episode10 開幕式典

「今日は待ちに待った文化祭です。ここ2週間、各々がこの日を楽しみにしながら準備に励んだことと思います。天気も快晴、絶好の祭日和まつりびよりです。今日は一日、思いっきり楽しみましょう」

 ヒマリさんがお辞儀をし、生徒会長挨拶を終えた。会場に熱がほとばしる。今まさに文化祭の幕が上がったのだ。

 開会式が終わると、俺は体育館の入口でヒマリさんを待つ。10分ほどすると、来賓らいひん対応を終えたヒマリさんが駆けてきた。俺たちは肩を並べ、校内に乗り込む。どの教室も豪華絢爛ごうかけいらんな飾り付けを施され、祭りの雰囲気を帯びている。隣のヒマリさんも静かに目を輝かせていた。俺は手に持ったマップを見る。

「えっと、1年4組はお化け屋敷。『揺らめく白い影。凍てついた空気。かすかに響く甲高い叫び声。漆黒の闇に紛れ込んだ貴方あなたが目にするものは死か、それとも……』。なんですか、この映画の宣伝みたいな紹介文は……」

「この文章はアカネちゃんだね。なんか楽しそうに書いてるなと思ったら、こんなふうだったんだね」

 実は俺が手に持っているマップはサイコー新聞部が作成したものだ。マップには模擬店の紹介文が添えられている。辺りを見渡すと、かなりの人がこのマップを利用しているようだ。

「お化け屋敷かぁ。お姉ちゃんの霊とか出てきそうでなんか嫌だな」

「ヒマリさん、いくら妹でも不謹慎すぎます」

 そんなことを言いながらも、結局お化け屋敷に入る。高校生の創作にしてはなかなかクオリティが高く、少し怖い。

「うわっ、冷た! なにこれ、ってうわ!」

 ビビる俺とは対照的にヒマリさんは無感情で進んでいく。

「ヒマリさん、なんでそんなに冷静なんですか?」

「だって、本当に怖いのはお化けじゃなくて人間だもん」

 暗闇に光るヒマリさんの目は、お化け屋敷の空気よりずっと冷たかった。どう生きたら高校生がこんな目をするようになるのだろう……


「シオン、次どこ行く?」

 肩で息する俺を無視して次の行き先を考えるヒマリさん。マップを開こうとした瞬間、なにかふらめいたような表情を見せた。

「そうだ、シオンのクラス見に行こうよ」

「えっ!? 俺のクラスですか? それはその……」

「問答無用! さあ、行こう!」

 ヒマリさんは俺の腕を引っ張っていく。まずい、今の時間帯のシフトはたしか……

「いらっしゃいませ、ご主人様♡」

「……は、早川さん?」

「か、会長……」

 チヒロがメイド姿で俺を睨みつける。許せ、チヒロ。どうしようもなかったんだ。

「えっと、ここはメイドカフェなんだね。『当クラス自慢のメイドたちが皆様をおもてなし。愛のこもった料理をめ・し・あ・が・れ♡』。これもアカネちゃんか」

 チヒロは衣装に似合わぬ鬼の形相ぎょうそうで俺を引っ張ると、メイドの衣装を突きつけた。

「せっかく来たんだから、アンタも働きなさい。会長に愛を注ぐのはアンタの仕事でしょ?」

「なんでメイドなんだよ! せめて執事とかに

してくれよ!」

「衣装がこれしかないのよ。ねえ、みんな?」

「シオン、ファイト」

「アンタならやれば出来るわ」

「どんまい、シオン」

 くそ。みんな俺の恋愛事情を知っててこんなことしやがる。楽しそうにしやがって。俺の抵抗もむなしく、着替スペースに連れて行かれ、メイド服を着させられた。これなら丸裸になったほうがよほどマシだ。

「シオンちゃーん、出番ですよー」

「誰がシオンちゃんだ! くそ、こうなったらヤケクソだ」

 俺は足を踏み鳴らしながらヒマリさんの前に現れる。

「い、いらっしゃいませ、ご、ご主人様」

 ヒマリさんは目を丸くして俺のメイド姿眺める。お願いだから、そんなにまじまじと見ないでくれ。羞恥心しゅうちしんで魂が抜けそうだ。

「か、かわいい」

「へ?」

 後ろを見ると、チヒロたちが感心した様子で俺を見ている。いったいなんだっていうんだ。

「アンタ、ちょっと似合いすぎじゃない?」

「は、はあ!?」

「なんか女として負けた気分だわ。アンタ、すごくかわいいわよ。会長もそう思いますよね?」

「すいません、この娘いくらで買えますか?」

「ヒマリさん!?」

「500円になりまーす」

 ヒマリさんは財布から500円玉を取り出し渡す。あれ、もしかして俺、買われてる? ヒマリさんはテーブルに誘導され、いつの間にか俺はオムライスの皿を持たされている。俺は半泣きになりながらヒマリさんの前に行く。

