たれてもしかたないかもしれない。1年生はみんな俺の片思いを知ってるから、少しはマシなんだけど、肝心のクラスメイトはそうではないらしい。

 俺は悄気しょげるヒマリさんを慰めながら席につく。すると、元気のいい女子生徒が司会進行を始める。

「問題は全部で10問。全問正解した方には、豪華賞品がもらえるかも? パーフェクト目指して頑張ってくださーい。それじゃあ、第一問!」

 女子生徒は「デデン!」と言ってみせる。

「徳川将軍を全て答えよ!」

「す、全て!? えっと、家康と、それから……」

「家康、秀忠、家光、家綱、綱吉、家宣、家継、吉宗、家重、家治、家斉、家慶、家定、家茂、慶喜」

「せ、正解……」

 ノンブレスだった。さすが学年一の秀才。周りが若干ひいている。その後もヒマリさんが次々と正解していく。だんだんと出青ざめていく出題者の顔。お菓子パーティーの夢が崩壊の一途を辿る。

「ぜ、全問正解です……」

 教室は地獄のような雰囲気になる。ヒマリさんは景品をいただくと颯爽さっそうと教室を出る。俺が慌ててついていくと、ヒマリさんは「ふん」と言いながら、「経費乱用するほうが悪いんだよ」

 俺は苦笑くしょうした。生徒会長としての仕事をしたというより、クラスメイトに敬遠されたことへの八つ当たりにしか思えない。ヒマリさんはねた表情のまま廊下を突き進む。

 それからいくつか模擬店を周り、夕方の16時前に俺たちは放送室に向かった。ヒマリさんが文化祭一日目の終了を宣言する。教室の飾りはあっという間にがされていった。


「みんな、おつかれ! そして明日も頑張ろう! 乾杯!」

 模擬店の片付けが終わると、生徒会とサイコー新聞部は、生徒会室で合同打ち上げ会を行った。メインディッシュはもちろんヒマリさんがもらったお菓子の詰め合わせだ。

「それにしてもすごい量ですね、これ」

 俺がそう言うと、ヒマリさんはのけぞりながら言い放つ。

「でしょ? 生徒会長の前で悪事を働こうだなんて、呆れて物が言えないよ」

「そんなこと言うからクラスメイトと仲良くなれないのよ」

「猫かぶりのアカネちゃんには言われたくないよ」

「どっちもどっちだね」

 にらみ合うヒマリさんとアカネちゃんを見てコーセーさんは苦笑いする。サイコー新聞部お馴染みの風景を見て、生徒会の面々は目を丸くする。

「会長って、サイコー新聞部じゃ、けっこう子供っぽいんだね」

「私も、もうちょっとおしとやかな方かと思ってた」

「そうそう。休日は優雅に紅茶でも飲んでたりしてな。会長も人間だったってわけか」

 意外とはいえ、チヒロたちは素のヒマリさんをそれなりに好意的に受け止めているようだ。俺はほっと肩をで下ろす。ふと、頬に冷たい物が当たった。横を見ると、ヒマリさんがペットボトルを俺の頬に押し付けている。

「今日はエスコート、ありがとね」

 俺はペットボトルを勢いよく飲むと、半分残ったペットボトルをヒマリさんに差し出す。

「俺も楽しかったです」

 ヒマリさんは無邪気な笑みを見せながらペットボトルを飲み干した。


 文化祭二日目は全てステージ企画だ。午前は個人企画で、午後は部活等の団体企画。体育館でクラスごとに一列に整列し、体操座りでステージを眺める。ダンスにマジック、ものまねに漫才。よくもまあこんな芸に秀でた人間がいるものだ。感心しながら見ていると、遂にヒマリさんがギターを持って登場する。近くのクラスメイトたちが、「見て会長だよ」「本当だ。マジで会長だ」などと騒ぐ。ざわめく観客に向かって一礼すると、ヒマリさんは歌い始めた。カネコアヤノの『セゾン』。会場が静まり返った。

 ヒマリさんが壇上から退くと、観客はまたざわめき始めた。

「会長ってギターうまかったのね」

「っていうか、普通に歌もうまくね?」

 これはこっそり教えてもらったことだが、ヒマリさんのギターはライブハウスのギタリスト仕込なのだそう。その上、お姉さんが元ヴォーカリスト。お気楽な趣味として音楽をやっている奴らとは訳が違うのだ。実際、素人の俺でもめちゃくちゃ上手いことが本能的に分かってしまう。午後の部に出演する軽音楽部に少し同情した。


 昼休憩になると、生徒会のメンバーがヒマリさんを囲った。チヒロたちは興奮気味にヒマリさんを称賛する。

「会長、めっちゃカッコよかったっす!」

「今度一緒にカラオケいきましょうよ。なあ、早川」

「うん。それにしても、こんなすごい特技、なんで今まで隠してたんですか?」

「いやー、その、えへへ」

 ヒマリさんは褒められ過ぎて頬が緩みまくってる。俺もなんだか鼻が高いような気がして口元に笑みがこぼれてしまう。

「私の話はこの辺にして、そろそろ舞台裏に行こ。いよいよ本番だね。緊張するなぁ」

「大丈夫ですよ。一番緊張してるのはコイツですから」

 そう言ってチヒロは俺をつつく。みんなは声をあげて笑い、俺の背中を叩いて舞台裏へと向かう。たしかに俺が一番緊張しているかもしれない。劇を成功させたいし、なによりもヒマリさんを守らなければならない。俺は大きく息を吐いて舞台裏に向かった。


 体育館の最前列で私とコーセー、藤原先輩は並んで幕が上がるのを待っていた。生徒会長のいきな計らいで、今年卒業する3年生と外部のお客さんは自由な席で観覧することができるようになっている。そして、次のプログラムが生徒会の劇だと知りがら空きになった最前列に私たちが腰を下ろしたというわけだ。

「それにしても、なんで生徒会が劇なんてやるんですかね?」

 私が藤原先輩にたずねると、彼女は苦笑いしながら答える。

「ほら、生徒会って模擬店とか企画みたいなのってないでしょう? だから生徒会も何かやりたいって、昔の生徒会長が言ったらしくってね。その人がたまたま元演劇部だったから、劇をすることになったの。それが今でも続いているというわけ」

「厄介な伝統ですね。なくせないんですか?」

「それが先生方の評判がけっこう良くって、なかなかやめられないのよ」

 どうやら藤原先輩もこの劇については否定的らしい。去年の文化祭では堂々と役を演じきっていたが、裏ではかなり苦労していたようだ。

 そんな話をしていると、幕が上がった。物語が始まる。やはり素人の劇らしく、ところどころ演技がぎこちない。元演劇部らしい清水くんだけはかなり達者だが。そして意外なことに主演のヒマリもなかなかの役者だ。いつも猫を被っているのが役に立ったのか。物語は滞りなく進み、いよいよ舞踏会のシーンに差し掛かる。

「いまのところ何も起こらないわね。本当に犯人は来るのかしら」

 私が心配そうな目つきでヒマリを眺めていると、コーセーが私の肩に手をやった。

「いや、来たみたいだよ」

 ヒマリが舞踏会に現れる。彼女はシオンの元に駆け出した。二人の視線が交わる。ふと、私の前を一人の男性が通りかかった。その人はゆっくりと藤原先輩の隣に腰掛ける。藤原先輩は劇に目を向けたまま少し微笑ほほえんだ。

「久しぶりね、宮田くん」








 

 

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