episode6 推理大会

 日曜日の朝、俺はヒマリさんの家の前に来ていた。ヒマリさんの家にお邪魔するのは初めてだ。一つ大きな深呼吸をした後、意を決してチャイムを押した。少しした後扉が開く。銀縁の丸眼鏡をかけたヒマリさんが出てきた。普段と違う姿に思わずドキリとする。

「昨日ぶり。さっ、上がって」

 ヒマリさんに促されて二階に上がる。扉を開くと、ヒマリさんの部屋にはすでに来客がいた。

「おっ、シオンか。ようこそ」

「『ようこそ』って、ここはアカネちゃんの家じゃないんだけど」

「似たようなものでしょ。さっ、座った座った」

 俺は恐る恐る小テーブルの前に腰を下ろす。辺りを見回すと、そこには新鮮な風景が広がっていた。本棚には大量の音楽アルバムと漫画本。その上にはスピーカーと昨日買ったペンギンのぬいぐるみ。クローゼットの前にはギターが立てかけられている。まさに趣味の部屋といった感じだ。

「ゆっくりしててね。私は下からお菓子とってくるから」

 ヒマリさんが部屋から退出する。そわそわしながら周囲を見渡す俺に、アカネさんはそっと耳打ちした。

「どうよ、想い人の部屋は」

「なんていうか、賑やかな部屋ですね。もっと簡素な感じかと思ってました」

「意外でしょ? ヒマリのイメージカラーはショッキングイエローなのよ」

 ショッキングイエロー。普段の生徒会長・島崎向葵からは絶対に連想されないワードだ。もし色をつけるとしたらオフホワイトとかだろう。

 二人でそんなことを話していると、もう一人の来客が訪れる。藤原先輩だ。

「お邪魔します。あら、可愛らしいお部屋」

 藤原先輩にとってもこの部屋は意外だったらしい。興味深そうに辺りを見ながら腰を下ろす。階段から足音が聞こえてきた。ヒマリさんと、誰かもう一人いる。

「みんな早いね。まだ15分前だよ」

 コーセーさんが苦笑いしながら部屋に入り、席につく。アカネさんはどうやらかなり前から居座っているようだし、俺は張り切り過ぎて早く来すぎてしまった。結果、真面目な藤原先輩とコーセーさんが遅い方になるという奇妙な現象が起きている。最後にヒマリさんが座るとパンと手を合わせた。

「さて、それじゃあ第3回推理大会を始めたいと思います」


「第3回?」

 俺が首をかしげるとアカネさんが答える。

貴方あなたが入学する前にも色々あったのよ」

 色々。そのうちのいくつかは恐らく「島崎の乱」に関係しているのだろう。俺は納得してうなずく。すると、藤原先輩が手を上げた。美しい挙手だ。

「じゃあ、私から話すわね。私は遠藤さんの知り合いに何人か連絡をとって、彼女が今どうしているのか、そして彼女が文化祭に来る予定はあるのか、詳しく聞いてみたの」

 遠藤さんの動向次第ではヒマリさんに危害が及ぶような事件が起こってもおかしくない。皆の顔に緊張が走る。

「彼女は今大阪にいるみたいだわ。地元に居続けるのが気まずくて、県外の私大に進学したようなの。だから文化祭に来る可能性はそんなに高くないと思うわ」

 俺は肩をで下ろす。ほっと一息つく俺たちに藤原先輩が注意を加える。

「ただし、こちらに帰省して文化祭に参加する可能性もあるから、気を配る必要はあるわ」

 たしかにその通りだ。わざわざヒマリさんを襲撃するために大阪から文化祭に乗り込んでくるかもしれない。要注意人物であることには変わりないのだ。

「私からは以上。次は誰にする?」

 コーセーさんが手を上げる。コーセーさんは生徒会を調査したはずだ。身内に犯人がいないといいが……


「僕は生徒会を調査したんだけど、思わぬ人物の情報が入ってきた。それを話したいんだけど……」

 コーセーさんは苦い顔をして藤原先輩を見る。

「もしかして、私に関係する話?」

 コーセーさんは気まずそうな顔をしてうなずく。

「生徒会で聞いたのは、前の副会長の話なんです」

「宮田くんがどうかしたの?」

「その、本人の許可なくこんな話をすべきではないんですけど……実は、宮田先輩は藤原先輩のことが好きらしいんです。もちろん、恋愛的な意味で」

「まあ」

 藤原先輩は顔を真っ赤に染める。まるで恋を初めて知った少女のような顔だ。一方の俺は特に驚かない。副会長の恋は、いわゆる学校の噂話であり、生徒会一年生にもその話は届いていたのだ。でも、その話が今回の事件と、どう関係するのだろう? 俺は手を上げて疑問を呈する。