「えっと、こちらオムライスになります……」

「愛、注入してくれないの?」

 くそ、絶対この人楽しんでるだろ。俺は震える手つきでハートを作り、お決まりの台詞を叫ぶ。

「お、おいしくなーれ! モエモエ、キュン!」

 チヒロたちが「おー」と声を上げる。なにが「おー」だ。ヒマリさんも嬉しそうに拍手している。もう、死にたい。


 ヒマリさんはオムライスを食べ終えると、灰になった俺を連れて、また校内を練り歩く。

「そうだ、今度はアカネちゃんとコーセーくんのクラスにも行こうよ」

「えっと……3年2組はコスプレ写真館。『戦隊モノからプリンセスまで幅広くご用意しおります。カメラマンがおり、写真撮影も可能。文化祭の思い出を写真という形で残してみませんか?』この簡潔明瞭な文章はコーセーさんかな」

「いいじゃん、記念撮影。よし、レッツゴー」

 張り切るヒマリさんとは対照的に俺は大きなため息をつく。はあ、またコスプレか。さっきのでトラウマになりかけてるんだけどなぁ。

「おっ、ヒマリにシオン。いらっしゃい」

 受付はアカネさんだった。名簿に俺たちの名前を書くと、奥にいる女子生徒に声をかける。

「すいません。2名様です」

「はーい、ちょっと待ってねー」

 なんかいつもより声が高い。お母さんが電話の時に声が高くなるアレみたいだ。よく観察すると、今日のアカネさんはいつもよりだいぶ大人しい気がする。行儀よく両手を膝の上に乗せ、背筋がしゃんと伸びている。

「な、なによ。そんなにジロジロ見て」

「い、いや、別になにも」

 俺が目線をそらし気まずそうにしていると、また中から女子生徒が顔を出す。

「中村さん、もうOKだよー。あれ、もしかして生徒会の人? 中村さん、生徒会の人と仲よかったんだー」

「ええ、その……ちょっと」

「へえー、意外。どこで知り合ったの?」

「その……部活で少し」

「ふーん。……ってあんまりお客さん待たせちゃ悪いよね。どうぞ、中に入ってくださーい」

 女子生徒が中に戻ると、アカネさんは一つため息をついた。

「私だって、被りたくて、猫被ってるんじゃないのよ」

 ヒマリさんは同志の背中を叩いて励ました。なんというか、この人たちって本当に生きづらい性格してるよな……先輩たちの苦労をしみじみ感じながら教室の中に入る。

「あれ、カメラマンってコーセーさんだったんですね」

「うん。家にたまたま、いいカメラがあってね。それでカメラマンに任命されちゃったんだ」

 たしかにコーセーさんが手に持っているカメラはなかなか高級そうだ。すると、コーセーさんは更衣スペースを指さす。

「あっちに衣装があるよ。クラスの子が張り切っちゃってさ、山ほど種類があるんだ」

 忌まわしきメイド服をはじめ、海賊服にプリンセスドレス、鎧に戦隊服、魔法使いのローブまである。俺がローブをとって羽織っていると、ヒマリさんがドレスの前で落胆していた。

「Sサイズでこれかぁ」

 どうやら一番小さいサイズでもブカブカらしい。

「コーセーさん、Sよりもサイズが小さい衣装ってありますか?」

 俺がたずねるとコーセーさんが困った顔をする。

「その、あるにはあるんだけど……」

 コーセーさんが衣装の中から一着取り出し、ヒマリさんに見せる。ヒマリさんの手からドレスがバサリと落ちる。

「よ、幼稚園児の制服……」

 黄色の通学帽にピンクの可愛らしい制服。ご丁寧に斜めがけの通学かばんまである。返却しようとするヒマリさんの手を俺が掴む。逃がすものか。

「ヒマリさん、俺はメイド服まで着たんですよ」

 ヒマリさんはおびえた顔でうなずいた。

 1分ほどすると、更衣スペースからヒマリさんが出てきた。顔を赤らめるながらモジモジとして登場する。アカネさんが教室の外からのぞき込んだ。

「あらヒマリ、似合ってるわよ」

「うん、違和感が全然ないね……」

 褒められてるんだか、けなされてるんだか……コーセーさんとアカネさんの評にヒマリさんは項垂うなだれる。俺はというと、教室の隅で頭を抱えていた。どうしよう。普通にかわいいと思ってしまった。なんなら家に連れて帰りたい。胸の奥に潜む危険思想を自覚して、俺は人間としての自信を失った。

「俺ってやっぱりロリコンなのかな……」

 写真撮影を終えると、お互いに深い傷を抱えながら教室を後にした。


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