「ちょっと待ってください。今回の事件に関係するのは現会長のヒマリさんであって、前会長の藤原先輩は関係ないと思いますが」

「そうとも限らないさ」

 眉をひそめる俺にアカネさんが頬杖ほおづえをつきながら説明する。

「前副会長からしたら、会長といえば藤原先輩でしょ?」

「実際、ヒマリが会長になった後も、藤原先輩のことを『会長』って呼んでたみたいだしね」

 なるほど。宮田先輩なら会長と書いて藤原先輩を指す可能性も大いにあるわけか。

「ということは、『会長を頂きに参上する』というには、藤原先輩の心を頂きに参上する、つまり、告白するということですね」

「そういうこと。大学生と浪人生だとなかなか会う機会はないし、OB・OGも集まる文化祭は告白にはうってつけだからね」

 これが本当なら、なんとも微笑ほほえましい誘拐予告だ。俺も同じ会長に惚れる身としてぜひとも応援したい。藤原先輩も満更でもなさそうだし、勝機は十分にありそうだ。

「僕からは以上。次はどうする?」

 コーセーさんがたずねると、アカネさんが俺をつついた。

「ここは貴方あなたの顔を立ててあげるわ。貴方あなたが説明しなさい」

「めんどくさいだけじゃないですか?」

「私がめんどくさがることで貴方あなたを立てようって言ってるのよ。謙譲語のシステムと一緒よ」

「自分を下げて相対的に後輩を上げないでください。はあ、しかたないですね。あんまり話したくないんですけど」

 俺は大きくため息をついて見せると、アカネさんはケラケラと笑った。


 俺は一つ咳払せきばらいをすると、少し緊張した面持ちで話し始める。

「それじゃあ、俺から話します。俺たちはヒマリさんのクラスに行きましたが、その……」

 俺が言いづらそうにすると、ヒマリさんが大きく息を吐いた。

「特に情報は得られなかった、でしょ?」

 俺は目線をそらしながら首を縦に振る。アカネさんめ。これだから出来れば話したくなかったのだ。

「それじゃあ、そのまま私の話に移ろうかな。私は一年生を調べたんだけど、意外にも生徒会の情報が出てきた」

 生徒会の情報。そういえば、この調査の時に、俺に好きな人がいることを聞いたんだっけ。でも、俺の恋愛事情とこの事件には何の関連もないはずだが……俺が考えを巡らしていると、ヒマリさんが浮かない顔で俺にたずねる。

「シオン、早川さんと幼馴染っていうのは本当?」

「ええ、そうですけど」

「こういう個人情報を話すのはよくないんだけど、これは言っておいたほうがいいと思うから言うね。……シオン、早川さんは君のことが好きだったみたい」

 俺は口をあんぐり開けて驚いた。チヒロが、俺のことが好き? あのチヒロが?

「でも、シオンにはその……好きな人がいるでしょ? だから諦めたみたい。でも、もしかしたら、まだ未練があるのかも」

 なるほど、だから俺に好きな人がいることを聞いたのか。それにしても、いつも仏頂面のチヒロが実は俺に惚れてたなんて、未だに信じられない。

「もし未練があるとすれば、なんとか私たちの仲を引き裂きたいはず。生徒会の早川さんなら劇中に私を襲撃するのは容易い。……こんなことは言いたくないんだけど、早川さんが黒幕の可能性は捨てきれない」

 呆然としている俺の顔を、アカネさんがニヤニヤしながら見る。

「まったく、罪な男ね」

 罪な男と言われてもどうしようもない。俺がチヒロの気持ちに応えることは出来ないのだ。幼馴染として、チヒロに苦い思いをさせるのは心苦しいが。俺が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、重たい空気を晴らすみたいに手を叩いた。

「私からは以上だよ。これで意見が出揃ったね」

 コーセーさんが頷き、今までの話を総括する。

「そうだね。一つ、可能性が低そうな遠藤さん説。二つ、あってほしい宮田先輩の告白説。三つ、信じたくない早川さんが黒幕説。この三つに絞られそうだ」

 二つ目はともかく、残りの二つはなんとしてでも阻止しなければならない。俺の手に汗がにじむ。

「遠藤さんは僕とアカネで見張ろう。早川さんはシオンに任せた」

 俺は真剣な眼差しで首を振った。唯一役割が与えられなかった藤原先輩が心配そうな顔でたずねる。

「私は何もしなくてもいいの?」

「ええ。藤原先輩は宮田先輩の告白に備えてください」

 藤原先輩は頬を染めた。いつもは凛とした人という印象だが、意外と可愛らしいところがあるようだ。各自の役割が定まったところで、座長のヒマリさんが会を締める。

「今日はこの辺でお開きにしようか。皆、今日は私のために集まってくれてありがとう。本番もよろしくお願いします。それじゃあ、解散!」


 玄関の扉を開け、空を見上げると、太陽が真上で燦燦さんさんと輝いていた。清々しい日曜日の真昼だ。俺は振り返り、玄関に立つヒマリさんに別れを告げる。

「それじゃあヒマリさん、また明日」

「ふふ、よく考えたらほぼ三週間、毎日シオンと会うことになるんだね」

 言われてみればそうだ。文化祭は今週末の二日間。つまり、先週の月曜日から今週末を経て、来週の金曜日まで毎日ヒマリさんと顔を合わせることになるのだ。

「ヒマリさんはどうか知りませんけど、俺は嬉しいですよ」

 少し口説き文句みたいなことを言ってみると、ヒマリさんは小さく「私も」と言った。思わず心臓が跳ねる。俺が赤く染まった顔を背け、「それじゃ」と言って歩き出すと、ヒマリさんは無邪気な笑顔を見せて俺に手を振った。

「シオン、また明日!」

 俺は口元に笑みをこぼしながら手を振りかえした。





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